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21話 初めての感情。

「あっ…」



 人里からの帰り道、突然幽香さんが声を上げた。


 吐息混じりの色っぽ………いや、何かを思い出したかのような声だった。



「ど、どうしたんですか?」



「日傘を忘れたのを今思い出したわ…」



 幽香さんは出掛ける時、必ずと言っていいほど日傘を持ち出す。幽香さん曰く、『幻想郷で唯一枯れない花』らしい。


 そんな大切な傘を忘れたらしい。確か人里に着いた時は持っていたから…



「もしかして…お団子屋?」



「…あ、そうだわ。買い物して、荷物も持っていたから気付かなかった…」



 僕も買い物することで頭がいっぱいだった。幽香さんが傘を持っているかまで気が回らなかった。



「僕が取りに行きますよ。幽香さんはこの辺の木陰で少し休んでてください。」



「それは助かるけど、いいの?」



 幽香さんの言葉に笑顔で頷く。ここから人里までそこまで距離もない。食後の運動がてらひとっ飛びする程度だ。



「そう…それならお願いしようかしら。」



「了解です。それじゃ少しだけ待っててくださいね。」



 僕が持っていた荷物を幽香さんに渡し、空を飛んで人里を目指す。


 それにしても日傘を忘れるなんて珍しい。家にいる時以外は肌身離さずって感じなのに。


 幽香さんの日傘は特殊な作りをしているらしい。日傘なんて名ばかりで、実際は雨も防げるだけでなく、弾幕まで防げてしまうらしい。


 傘が汚れるからそんなことはしないって幽香さんは言ってたけど。


 枯れない花って言ってたのも、実際は幽香さんが強くて誰にも負けないからって比喩なんじゃないかと思う。幽香さんらしい素敵な例えだ。



「おい、そこのお前!」



 なんて事を考えながら飛んでいたら地上から声を掛けられた。


 見た感じ妖怪のようだが…今まで出会った人とは違い、僕に対しての好意は感じられない。


 無視をしたいところだが、人里にコイツらを誘い込む形になるのは困る。話だけでも聞いておくか。


 妖怪から話を聞くために地上に降りる。見渡すと四匹の妖怪が僕を囲むように陣取っていた。



「…何?急いでるから後にして欲しいんだけど。」



「お前、風見幽香と一緒に住んでいる人間だな?」



 幽香さんの事も知っている?友達…まさかね。そんな感じはしないし、むしろ敵意むき出しって感じだ。



「そうだけど。」



「やっぱりか。よくあんな女と一緒にいられるもんだな。花に一人で話しかけて、頭がイカれてるって話だぜ。」



 コイツの一言一句聞く度に胸がザワつくのが分かる。


 わざわざそんなことを伝えるために僕を呼び止めたのだろうか?バカバカしい。



「結局僕に何の用なの?急いでるって言ったよね。」



 かなり苛立っている。幻想郷に来てからは初めての感情だ。自分がバカにされるのは気にしないけど、よりによって幽香さんの事を言われると…こうなるらしい。



「以前俺達は風見幽香に酷い目にあわされてな。いつかあのウザったい花畑を燃やし尽くしてやろうと思っていた。」



 気が長い方だと思っていた。滅多な事じゃ怒りはしないと自分でも思っていた。


 だけど限界だった。僕は幽香さんがどれだけ愛を持って花達に接しているか間近で見ている。


 我が子を見守る母親のような柔らかく、優しい笑顔をしている幽香さんを見るのが僕の楽しみなのだ。


 これ以上僕が好きな幽香さんをバカにされるのは我慢ならない。



「もういい……死ね!」



 持てる魔力を全て纏い、喋っていた妖怪を殴りつける。パチュリーさんの結界の時より強く殴ったせいなのか、妖怪の顎の骨が折れる感触が伝わってくる。


 いい気分はしない。ただ、罪悪感もない。倒れてピクリとも動かない妖怪を見ても、何も感じはしなかった。



「おい!この…お前ら、やっちまえ!」



 左右、後ろから襲いかかってくる妖怪達。僕の一撃で死んだ事も考えると数はいるけど一匹一匹は大したことはない。



「そんなんで幽香さんを敵に回せると思うなよ!?」



 左右からの攻撃をしっかり見切り、後ろからの攻撃にカウンターを合わせる。


 しかし、相手の攻撃を避けながらの攻撃だったから先程よりインパクトが甘かった。


 一撃で意識を刈り取る事が出来なかったせいで攻撃した腕を掴まれてしまった。



「うぐっ……へ、へへ、捕まえたぜ…!」



「クソ…!離…せっ!」



 空いた方の手で再度攻撃を仕掛ける。しかし、掴まれた腕を左右に振られ、思うように動けない。



「おっと、そんなんじゃ当たんねぇなぁ。オラッ!」



 攻撃がダメならもちろん防御だって上手くいくはずがない。片手でしか防御出来ないため空いてるスペースに攻撃を喰らってしまう。



「ぐぅ…!クソ…!」



 僕を掴んでるせいで相手もしっかり攻撃は出来ていない。今の攻撃でダメージは大して無いが…ただ、相手は複数…モロに喰らってしまえば動けなくなるのは目に見えてる。



「おら、お前らもやっちまえ!」



 そら来た。左右から…どう捌くのが正解だ…?


 いや、捌くのは無理だな。僕の動きが鈍りだすのが先だ。それなら掴んでるやつを先に殺す!


