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38話 紅魔館当主のお礼。

「じゃあ、乾杯。」



「乾杯……いただきます。」



 二つのグラスは軽やかな音を立て、中のワインをクルリと波立たせる。


 いい香り…だと思う。少なくとも嫌な香りはしない。アリシアさんの仕立てるお酒は美味しいと幽香さんが太鼓判を押していたし、間違いない。


 チビりと口に含み、舌で転がす。芳醇な果実の香りが一気に鼻に抜け、飲み込んでも尚、心地よく残っている。


 お酒に詳しくない僕でも分かる。これは美味しい。



「聞くまでもなく、口には合ったようだな。」



「えぇ、美味しいですねこれ。こんな美味しいワイン、ありがとうございます。」



 僕の返事を聞いて、少し口角を上げるアリシアさん。心なしか嬉しそうだ。


 それにしても美味しい。家で幽香さんとも飲みたいからお土産に一本貰いたいくらいだ。


 また後でお願いしてみるとしよう。



「いや、お礼を言うのはこちらの方だ。幽透が来てくれなかったら以前の繰り返しになっていたかもしれない。改めて、本当にありがとう。」



「僕は僕のやれることをやっただけです。気にしないでください。」



 何はともあれ、フランが無事で良かった。僕のおかげ…と言い切るには少しばかり仕事量が足りない気もするし、お力添えになれたのなら良し…って感じだな。



「それでは俺達の気が済まない。俺は五百年近くフランの狂気の消し方を模索してきて、成果を得られなかった。そんな中、お前が現れて、たったの一度きりで消し去ってしまった。」



「それはたまたまですって。」



「そんな偶然があってたまるか。フランの狂気を満足させる…なんてとっくに実践してた。なのに、今回だけ成功した…なぜか、それは幽透、お前が相手だったからだ。」



 僕が相手だから…って関係ない気がするけどなぁ。僕と戦うのが初めてだから新鮮で楽しめただけで、僕じゃないといけないことは無いと思うけど…


 そもそも楽しませたから消え去ったのかも分かっては無い。レミィは理由なんてとりあえず気にしないって言ってたし…


 まぁ僕としても気にしてはいない。狂気であろうと、人の気持ちを理解するなんて不可能だ。


 アリシアさんがこう言ってくれているのにそれを否定し続けるのも気が引けるし、今回は僕の手柄ってことにしておこうか。



「んじゃ、そう言うことにさせてもらいますね。」



「あぁ。俺達はお前達に対して恩を感じている。いつでも力になるからな。」



 主にパチュリーさんには既に何度も協力してもらっているのだが…ノーカンなのだろうか?


 ま、まぁそんな野暮を言うつもりは無いし、これからも何度もお世話になるつもりだ。主にパチュリーさんにだが。



「多分パチュリーさんにお世話になることが一番多いと思うんで…よろしく言っておいてください。」



「もちろんだ。魔力の事はパチュリーに聞くのが一番手っ取り早いからな。」



 やはり皆してそんな認識なんだな。図書館には資料もあって、知識のあるパチュリーさんがいる、そりゃ真っ先に思いつく相談相手だろう。


 僕自身、自分の魔力には興味があるし、これからどのような変化をしていくのか楽しみだ。パチュリーさんの協力は必要不可欠だろう。


 そう考えるとパチュリーさんってとんでもなく忙しいんじゃ…?うぅん…また今度差し入れでも持って行こう。



「ですね。今回だって、パチュリーさんから魔力の使い方を教えてもらってなかったらやばかっただろうし…」



「そう言えば…幽透、フランの能力が効かなかったな。何か細工でもあるのか?」



 アリシアさんの問い掛けに首を横に振る。


 やっぱり気になる所ではあるよな。僕だって知りたいくらいだ。


 耐える、回避するとかではなく、そもそも発動出来なかったみたいだし。



「いえ、フランも驚いてましたけど…心当たりは無いです。」



「そうか。まぁ気にしてても仕方ないが、そうなるとやはり幽透のおかげって気がしてくるな。」



「僕って言う新しい要素が加わって、今までの運命とは変わったものになったのであれば…何よりですけど。」



 些細な変化で未来は大きく変わるって聞くし、もしかしたら僕の存在そのものが運命を変えるキッカケになったのかもしれない。


 日常とは違うことが頻繁に起きるのであれば…可能性はあると言えるかも…?


