34話 狂気の向こう側。
「勝負しようよ、お兄ちゃん。」
そう告げるフランの笑顔はどことなく子供のような幼さを感じさせる。
狂気が抜けてきているのか、その狂気が勝負を純粋に楽しもうとしているのか、それは分からないが。
ただ、このタイミングでその持ちかけは寧ろ好都合。絶対に引けないこの展開、男なら燃える場面だ。
フランに釣られて、僕まで笑みを浮かべてしまう。
「…フフッ、いいよ。勝負の内容は?」
「お兄ちゃんも相当狂ってると思うなぁ。単純な勝負だよ。お互い持てる力を一撃に懸ける。相手を押し切った方の勝ち…ってのはどう?」
力の比べ合いっこってことか。それなら尚更好都合だ。普通に戦うよりよっぽどこちらに分がある。
懸念点としてはフランがどんな攻撃をしてくるのか検討がつかない事。まぁ何をされても僕の攻撃は変わらないけど。
そもそもこの勝負に勝てないようでは普通に戦っても絶対に勝てない。やるしかないんだ。
「楽しそうだね。乗った、やろうよ。」
「それじゃあ準備しよっか。コレ使うの…久しぶりだよ。」
そう言ってフランが取り出したのは先端がスペースの形になってるグネグネした棒の様なもの。それが発火し、次第に炎の剣のように形を変えた。
こうして対峙しているだけでも熱が伝わってくる。とんでもない魔力が込められているんだろう。
ただ、込められる魔力に関してはこちらも負けてはいない。
「…ふぅ……幽香さん、もう少しで帰るからね。」
幽香さんの事を考えながら深呼吸をする。取り込む空気を魔力だと思うくらい強くイメージをしながら身体を通し、手に集中させる。
先日パチュリーさんに見てもらった時のように魔力は風となり、竜巻のように渦巻いてる。
魔力を込める度に風は強くなり、竜巻は大きさを増していく。フランの炎を飲み込まんとしているようだ。
ただ、フランもフランで、魔力を込めれば炎は大きくなり、帯びる熱も高くなっていく。
「…いい?最後の勝負、楽しもうね、お兄ちゃん。」
「そうだね。おいでフラン、君の狂気…僕が全力で満足させてみせる!」
「行くよ!禁忌、レーヴァテイン!」
「いっけぇえええ!ストームバースト!」
僕の風の魔砲とフランの炎の剣、ストームバーストとレーヴァテインがぶつかり合う。
竜巻が飲み込もうとしたら、その風を燃やそうと炎が強まる。かなりの接戦だ。一瞬も気が抜けない。
「…能力も効かないし、めっちゃ強いし…本当に不思議なお兄ちゃんだね!」
「ぐぅ……そ、そりゃどうも…!フランこそ、可愛らしい見た目からは想像出来ないくらい強いけどね…!」
そもそもフランは僕が来るまでに散々魔力を使ってるはずだ…それなのに僕の全力と互角って…!
フランにもう少しだけ魔力が残っている状態だったら一瞬で消し炭になっていただろう。
自分の弱さを痛感するのと同時に、運がいいんだと思ってしまった。
「フフッ…お兄ちゃんとこうやってるの…すっごく楽しいよ!」
「…よ、よかったね…!」
今、こうして余裕そうに喋ってる時点でやはり少なくとも僕よりも強いのは間違いない。
ただ、こうしてフランを楽しませるのが何よりも大事だと思う。今まで狂気に飲まれた時、楽しいなんて感情が芽生えたことなんて無いはずだから。
それに、僕にだってプライドはある。楽しませるのはもちろんだが、勝負は勝負。負ける訳にはいかない。
「お兄ちゃん、そろそろ終わらせよっか。」
あれほど強大だった炎が更に勢いを増す。手を抜かれてた…訳では無さそうだが、遊びは終わりと言ったところだろう。
「フラン……分かったよ、終わりにしよう。」
迫り来る炎に飲まれる前に残りの魔力を一気に込める。
精製より消耗の方が何倍も早い…!これじゃあすぐに魔力が無くなる……けど、そんなこと考えてる場合じゃない!
