24話 告白。
あれから暫く永琳さんと話していると、幽香さんが帰ってきた。
僕も永琳さんも何をしていたのか、何処に行っていたのかは聞かなかった。ただ、幽香さんは忘れていた日傘を持って帰ってきていた。
帰ってきた幽香さんにあの時の殺気は無く、いつもの優しい顔に戻っていた。あの殺気は発散されたのか、どうしたのかは分からないが、どちらにしても僕の為にしてくれた事だ、今掘り返すことではない気がした。
そして永琳さんから背中を押してもらって、永遠亭を後にしたのだ。
「なんか…久しぶりに帰ってきた気がしますね。」
それにしても色々あった。幻想入り初日くらいイベントが起きたんじゃないかと思う。
「そうね。それで、幽透、本当に大丈夫なの?永琳は何の問題も無いって言ってたけど。」
診察の結果としては特に問題は無し。殴られた所も軽い打撲で済み、胸の痛みも魔力の使いすぎによるものだった。
現に回復した今は痛くも痒くもない。
「大丈夫ですよ。直撃されたのは一発だけですし、しっかり回復も出来てますから。」
「そう…それなら良かったわ。」
殺気は無くなったとは言え、幽香さんは依然として暗い表情をしている。
それだけ僕を心配してくれていたと言う事だろうが、その心配をさせた本人である僕がテキトーな事を言う訳にはいかない。
「…本当に、ごめんなさい幽香さん。」
「別に幽透が謝ることじゃないわ。」
「だけど、僕がもっと強ければこんな事にはならなかった。結局、カッコつけるなんて言っておいて幽香さんに心配をかけてしまった…」
無事で良かったと思う反面、やり切れない思いもある。感情的に熱くなってしまったせいで、本来の動きを出せなかったのではないか?実力だけではなく、精神的にも甘い所があったと思う。
「幽透、私は怒ってなんていないし、今貴方がこうして無事でいてくれて心底安心してるわ。ただ、私の中でハッキリさせておきたいことがあるの。」
「…ハッキリさせておきたいこと?」
「幽透、どうしてあの妖怪達と戦ったの?私と一緒にいるからって理由で絡まれたのは想像がついた。でも、初めての実践、複数を相手にする危険が分からない訳じゃないわよね?」
確かに逃げる事も出来たと思う。幽香さんとの距離がそこまで離れていた訳じゃなかったし、対峙した後も全力で逃げれば幽香さんに助けを求められたとも思う。
「逃げるって選択肢は無かったです。今だって、戦った選択を間違いだとは思ってません。」
「尻尾を巻いて逃げるような性格じゃないことだって分かってるつもりよ。だけど、あなたは少なくとも私に命を救われた恩を感じてるはず。その命を無駄にする行為をするとは思えないの。」
幽香さんと出会って、必要とされて、僕自身の価値って言うのが多少なりとも分かってきた。確かに命を無駄にしようとは思っていない。
あの時の僕にとって、命より優先しなければいけないことがあっただけだ。
「絡まれるだけなら相手にしてなかったかもしれません。でも、その命の恩人をバカにされたら話は別です。」
「やっぱり私の事で何か言われたのね。気にしなくてもいいのに…」
「過去に何があったかは聞きません。でも、僕にとって幽香さんは大切な存在です。幽香さんがいてくれたから、今の僕がいるんです。」
ただ生きているだけじゃない。太陽のように照らしてくれて、明るく僕を導いてくれた…そんな人を侮辱されて黙っているのは無理だった。
もっと雰囲気とかシチュエーションとか考えたかったけど、もう伝えてしまおう。
幽香さんがどう思ってくれるかは分からない。けど、僕の想いを伝えずにいるのは嫌だ。
「僕が風見幽透として生きているのは幽香さんのおかげです。誰であっても、それは否定させません。僕の想いも、全部…幽香さんに捧げたい。」
そこまで言って、幽香さんを抱き締める。スキンシップのような軽いものでは無く、離さないって、伝えるように強く抱き締める。
「ゆ、幽透…?」
抵抗するような素振りはない。珍しく動揺しているが、嫌悪感を抱いてはいないようだ。
幽香さんが僕に好意を持ってくれているのは分かってる。だけど、いざ言葉にしようとするとドキドキする。
鼓動がうるさい、呼吸の音、唾を飲み込む音、全てが何倍の大きさにもなって聞こえてくる。
でもここまで来たら引けない、引く気もない。たった一言、伝えるだけだ。
「幽香さん、好きです。」
「…………………え?」
一世一代の大勝負にキョトンとされてしまった。でも頬が紅く染まっている。効果はあったようだ。
僕だって恥ずかしいんだ、このまま伝えたい事を全部伝えてやる!
