22話 竹林の薬師。
「幽透…起きて、着いたわよ。」
「ん………?」
幽香さんに身体を揺すられて目を覚ます。移動中に寝てしまったらしい。
魔力を使いまくると一気に疲労が襲ってくるようだ。覚えておかないと。
幽香さんに抱かれたまま辺りを見回す。竹林…だな、うん。竹林としか言いようがない場所に、大きな屋敷が建っている。
「大丈夫?もう少し寝る?」
僕の顔を覗き込むように見てくる幽香さん。少しだけ不安そうな顔をしている。
本人には言えないが、嬉しい。僕を心配してくれて、僕の事を考えてくれている事が嬉しいのだ。
幽香さんの顔を見ていると、無事で良かったと改めて思う。
「いや、大丈夫です。あ、あの…幽香さん?嬉しいんですけど…降ろしてもらっても…」
「あら、怪我人は大人しく抱かれてなさいな。んじゃ、行くわよ。」
僕を抱いたまま幽香さんは屋敷の戸をガラガラと開けて中に入っていく。
嬉しいには嬉しいが、初対面の人にこの状態を見られるって結構な辱めだと思うのだが…多分自分で歩けるし。
いや、むしろ幽香さんに抱かれる程の仲ですよと周囲に見せつけられると言った見方も…ギリギリある。
そう考えると悪くは……無いと思っているあたり僕の頭もイカれてるのだろうか。
「幽香さんに抱っこされること自体は慣れてきたんですけど、それを見られるのには抵抗あるんですよねぇ…」
「私はしててもされてても気にならないけど。」
鬼のメンタルをしている。ま、まぁ女性が男性にされるのは普通なのかもしれないが、逆だとそうはいかない。
そもそも幽香さんは美しいだけではなく、カッコ良さも兼ね備えているのがズルいのだ。
抱っこされている僕が言うのもなんだが、この構図似合ってる気がするもん。
「お客さんですか……って、幽香さん?」
はい見られた。とうとう見られてしまった。恐らく戸を開けた時の音で気付いたのだろう。
「久しぶりねうどんげ。お師匠さんはいる?この子を診てもらいたいのよ。」
うどんげと呼ばれた女性。まず兎の付け耳が目に付く。付け耳…なのか…?根元にボタンの様な物が着いているから付け耳かと思ったが…明らかに動きがおかしい。
まぁ幻想郷だし、本物でも付け耳でもどちらでも驚きはしない。
耳も気になるが、薄紫色の髪の毛が長いのも目に付く。膝下よりも伸びていて、毛先は足元まであるかもしれない。
他にも女子高生の制服のような物を着ているし、幽香さんと似たような紅い瞳をしている。
「幽香さんが男性を抱えている…初見だと異様に見えますが…そ、そちらの方は?」
「あ、僕は幽香さんと一緒に住んでいる風見幽透です。」
なんて情けない挨拶だ。言ってる事はごく普通なのに抱っこされていると言うだけで酷く情けなく感じる。
「外来人の方でしたか。私は鈴仙・優曇華院・イナバと申します。師匠なら診察室にいますので。私は人里に薬を配りに行ってきます。」
あぁ、団子屋のおばちゃんが言ってた薬師さんってこの人達の事を指してたのか。
そもそも薬師と先生は違うような気もするが…医療の方にも詳しい人なのだろうか…?
