32話 望む未来と運命。
ルーミアと会ってからというもの、その後は誰とも会わずに紅魔館まで来れた。
家にいた時より随分暗くなっており、この周囲だけで言ったら夜に近い暗さだ。
こんな時でも美鈴さんは門番の仕事を任されているらしく、僕らを見つけるや否や紅魔館で何が起きてるのかを説明された。
「とにかく大変なんです!このままじゃ妹様が…!」
まず、この霧を発生させたのはアリシアさん。その理由としては、レミィの妹のフランドール・スカーレットを助けるためらしい。
フランドール……フランは幼い頃から自身の心に潜む『狂気』に身も心も支配される事があったらしい。
その度にアリシアさんやレミィが抑え込んでいたんだけど、最近になって頻度が増えた。それによって、支配される側のフランが危険だと言うことで、今回でフランの狂気を消し去ろうとしている。
霧を発生させたのは、対峙するレミィの強さを引き上げるため。吸血鬼であるレミィは太陽光を近くに感じると本来の力を出せなくなってしまう。だからそれを遮る霧を発生させたらしい。
「分かりました。霊夢はまだ来てませんか?」
「え、えぇ。霊夢さんが来るまでは私もここを離れる訳にはいかないので…」
やはり人里の安全を優先しているようだ。どれだけ消耗しているか分からない以上、無理をさせる訳にはいかない。
となると、フランは僕達で何とかしなければ。
「とりあえず私達はアリシアに加勢する。美鈴、フランに懐かれてるあなたが対峙するのは気が重いかもしれないけど…覚悟はしておくのよ。」
「…はい。もしもの時は…私の手で。」
そうはならないように僕が何とかしないといけない。身内…家族に手を出すと言うのは想像出来ないほど辛いはずだ。
「幽香さん、行こう。」
「そうね。美鈴、霊夢が来たら私達が来てることも伝えておいて。」
「了解です!二人共…お気を付けて!」
美鈴さんに見送られながら紅魔館の中に入る。
空気が重い。内部が赤の装飾をされているせいなのか、太陽光が入らないからなのかは分からないが。とにかく重苦しい空気が流れている。
フランに対抗したのだろうか、妖精メイド達がそこら中に横たわっている。
「…フランはどこに?」
「その前に図書館に向かうわよ。今の戦況を知っておかないといけないわ。」
「分かった。早く助けてあげないと…!」
狂気に囚われているってだけでも辛いだろうに、そのせいで自分の家族を傷付けてしまうなんてもっと辛い。
我に返った時、余計に心にダメージを負うはずだ。
そんな誰も報われないような展開…あっていいはずがない。バッドエンドは大嫌いなんでね!
「ゆ…うか…?」
図書館に向かう途中、誰かから声を掛けられた。
「さ、咲夜!?ちょ、ちょっと、どうしたのよ!」
声の主は咲夜さんだった。肩から出血しているようで、タオルで止血していた。
それ以外にも、細かい傷を含めれば全身傷だらけだ。
「な、情けないわよね……お、お嬢様に…顔向け…出来ないわ…」
意識が朦朧としているようだ。多分、幽香さんの声は届いていない。
出血もあるし、危険な状態だ。急いで治療、回復させなければ…!
「咲夜さん、分かったから喋らないで!幽香さん、咲夜さんも連れて図書館に急ごう!」
「勿論よ。ほら、咲夜、立て……る訳ないわよね。」
「大丈夫、僕が運ぶから。咲夜さん、しっかりして!」
身体に力の入らない咲夜さんを何とか抱き抱え、咲夜さんに声を掛け続けながら図書館を目指して走る。
グッタリとしてしまってるから頭が揺れる。もしかしたらもう意識が無いかもしれない。
振動を抑える為に咲夜さんの頭を抱え、僕の胸に当てる。
「もしかして……意識無い?」
「多分ね。よっぽどダメージを負ってるっぽい。」
「フランの狂気が大分暴走してるみたいね…」
時間を止めれる咲夜さんがこんなにボロボロにされるなんて…他の皆も心配だ。
時間を止めるのが戦闘にどんな風に役立つのか分からないけど…チート級の能力であることには変わりはないだろう。それを打ち破るフラン…能力によるものなのか、地の力でねじ伏せたのか…
「…っと。着いた、パチュリーさん、失礼しますよ!」
走っただけあって随分早く着けた。咲夜さんの回復をしてもらわないと。
図書館の扉を勢いよく開く。
「幽透…それに幽香…!待って、咲夜!?」
僕に抱えられてる咲夜さんを見て驚くパチュリーさん。
驚く気持ちも分かるが、パチュリーさんは既に手をかざして回復してる人がいた。
「咲夜……ず、随分…ボロボロに…されたわね…」
「ちょっとレミィ!動くんじゃないわよ!」
パチュリーさんが回復している人…それはレミィだった。こちらに駆け寄ろうとするレミィをパチュリーさんは声を荒らげて制止する。
レミィは回復を始めていたにも関わらず、咲夜さんと同じくらいの怪我を負っている。
それなのに意識もあり、咲夜さんを見て駆け寄ろうとしているあたり、人間と吸血鬼の耐久力の差は大きいのだろう。
「…レミリア、あなたまでボロボロにされたの?」
「……えぇ、情けな…い…わね。実…の…妹に手…も足…も出ない…フフッ…紅い…悪魔が聞い…て呆れる…わ。」
レミィは優しい。自我を失ってる妹にその力を向けられるような子じゃない。
手も足も出ないんじゃない、出さなかったんだ。フランを助ける方法を模索しながら必死に耐え忍んでいたんだろう。
防御に専念していたからこそ、傷は多いけど致命傷は避けていてた…と言ったところか。
「それより幽香、咲夜の回復を…!レミィの回復は中断出来ないし…」
「分かった。幽透、咲夜をそこの机に寝かせて。」
幽香さんに言われて、人が寝転べる程の大きさの机に寝かせる。もう完全に意識は無い。
「私は…い、いいわよ……パチェ。さく…や…の回復を…先に…して。」
そうは言ってもレミィのダメージも尋常じゃ無さそうだ。気を滾らせて保っていた意識が朦朧としている。回復を中断したらすぐに気を失うだろう。
僕が回復をさせれられたら良かったのに…!まさかこんな所で力不足を痛感させられるとは…!