「幽香さんと出会って、幽香さんの優しさに触れて、幽香さんの笑顔を見ていて、幽香さんの全てに惹かれました。だから…逃げたくなかった。僕の大好きな人を、僕が好きになった事実と一緒に否定されたようだったから。」
「…そんなのことの為に危険を冒したの…?」
「幽香さんにとってはそんなことなのかもしれないけど、僕にとっては命より優先されることなんです。」
「だ、だけど…私、怖いだろうし、目付きもそんなに良くないし…」
あれは僕が未熟だったから幽香さんの殺気に呑み込まれてしまっただけで、幽香さん本人が怖い訳では無い。
目付きだって気になったことがない。普段のクールな幽香さんにぴったりな感じだ。
というか…そんな所を気にしてたのか…?ただでさえ可愛くて悶絶しそうなのに…!
「怖くなんてないですし、僕は幽香さんの目、綺麗で好きですよ。」
「そ、それに…私よりもっと好きになる人が現れるかもしれないし…!」
意外と強情と言うか…素直にならない人だな。明らかに動揺しているのが可愛さに拍車を掛けているが。
「幽香さん。それは絶対にありえません。出会ってから幽香さんに貰った優しさや温かさ、愛情を越えるモノは僕の中で無いですから。」
「…だけど、私の他に幽透を好きになる人だって……」
幽香さんの言葉を遮って声を出す。そろそろハッキリさせよう。と言うか、最早言ってるようなもんだし。
僕だって、好きな人の想いはしっかり言葉にして欲しい。
「幽香さん、僕のこと…好きなんですか?嫌いなんですか?どちらでもないんですか?」
「………す、好きに決まってるじゃないの…!」
耳まで真っ赤にしながらフイとそっぽを向いてしまったけど言ってくれた。
先程までの恥ずかしさなんて消し飛んで、嬉しさで胸がいっぱいだ。
「良かったぁ……幽香さん!」
安堵した後、幽香さんをより強く抱き締める。すると、幽香さんも僕の背中に手を回してくれた。
キュッと服を掴まれているのが分かる。僕の肩に顔を埋めているため表情は分からないが、おそらく恥ずかしさを誤魔化しているんだろう。
「何よ…」
「絶対に離しませんからね!これから何があっても、僕は幽香さんを好きでいますから!」
「…そんなの当たり前でしょ……バカ幽透。」
こんなにデレデレな幽香さんを見れるとは思ってもいなかった。多分永琳さんも想定外だろう。
クールで大人の女性のイメージが強かったが、こと恋愛になるとここまで変わる人なのは驚いた。
「…僕、幽香さんを好きになって良かったです。」
「………………」
「あ、あの…無言止めてもらっていいですか…?ちょっと恥ずかしいので…」
僕が茶化すように言うと、幽香さんは少し身体を離し、顔と顔を見合わせる体制になった。
「見て!私真っ赤になってるでしょ!?私だって嬉しくて恥ずかしいの!」
怒ってるんだか喜んでるんだか分からない表情で声を荒らげる幽香さん。
もうここまでくると何をしてても可愛い。普段とのギャップが凄くて…最早尊いとすら思えてくる。
「フフッ…アハハッ!」
「ちょっ…!何笑ってるのよ!」
「やっぱり僕には幽香さんしかいませんよ。幽香さん、好きです、大好きです。一緒に…幸せになりましょうね。」
紅くなって膨らませてる幽香さんの頬に手を添えて、軽く、触れるだけのキスをする。
少し沈黙があったあと、更に紅くなった幽香さんに恥ずかしさを誤魔化すための八つ当たりをされた。
それがあまりに可愛くて、次こそは僕が幽香さんを守るんだと心に決めてから、もう一度キスをした。
抱き合うのを止めようとした時、『もっかい…して?』と潤んだ目で言われた時はそのまま押し倒しそうになったが何とか踏みとどまった。
幻想郷の偉業として称えて欲しいくらい我ながら素晴らしいと思いながら、幽香さんと追加で数回、唇を重ねるのであった…