 こんな『かもしれない』話をしてても何も起きないから、少なくとも僕は気にしていない。



「運命を操れる…なんて大層な事を言ったって、幽透が現れる事も、フランが狂気に打ち勝つ事も…何も分かっちゃいないんだ。とりあえず、幽透は胸を張っていい。」



「運命じゃなくたっていいじゃないですか。結果として、紅魔館の皆は無事だった訳で。フランが助かる運命が見えなくても諦めなかったからこそ、今があるんです。」



 決められた行く末なんかより、望む未来にがむしゃらに頑張って手にした結果の方が何倍もいい。


 望んだ未来が見えなかったら諦めるのか?いいや、それならそれで未来を変えるだけだろう。


 それなら最初っからやれる限りの努力をしよう…と僕は思っている。



「お前は運命なんか信じちゃいない…そうなんだな?」



「誰に何を言われたって僕は僕の進む道を変えない。僕が心から望む結果を掴んだ時、これが運命だって言ってやろうと思ってます。」



 信じていない訳じゃない。僕が何をしたってそれが運命だって言われたらそう思うしかないから。


 ただ、それに翻弄されるのは嫌だ。僕の意思があって、初めて結果が生まれて、それが運命になるんだと思いたい。


 形の無い、不可視のモノを理解しようとしても人によって解釈は違ってくるだろう。運命をあやつれるアリシアさんだからこそ思う事もあるはずだ。



「…やっぱり面白い奴だよ、幽透。」



「そうは言っても、アリシアさんの気持ちも分かるんです。運命が、結果が見えてしまうからこそって。」



「まぁ、見えていない方ががむしゃらに頑張れるとは思うけどな。でも悪いもんじゃない。今、運命を見るとな、見えるんだよ。レミィとフランが大きな日傘をさして仲良く外を歩いている姿がな。」



 以前は見えなかった運命だろう。変わったんだ、この親子を取り巻く忌々しい運命の流れが。


 なるほど。望む運命を見れた時の嬉しさは人とは比べ物にならないってことか。


 ワインを見つめているアリシアさんは嬉しそうな顔をしている。そんなアリシアさんを見ながら、僕もワインを一口。



「ふぅ…それは楽しみですね。望む未来ではなく、それが日常になると最高なんですけど。」



「そうだな。庭でお茶をしたり、人里の甘味処に足を運んだり…今まで姉妹で出来なかった事を、たくさん経験してくれるといいな。」



「レミィとフランならきっと大丈夫ですよ。離れていてもお互いを想ってたみたいですから。」



 フランを想うレミィを見て、レミィとの事を語るフランを見て、勝手ながら安心していた。


 長い空白の期間があっただろう。僕の経験値なんかじゃ計り知れない程、辛くて悲しい時もあったと思うけどこれから先は明るいはずだ。



「そうか…そうだよな。こうなった以上、俺も子離れをしないといけないな。」



「正直…子供って言える年齢じゃないですからね。遠くから見守るくらいでいいんじゃないかと。」



「本格的に隠居も遠くはなさそうだなぁ。」



 苦笑いを浮かべながらグラスのワインを一気に飲み干すアリシアさん。


 寂しいんだろうな…なかなか簡単には切り替えられないと思うけど、まぁそこは…頑張って貰うとしよ……ん?


 閃いてしまった。フランを助けたお礼を本当に貰うのはやっぱり気が引けるし、どうしようかと思ってたが……やはり僕は天才かもしれないな。



「ふぅ…アリシアさん、お願いと言うか、お誘いがあります。」



「結局お礼らしいお礼も出来てないからな。なんでも言ってくれ。」



「まぁ正直答えを聞くつもりはないよ。断られる様なことを言うつもりもないし。アリシア、僕の友達になってくれ。」



 アリシアさんの言葉を待たずに手を差し出す。


 多分、自惚れてるだけかもしれないけど、アリシアさんは僕の事を友達だと思ってくれてると思う。


 僕としても居心地が悪い訳じゃない。だけど、いつかは親友と呼べるような、どこまで行っても対等であれるような関係になりたいと思っていた。


 ここではっきりと関係を結んでおこう。これが僕がアリシアさんに要求するお願いだ。



「…フフ。やっぱり面白いな幽透。」



「変わってるくらいが丁度いいってのは幻想郷に教えてもらったからね。それで?僕の要求は飲んでくれるの?」



 僕の挑発的な言葉を聞いて、アリシアさんは僕の手を取った。



「当たり前だ。そんな事でお礼になるとは思ってないが、それを除いても…これからもよろしくな幽透。」



 力強い握手を交わし、お互いに笑みを浮かべる。


 僕もアリシアさ……アリシアもいい意味でも悪い意味でも少年だ。長い付き合いになる友人ができて、少なからずテンションが上がっている。


 これからが楽しそうだ。紅魔館の人達にもお世話になるだろう。



「こちらこそ、よろしくなアリシア。」

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