 魔力を集中させなければ…!そのためには…



「ぐっ…重…って……っらぁ!」



 掴まれてる腕を右に思い切り振る。相手は体勢を思い切り崩し、右から来てる妖怪の攻撃に当たった。



「ぐぉっ…!こ、このやろう…!」



 そして左からの攻撃はもう片方の手で上手く打ち払う。


 相打ちをさせたにも関わらず手を離さないのは素直に驚いたが、そのままで結構だ。


 生まれた隙に乗じて魔力を集中。僕の攻撃に相打ちもさせたコイツを殺すくらいなら一瞬で充分だ!



「手こずらせてくれやがって……うらぁぁああ!!」



 相手の顔に向けて全力の魔砲を放つ。至近距離で威力も拡散してない魔砲。首から上は消し飛んでいた。


 魔砲を放った直後に手を引き剥がしようやく脱出、残りの二匹と対峙する。



「はぁ…はぁ……」



 胸が締め付けられるように痛み、鼓動も早い。無理に魔力を使っているのが良くないのか…


 いつもは呼吸を整えてから放つ魔砲をほぼノータイムで放ってしまった。その反動が来ているようだ。



「ク、クソ!こいつ、仲間を二匹も!」



「全員まとめてあの世に送ってやるよ…!」



 温存なんて考えてられない!相手が動揺してる今、ここで攻めきるしかない!


 一呼吸、二呼吸置いてから全身に魔力を纏わせ、相手との距離を一気に詰める。


 そのスピードを維持したまま拳に魔力を集中、さっきは威力が足りずに掴まれてしまった。同じミスはない。



「行けぇぇぇええ!」



 込めれる魔力全てを拳に込め、思い切り振り抜く。まるで豆腐を殴ったかのように呆気なく妖怪の頭は潰れた。


 拳を振り抜いたせいで僕の体勢が崩れ、足元がおぼつかない。


 そんなにダメージは無いと思っていたが、身体は正直なようだ。自分の攻撃ですらバランスを崩してしまうのだから。



「ち、ちくしょう!俺だけでも生き残る!」



 バランスが崩れた所に相手の攻撃。防御は間に合ったが、完璧には吸収できず、地味にダメージが重なっていく。



「チィッ…!マジで魔力が切れる…!」



 攻撃に転じたいが、魔力も少ない為防御するのでいっぱいいっぱいだ。



「か、風見幽香の犬がここまで強いなんて…!絶対絶対殺してやる!」



 幽香さんへの恐怖なのか、妖怪の攻撃が激しさを増してきた。ペース配分とか考えず、ただただ怯えている感じだ。


 僕だって限界が近い…相手の攻撃が止むのを待っていたら先に僕が潰れる…!


 多少の被弾は仕方ない、一気に終わらせる!



「私の大切な人をペット扱いするの…止めてもらえる?」



 妖怪の攻撃がピタッと止んだ。妖怪の後ろから聞こえる声、僕は知っている。


 ただ、僕も動けない。体力の限界とかではなく、以前味わった、死への恐怖が僕の身体を支配していた。


 目線だけを妖怪の後ろ…幽香さんに向ける。声や口調はいつも通りだけど、顔は違った。


 いつもの優しい顔ではなく、冷たく、見たものを殲滅しそうな殺意に満ちていた。



「か、風見…幽香…!?」



 妖怪も動けないようだ。攻撃途中で止められた腕を下ろす事もせず、カタカタと震えている。


 それも当然だ。ここまで変貌した幽香さんを僕は見たことがない。



「幽透に手を出して、私が黙っているとでも思った?幽透、遅れてごめんなさいね。」



「ゆ、幽香さん…」



 口が上手く回らない。ただひたすらに殺意を妖怪に向けている幽香さんに掛ける言葉が見つからない。



「…私を怒らせるなんて随分と命知らずなのね。幻想郷で生きる上で懸命な判断だとは言えないわ。」



 幽香さんがそう言って指を鳴らした。すると、妖怪の足元から植物の茎の様な物が触手のようにうねりながら妖怪を拘束する。



「グガッ!?こ、これは…!?」



 拘束するだけじゃない…締め付けている…ギチギチと音を立てて妖怪を足からじっくり痛めつけているんだ…



「幻想郷の開花。せめて最期は花のように美しく…散りなさい。」



「………………!!」



 妖怪の足元から骨が折れる音が聞こえる。痛みで声も出ないんだろう、口だけをパクパクとさせている。



「幽透、大丈夫?」



 そんな妖怪の横を通り過ぎ、幽香さんが僕を抱き抱えてくれる。先程までとは違い、いつもの優しい笑顔で。



「…は、はい。ご、ごめんなさい…幽香さん。」



「無事で良かったけど、身体が心配よ。知り合いの薬師の所に連れて行くわ。」



 僕を抱き抱えたまま、幽香さんは妖怪を放置して飛び上がってしまった。



「幽香さん…」



「今は何も言わなくていいわ。ありがとう幽透…私の為に戦ってくれたのよね。」



 そう言って幽香さんは僕の頭を撫で始めた。僕は何も言えない。


 心配を掛けた、僕一人じゃ倒しきれなかったかもしれない。結局僕は幽香さんに迷惑を掛けてしまった。



「はい…」



 少し移動すると何かが弾けるような乾いた音が微かに聞こえてきた。音の方に目を向けると、先程まで妖怪だったモノがそこら辺に飛び散っていた。

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