41話 親としての覚悟と思い。
「…なんで博麗神社でやるって話になってんの?」
異変の翌日、場所は変わって博麗神社。僕は知らなかったけど、異変解決したらそれを祝して皆で宴会をするのが常識なようで、僕と幽香さんは一足先に博麗神社に来ていた。
「今まで博麗神社以外で宴会なんてした事ないじゃないの。」
「いやまぁそりゃそうかもしれないけど…」
まぁ正直急な話だとは思う。何か予定があったり……する程幻想郷の住人は忙しくないが、宴会の準備とか何もかもしていないのだから。
『霊夢なら先に準備してるわよ。』なんてレミィ達の言葉を鵜呑みにして来たのはいいが、この様子だと今日やるとは思ってなかったようだ。
「それとも何?幽透の初めての異変解決を祝いたくないっての?」
渋る霊夢を煽るような言葉を掛ける幽香さん。僕としては博麗神社じゃなくてもいいのだが…
「ほんっと、いい性格してるわ。まぁ幽透の為だし、めんどくさい準備や片付けはアリシアと咲夜にやらせればいいか。」
今の言い方だと以前から宴会の準備や後片付けは霊夢がやっていたようだ。
博麗の巫女が異変を解決した後の宴会なのにその宴会も博麗の巫女がセッティングするのか…
宴会をしたらしたらで楽しいが、その面倒を考えると億劫になるのも仕方がない気がする。
「宴会用の料理やお酒はそれこそアリシアと咲夜に用意するようお願いしてきたわ。」
「僕も準備と片付けするからね。そんな、霊夢に全部やってもらおうなんて思ってないよ。」
「まぁ…それならいいわ。お母さんはいいの?」
僕達のやり取りをアテにお茶を啜る霊華さん。霊華さんは大人しい女性に見せかけて意外と騒がしい催しが好きな人だ。
ダメとは言わないと思うが。
「いいわよ。アリシアに言いたい事もあるしね。」
「それならチャチャッと準備しちゃいましょ。私は紅魔館に行って料理とお酒の催促をしてくるわ。」
「あ、それなら私も一緒に行くわ。フランの様子も気になるし。」
「分かったわ。それじゃあ…お母さんと幽透は準備しといてね。」
そう言って霊夢と幽香さんは紅魔館に飛んで行った。
なんだかんだ言って、霊夢が一番宴会を楽しみにしていたように見える。
「フフ、ああ見えて一番宴会をやりたいのは霊夢なのよねぇ。分かりやすくて可愛いわ。」
「ですねぇ。僕にとってはありがたいですけど。」
「何はともあれ、私からも感謝を伝えておくわ。幽透、ありがとうね。幽透達が先に紅魔館に向かってなかったらアリシア達は無事じゃ済まなかったかもしれない。」
確かにそうかもしれない。人里の周囲の妖怪は無視しておけないし、霊夢が人里に向かったのは正しい。
だが、僕達が到着した時には既に咲夜さんは意識を失い、レミィも咲夜さん以上の怪我をしていた。
少し遅れるだけでどうなっていたか…
「いえ、僕は僕の出来る事をしただけですから。」
「本当はね、私が紅魔館に向かうつもりだったの。以前からフランの狂気の事は聞いてたし、目の当たりにもした。巫女を引退したから〜なんて悠長な事は言ってられない程、あの子の能力は強大だもの。」
実際に喰らった訳では無いからイマイチ分からないが、パチュリーさんの説明、それを喰らったレミィの怪我を見る限り力を持たない者が喰らったら死は免れないのは分かった。
もし、紅魔館が突破されたらいよいよ被害は留まることを知らないだろう。
「だけど来なかった。僕を信じてくれたからですか?」
「そうなるわね。後はアリシアの覚悟を信じていたから。」
霊華さんは遠くを見てお茶を飲み干した。ふぅ、と一息着いて、僕の言葉を待たずに話し始めた。
「幽透には話しておく必要があるわね。昔、霊夢が巫女になりたての頃、私の結界でフランの狂気を封じる事に成功してるの。」
「えっ…?そ、それならどうして今回の異変が…!?」
それがアリシアの覚悟に関係するのだろうか?霊夢が巫女になりたてって事はそんなに最近の話でもない。昔に何があったのか…
「フランの為…よ。」
フランの為って言ったって、狂気を封じておけるならそれが理想だったんじゃないのか?
狂気を『封じる』のと『消し去る』のでは何か違いがあるって事なのか?