「いいわけないでしょ!レミィ、あんたは『目』を二回も握られた!生きてるのが不思議なくらいなのよ!?」
「無意識に…手加減して…くれたのかしらね……でも…早くフランを…た、助けてあげない…と。」
ここに僕の出来ることは…無い。出血しながらも笑みを浮かべ、強がりながらも妹を助けようとする姿勢を見て、何もしないのは我慢できない。
「レミィ、僕が行く。助けられるかなんて分かんないけど、レミィが回復するまでの時間稼ぎくらいは出来るよ。」
「ちょ、ちょっと待ちなさい幽透!確かにフランを消耗させる為にも時間稼ぎは必要だけど…!」
背を向ける僕にパチュリーさんが声を掛けてきた。普段のパチュリーさんからは想像出来ないくらい焦っている。
だけどやらなきゃいけない。紅魔館の人達にはお世話になりっぱなしだ。少しでも…恩返しをしたい。
「無駄よパチュリー。幽透は頑固だもの、こうなったら私が止めても聞かないわ。そうでしょ、幽透?」
「うん。パチュリーさん、フランにとってもレミィやアリシアさんは大切な家族なんですよね。自我を取り戻した時、そんな家族を自分が傷付けた…なんて思わせる訳にはいかない。」
狂気に打ち勝った先に家族の犠牲があってはならない。ここにアリシアさんがいないってことは今も対峙してるはずだ。
皆が無事に、狂気が抜けたフランを迎えてやらないといけないんだ。
「あぁもう!どいつもこいつも…!幽透、行く前にフランの能力について説明するわ。」
「そういえば…目を握るって言ってましたね。」
しかし、レミィの瞳はどちらも存在している。目を怪我してるようにも見えないし…
それが能力に関係するのだろうか。
「『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持つフランは、対象の一番弱い箇所を『目』と呼び、それを自身の手の中に移動させ、握り潰す事で破壊する…能力だけで言ったら最強のものを持っているわ。」
説明を聞いただけで穏やかじゃない。それに、今の説明だとレミィが二回も食らって生きてるのは本来おかしそうだ。
レミィの言ったように、姉に対して無意識に手加減した…?
少なくとも僕は1発も食らってはいけなさそうだ。
「それって回避する方法あるんですか?」
「目を手繰り寄せる際、フランは手のひらを大きく広げる。その時にフランの視界に入っていなければ潰されることはない。」
「常にフランの手に意識を向けないといけないってことですね。」
言うのは簡単だが、能力以外にもこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。それらを掻い潜りながら意識を向けるのは容易いことではない。
ただ、やらなきゃ死ぬ可能性もある。ならやるしかない。
「幽透……あの子を……フランを…お願いね……た、たった一人…大切な妹なのよ…」
僕を強く見て言葉を掛けてくる。ここまで言われたら何としても助ける。
「任せとけ。紅魔館の家族がバラバラになるなんて運命は存在しない。今回ばかりは…望んだ未来を掴みに行くよ。」
「…幽透、死んだら許さないわよ。あなたには私にただいまと言って帰ってくる義務があるんだから。」
「死なないよ。言ったでしょ幽香さん。今回、そんな運命は待ってない。…行ってきます。」
再び背を向けて図書館を後にする。
咲夜さん以上に最強の能力に僕がどれだけ太刀打ちできるか分からないけど、やれることはやるんだ。
レミィの為にもフランを助ける。幽香さんの為にも死ぬ訳にはいかない。
初めての異変にしては重すぎるっての…!やってやろうじゃんか!
 