「正真正銘、これが今の私の全力。これに耐えたらお兄ちゃんの勝ちだよ!」
「耐える?バカ言ってんじゃないよフラン。僕は負けず嫌いなんでね…押し切ってみせる!うらぁあぁぁああああ!!」
息を止め、身体に流れる全ての魔力を一瞬で放出する。その一瞬の魔力がストームバーストを加速させ、フランとレーヴァテインを飲み込んだ。
風に巻き込まれ頭上に飛ばされたフランの身体を上手くキャッチする。
「…あ〜あ、負けちゃ…った。」
あれだけの魔砲を食らっておいてまだ意識がある事には驚くが、もうフランの魔力は底をついただろう。
全てを出し切ったような、遊び疲れて眠たくなっているような、そんな顔をしている。
余裕そうと言えば余裕そうだ。それに対して僕は…
「はぁ…はぁ…はぁ……も、もう動けないよ…」
動けないと言うのは大袈裟かもしれないが、魔力はすっからかんだ。無理に出し切ったせいで回復も遅いし、胸が締め付けられるように痛い。
こうなってしまったら暫くは魔力は使えない。無論、飛ぶことも出来ない。
こうしてフランを抱っこするので精一杯だ。
「お兄ちゃんが勝ったのにフラフラだね。もう一回やる?」
「勘弁してもらえませんかねぇ…」
フランは意地悪そうな笑顔を浮かべていた。こうしてみるとレミィの妹とは思えない程子供らしい。
僕なんかよりゴリゴリの歳上なんだけど。
「なんてね。楽しかったよ、なんか…今までのモヤモヤが晴れたような気がする。」
「モヤモヤ…?」
「うん。私ね、別にここに閉じ込められてた訳じゃ無いんだ。最初は嫌だったけど、ここにいればご飯は運ばれるし、お姉様も遊んでくれる。暮らすって意味で不自由は無かったんだよ。」
物心ついた時には自分の能力の危険性が分かってたってことか。それを受け入れて自分からこの地下に……
子供扱いしそうだった事は謝らないといけないな……この子は強い。外界との関わりを断つなんてそんな簡単には出来る事じゃない。
「それでも寂しかったでしょ。誰かが来てくれないと一人っきり、すれ違うことすら出来ないんだから。」
「ん〜…寂しいってより、興味はあったって感じ。お姉様から話だけ聞かされてたから…外ってどんなんだろう、紅魔館なんかより大きくて広い世界に惹かれはするよね。」
「まぁそりゃそうだね。だけど、無理矢理外に出ようとはしなかっただけ凄いと思うよ。」
「…出来なかったんだよね。あれだけ必死に外の事を話してくれて、上手くもない絵を書いて見せてくれたりしてさ。あんなの見せられたら…裏切れないって。」
好奇心とレミィに対する裏切れない気持ち、それらがぶつかって、ぐちゃぐちゃになった時、フランは狂気に飲まれてしまったんだろう。
それが約五百年近く続いた……フランからしても何が何だか分からなくなっても仕方ないと思う。
「そっか。フランはレミィが大好きなんだね。」
「あんな素敵な姉を嫌いになれって方が無理だよ。だけど…どうしても抑えられなかった。大好きなお姉様に…禁忌の力を使っちゃったんだよ…生きててくれて…よかった。」
仕方ないよ…なんて言えなかった。そんな軽い言葉を僕が吐いて良い訳ない。
なんて声を掛けようか少し悩んでいると、壊れた扉の方から声が聞こえてきた。
「大好きな妹にそんな情けない所見せれる訳ないでしょ。フラン、あなたが悲しむ運命はここには無いわ。」
「お、お姉様…!?」
「幽透。ありがとう…変わって。私に…フランを抱かせてちょうだい。」
涙目のレミィにフランを抱かせる。抱いたまま、優しくフランの頭を撫でた。
「ごめんねフラン……今まで辛かったでしょ。」
「い、いや、それよりお姉様、怪我は!?自分で言うのもおかしいけど、本気で戦ったよ!?」
まだレミィの身体には深めの傷が多数あった。いくらパチュリーさんでも全快…とまではいかなかったらしい。
多分、レミィが無理矢理回復を切り上げてここまで来たって感じたと思うが…
「…へっちゃらよ。フランの今までの痛みに比べたら…これくらいなんてことないわ。」
「ごめんなさいお姉様……でも、もう大丈夫。お兄ちゃんのおかげで満足したよ。」
おそらくだけど…フランの狂気が暴走することはもう無いだろう。今まで我慢してきた分、楽しませられたようでよかった。命がけだったけど…
「…ありがとう幽透。少しだけ…フランと二人きりにしてもらえないかしら…」
「ごゆるりと。フラン、いっぱい…甘えるんだよ。」
フランの頬に涙を零すレミィに背を向け、地下室を後にする。
僕も僕で目頭が熱くなるのを感じる。どうも…こういう感動系には弱いらしい。
「…はぁ。おぉ…眩し…」
目頭を押さえながら地下室からの階段を上がると数少ない窓からの日光に少しだけ目が眩む。
数秒目を瞑り、開くと窓からは一点の曇りもない青空が広がっていた。
いつの間にかアリシアさんが解除したんだろう。僕としては…やはり晴れの方が気分がいい。
「ハハハ、いい天気だ。」
まるで狂気に打ち勝ったフランを祝福するようだ。吸血鬼にとって弱点だとしても、この清々しい青空を見せてやりたいくらいだ。
外に出ないと分からなかった楽しい事、レミィと一緒に知っていけたらいいな。