「そうは言っても…」
「フランの狂気は表に出る度に本体…つまりフランの精神に大きく負担を掛ける。酷い時は一週間眠りっぱなしになるくらいにね。」
そ、そこまで負担が掛かるのか…!いや、よく考えたら自分でも制御が効かない感情に支配されるんだ、平常心なんて維持出来る訳が無い。
「でも、だからこそ封じておいた方がいいんじゃないですか?」
「封じるって事は分かりやすく言うと狂気を押さえ付けてるに過ぎない。フランの狂気は私の結界を破る為にどんどん成長して、強大になった時、一気にフランを支配するの。」
そこまで言われてようやく理解した。一度の支配であれ程までに強大なのだ。それを複数回分溜め込んでからの暴発なんてフラン本人だけじゃない、アリシアだってどうなるか…
しかし、そうは言っても霊華さんの結界だ。フランだって狂気に呑まれないように気をつかっていたらしいし、そんなにもリスクのある事なのだろうか…?
「で、でもそれは結界が破られた時の話で…」
「幽透、フランの能力…忘れてはないわよね?」
「ま、まさか…」
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』…フランの能力は霊華さんの結界までも破壊する程の力があるってことなのか…
いや、それだけの力を蓄える時間を与えてしまうって事だ、だから封じる事は出来てもそれを維持させる事が出来ないんだ。
「そう簡単に破れる結界じゃ無いにしろ、破られない保証は無い。そして破られた時には取り返しのつかない事態になる……これでも封じておけなんて言える?」
言える訳がない。自分の子供を地下に幽閉するだけでもどれだけ悩んだか計り知れないのに…
「いいえ……だから霊華さんは結界を解除したんですね。」
「いえ、私は私の思いがあった。私は結界を解除する事に反対だった。そもそも施した結界に私の霊力を定期的に注げばフランの成長に負ける事は無いし、実質的にフランの狂気を押さえ付け続けることは可能だった。」
「え…?ならどうして…?」
「アリシアの覚悟。狂気を不治の病のように思って欲しく無いんだって。いつ支配されるか分からない恐怖を永遠に味合わせたくないんだって。消し去る方法は考えるから縛り付けるのは止めてくれ…ってね。」
アリシアらしいような…らしくないような……確かに消し去ってしまえば余計な心配をする事も無いが…
「アリシアにしては随分リスクのある事を選択したように思えますね。」
「それは幽透が親じゃないからよ。私にはアリシアの思いが分かった。でもね、さっきも言った通り、私には私の思いがあったの。」
「霊華さんの思い…ですか?」
「フランの狂気を解放する…それはすなわち幻想郷を危険に晒す可能性を放っておくという事。博麗の巫女の仕事は幻想郷の平和の維持よ。フランの強大な能力に対して、可愛い娘を対峙させられる訳が無いの。」
博麗の巫女になりたての霊夢がどれほど強かったのかは分からない。でも親である霊華さんがフランと霊夢を戦わせたく無いのは…よく分かる。
フランの加減しだいでは本当に一瞬で死ぬ能力だ、霊華さんの結界で抑えられるのならそうしておきたいだろう。
「それでも結界を解除した。そこにあるアリシアの覚悟って…?」
「紅魔館の外にフランの能力が及んだ場合、フランの狂気ごとフランを殺す。それがアリシアの覚悟であり、結界を解除する際に私が突きつけた条件よ。」
意外だった。霊華さんの口から殺すなんて言葉が出てくるとは思ってなかった。
紅魔館の問題は紅魔館で解決する、だからフランを自由にしてくれってアリシアの思いと、そうなった時の霊夢の危険を避けたい霊華さんの思い。
どちらも間違ってないし、優劣はつけれない。
だからこそ霊華さんは自分が嫌われ者になってでもアリシアの意志を汲んで、尚且つ霊夢の身の安全を確保した。
「そ、それで…アリシアはなんて…」
「今もフランは生きてるし、こうしてフランの狂気が消えた…それが答えよ。」
本当に紅魔館の中だけで抑えきったんだ。紅魔館の皆がフランの心からの幸せを願っていたからこそ、危険を承知で霊華さんの条件を飲んだんだ。
「よ、良かった…今回で全部終わったんですね…本当に良かった…!」
一つ間違えば今の紅魔館は無い。昨日見た、レミィとフランが抱き合う姿も見れなかったんだ。
「どんな因果であれ、幽透の介入は少なからずフランの狂気を消し去るのに役立つと私は思った。根拠の無い勘でしか無かったけど、多分当たってる。だから私も幽透に感謝してるのよ。」
「そう言う事だったんですね…」
「まぁ、過去はどうであれ、これからはそんな不安も無く生きていける。フランにとってはそれだけで充分でしょ。」
「ハハハ…そうですね…!」
過去に色々な思いがあって、アリシアと霊華さんの子を思う覚悟があったからこその今がある。
霊夢を思う霊華さんも素敵だし、フランを思うアリシアも素敵だ。
そんな人達に役に少しでも立てたのなら良かったと思う。