「分かったわ。人里の付近でこの子に絡んだ妖怪がいた。貴方も気を付けてね。」
「そうでしたか、ありがとうございます。幽透さん、お大事にしてくださいね。」
一礼して、うどんげさんは屋敷を出て行った。
お姫様抱っこされてる男に一礼してから去る気持ちはどんなのだろう。
いや、聞きたくないな。気にしたくもない。
「えぇと…診察室ってどこだったかしら…」
「この屋敷もかなり大きいですもんね。知らずに入ったら迷子になりそうですよ。」
流石に紅魔館よりは広く無さそうだが、和を基調とした景色が続く為、どれが何かが分かりにくい。
「あ、あったわ。永琳、入るわよ。」
診察室と札を掛けられた部屋があった。幽香さんは外から一声かけて、ドアを開ける。
中に入ると薬品の匂いが少し鼻につく。ツンとしたような、独特な匂いだ。その部屋に、これまた女性がいた。
「珍しい客もいたものね。抱かれてる子は…初めましてね。私は八意永琳。薬師で医者よ。」
永琳と名乗った女性は銀髪を背中から腰にかけて編んでいる。解いたらうどんげさんと同じくらい長そうだ。
あと、服が物凄く特徴的。赤と青の左右に別れてるツートンカラーの服とスカート。上下で左右が反転している。
そして赤十字が描いてある青い帽子。服装だけでも一度見たら忘れないだろう。あと美人。
「この椅子に座らせるわよ。ほら幽透、ゆっくり腰掛けて。大丈夫?」
幽香さんがゆっくりと椅子に座らせてくれる。普段なら何とも思わないけど、目の前に人がいると流石に恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます。あの、僕は最近幻想入りした…風見幽透です。押し掛けるようで申し訳ありません…」
「別に構わないわ。幽香がここまで心配する子を放ってはおけないし。」
永琳さんも幽香さんとは古い付き合いのようだ。話がスムーズで本当に助かる。
「人里の近くで妖怪に襲われたようなの。外傷はほとんど無いけど、攻撃はされてたし、診てほしくて。」
「分かったわ。少し時間を貰うけどいいかしら。」
「それなら私は少し出掛けてくるわ。幽透、しっかり診てもらってね。」
「あ、は、はい。」
僕の返事の途中で幽香さんは診察室を出て行ってしまった。僕としては一緒にいてほしかったのだが…
それに…僕に背を向けた時、一瞬だが先程妖怪に向けたようなおぞましい程の殺気を感じた。
何処へ行こうとしているのか、聞くまでもない。あの妖怪の仲間を探しに行ったのだろう。
背中を向けたあとの顔は…想像したくない。
「穏やかじゃないわねぇ。あの幽香が怒りを表に出すなんて…何があったの?」
「僕が悪いんです。妖怪からの挑発に乗ってしまったから幽香さんに心配かけてしまって…」
「あぁ…あの辺の妖怪は幽香に恨みを持ってるでしょうからね。一緒にいる幽透が的になるのも分かるわ。」
そう言えばあの妖怪もそんなことを言ってた。過去に何があったかは知らないけど、それでも許せないモノは許せないのだ。
命の恩人をバカにされて笑っていられる程、僕は大人じゃない。
「幽香さんがバカにされるのは許せなかったんです。四匹いた内の三匹を殺したあと、攻められていた僕を幽香さんに助けてもらいました。」
「それだけの数を相手に出来るのも凄いけど、つまりは幽香の為に戦った…と。ちなみに幻想郷に来てからはずっと幽香と共に?」
幽香さんの為…なんてカッコいいもんじゃない。幽香さんを好きな僕まで否定された気がしただけ。エゴ丸出しで妖怪達と戦ったようなものだ。
「…えぇ。初めて会ったのが幽香さんでした。その日からずっと一緒にいます。」
「そうすると…幽透にとっては幽香がいたからこそ今があるってことだものね。それをバカにされたらそりゃ怒るわ。私はそう言うの好きよ。」
「妖怪達と戦ったことに後悔はありません。けど、僕が弱いせいで幽香さんに心配をかけてしまったことが…」
あのまま戦っていても多分勝つことは出来たと思うが、もっとボロボロになっていたかもしれない。
どっちにしても、幽香さんに心配かけてしまうことには変わりない。それだけが僕の心残りだ。
「自分の為に体を張って怒ってくれる人がいるんだもの。幽香は嬉しいと思うわよ?」
「で、でも…」
僕がもっと強ければ…あの妖怪達を圧倒できるだけの力があれば幽香さんが残党を探しに行ったりしなくて済んだのではないか…?
「幽透が弱いか強いかは関係ないわ。幽透の愛情が幽香に伝わるほど、貴方を想う気持ちに変わる。その内の一つが心配って気持ちなだけよ。」
「あ、愛情…?」
「あら、違うの?今の話を聞いて、幽透が幽香を好きだと言うのは明白だと思うのだけど?」
永琳さんの微笑みに頬が熱くなるのを感じた。
もちろん自覚はあった。命を救われて、家に住まわせてもらって、たくさん甘やかしてもらった。そんな人を好きにならない訳がない。
ただ、人に言われると…
「……黙秘で。」
「沈黙は肯定よ。さぁ、その話は診察しながら聞かせてもらうとするわ。友人の恋愛事情、気になるもの。」
「勘弁してもらえませんかね…」
霊華さんのような悪い笑みを浮かべている。これくらい含みのある性格じゃないと幻想郷ではやっていけないのだろうか?
それにしても、初対面の永琳さんに気付かれるのか…一緒にいる幽香さんにもバレているのだろうか。
子供じゃないとは言ってもそう言う想いはハッキリさせておきたい。
期間じゃなくて時間。頃合いなんて本人同士にしか分からないものだし、そろそろ伝える覚悟をしようか。