11話 特訓開始。
「さぁ、いいの?まだ二日目、そんなに急いでやる事でもないと思うけど。」
場所は神社から変わって幽香さんの家の庭。甘い物も食べたし、やる気がある内に…と思って、幽香さんにも魔力の使い方をレクチャーしてもらうことにした。
幽香さんとの時間や神社で過ごした時間、あれはとても心地のいいモノだった。
僕にだって分かる。あの空間は無くしちゃいけない。絶対に失ってはいけない。
本当に霊夢が言ったような…異変が起きるかは分からないけど、起こってからでは遅い。皆が危険に晒されるかもしれないなら少しでも守れる力が欲しい。
そもそも守られっぱなしは僕自身受け入れ難い。
「いずれはお願いする事です。僕も…強くなりたい。」
「昨日、霊夢に何を言われたのか知らないけど、異変解決ってそんなに簡単じゃないわよ?」
「だからこそじゃないですか。あんなに暖かい空間に僕を受け入れてくれた人達を守りたいって、力になりたいって思うのって…変なことですかね?」
確かに焦っているように見えるかもしれないし、どれだけの力を持ってるか分からない僕が特訓しても無駄なのかもしれない。
でも、やらないまま納得は出来ない。僕は決めたんだ、向日葵のように真っ直ぐ前を見るって。
「…ふぅ。何を言っても無駄って顔してるわね。」
「偉そうに言って申し訳ないとは思ってます。でも、皆の優しさに甘えてばかりはいられない。」
「フフッ、たった一日で随分と逞しくなったものね。いいわ、付き合ってあげる。」
「あっ…ありがとうございます!」
ガバッと幽香さんに頭を下げる。弾幕一発撃つだけでヘロヘロになる今の僕がどこまで強くなるのか、どのように強くなっていくのか分からないけど…やれるだけやってみよう。
「意外と頑固よねぇ。まず何から教えようかしら…」
「幻想郷での戦いって弾幕の撃ち合いなんですか?」
「ルールなんて無いもの。敵対した相手が動かなくなる、負けを認めるまで徹底的に嬲るだけよ。ねぇ幽透…?」
そう言って笑みを受け浮かべた幽香さんを見て背筋が凍った。幽香さんの笑顔を見て、初めて恐怖が押し寄せてきた。
これが妖怪か…この人を本気にさせたら確実に死ぬ。そう思わせるような…威圧感が出ている。
「…だったら尚更じゃないですか!僕だっていつまでも幽香さんの後ろで守られてるつもりはないですよ!」
つい大声になってしまった。無理にでも声を出さないと幽香さんの雰囲気に呑まれてしまいそうだったから。
本能に訴える恐怖…幽香さん程ではないにしても他の妖怪がそれを僕に向けてきたら…?
今の僕じゃ確実に助からない。これは焦らないといけないかもしれない。遅すぎたくらいだ。昨日の時点で、ここまで聞いておくべきだった。
「フフッ…虚勢とは言え、覚悟は本物ね。合格よ幽透、意地悪してごめんなさい。」
幽香さんの雰囲気がいつものように柔らかくなった。あの殺気はやはり意図的に出せるようだ。
「いえ…やりましょう幽香さん、お願いします。」
「人によって得意不得意はあるけど、弾幕をメインで使う人はそう多くはないわ。必然的に、肉弾戦が求められる。」
昨日も思ったけど、こんな華奢な見た目なのに肉弾戦がメインって…本当に見た目で判断出来ないな…
「幽香さんだけじゃなく、霊夢や霊華さんも…?」
「霊華に関してはなんの比喩もなく最強よ。歴代最強の博麗の巫女。それが博麗霊華なの。この幻想郷において彼女を凌ぐ妖怪は存在しない。」
唖然としてしまう。僕はとんでもない人と仲良くしてもらってるんだ。
引退して、霊夢が博麗の巫女になってもそれ以上の力を持っているのか…霊夢も大変だ。
つまり、霊華さん同じ…いや、霊華さんより強くなったら皆を守れるって事だけど、流石に遠すぎる…笑えるくらいに壁は高いようだ。
「アハハッ…!そんなに強いんだ……絶対に超える!幽香さん、僕は霊華さんを超えて、幽香さんを守ってみせますよ!」
「…本当にどうしたの?私に気に入られたいから…とかなら無理する必要ないわよ?ある程度までなら強くはなれるし。」
半分は図星だけども。僕次第でその気になる…なんて言われたら張り切るなと言う方が無理だろう。
しかし、それだけじゃない。幽香さんを見てると、不思議と前を向きたくなる。本当に太陽と向日葵のように。
「そんな理由で最強に挑んだりしませんって。目標があった方がやりがいがあるじゃないですか。」
「はぁ……分かったわよ。もう何も言わないわ。ただ、私は自分で言ったことを投げ出すような男は嫌いよ?」
「何年先になるか分かりませんけどね。さぁ、今度こそお願いします幽香さん。」
「フフッ、期待しておくわ。それじゃあ…まずはしっかりと魔力を身に纏って。全身に巡らせるイメージよ。」
弾幕を放つ前の状態か。えぇと…心臓の鼓動に合わせて深呼吸…身体に満ちるようなイメージ……
胸に手を当てて数回深呼吸をする。それだけで魔力が満ちてきているのが分かる。それも、昨日とは比べ物にならない量の魔力が。
「…あれ?昨日もこんなんだったか…?明らかに纏うのが早くなってるし、量も多い気が…」
「……もしかしたらとんでもない化け物を拾ったのかもしれないわね…私は。」
正直分からない。これが普通なのか異常なのか。幽香さんの反応を見る限り、我ながら期待出来そうだが…
「ま、まぁ…多くて困ることは無いか。幽香さん!出来ましたよ!」
「え、えぇ。そうしたら、相手より先に攻撃に回る為に素早く動かなくてはならないわ。」
ふむ、そりゃそうだ。当たらない攻撃に意味は無し。相手を翻弄出来るくらいのスピードを身に付けないといけないのか。
「ちなみに幽香さんってどれくらい速く動けるんで……え…?」
「はい。見せても見えないでしょ?」
言い切る前に僕の視界から幽香さんが消えた。そして後ろから幽香さんの声が聞こえてきた。
全く見えなかった…まるで瞬間移動を見せられたようだ…
「なるほどねぇ……それくらいが普通って事ですか…やり方は?」
「今魔力を纏っているでしょ?何もしてない時より身体が軽く感じて、素早く動けるはずよ。」
言われてみると確かに身体が軽い。気分的なモノかと思ったが、これも魔力の影響なんだな。
つまり、もう既に速く動くことは出来るのか。この状態が基本中の基本ってことだな…
「んじゃ軽くダッシュでも………うぃっ!?」
軽く地面を蹴った瞬間だった。走り出す時のイメージと、実際に前に出る勢いが全然違った。思わず転ぶところだった。
蹴り足の力が強い…なるほど、速く動けるようになるってよりは身体能力が上昇してるって感じかな。
「分かったでしょ?魔力でブーストをかけてるようなモノなの。それを上手く扱うと、さっきの私みたいに動けるわ。」
「まだまだ先は長いですねぇ…とりあえずこの状態で動くことに慣れないと…」
そうは言っても徐々に魔力が抜けていく。この状態を維持するのにも消耗してしまうのか。
そうなると…とにかく魔力を増やすことが先決だ。どれだけ上手くコントロールしても無くなってしまったら意味がない。
「魔力を増やすのはすぐにどうこうなる話でもないし、とりあえず続けるわよ?移動に慣れたら次は攻撃。」
「まぁ聞くまでも無いですけど、拳で…?」
「…よっと。幽透、私が今貼った結界を思い切り殴ってみなさい。拳に魔力を集中させてもいいし、好きなように殴ってみて。」
やはり拳か。肉弾戦って言ってたし、基本的には拳での戦いになりそうだな。
んで、この馬鹿みたいにデカい結界を殴るんだな…?どうせなら破りたいし、弾幕の時みたいに魔力を集中……
「…ふぅ…よし!いけぇ!」
ゴンッと鈍い音が辺りに響き、その瞬間、僕の右手は痛みに襲われる。
「うぐぅ……!い、いってぇ…!」
痛みを堪えながら結界を見るが、破るどころか傷一つ付いていない。全くダメージが通ってないみたいだ。
「痛そうねぇ…フフッ、それでも思い切り振り抜いたのは評価するわ。」
「ビビっても仕方ないですからね…!あぁ…痛い…」
「結界を使ってくる敵なんてそうそういないとは思うけど、霊華を越えるなら結界くらい破れないと話にならないわよ。」
霊夢も使うくらいだし、霊華さんの結界なんてもっとえげつないんだろうなぁ。
「…ちなみに、結界ってどうやって破るんですか?」
「ん?こうよ。」
未だに痛みが引かない程思い切り殴ってもビクともしなかった結界を幽香さんは易々と拳で穿った。
同じものを殴ったとは思えない。いや、思いたくないだけかもしれない。
「…自分の伸び代に期待するばかりですよ……クソ…」
良かった、僕は悔しいって感情も持ち合わせているらしい。このまま納得なんでできるわけがない。
もっともっと強くならないと。自分にガッカリしたまま終わってたまるか。




