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一、嘘つき

『佳奈って変だよね』




──ふがっ!?」


 視界はいつも見る汚い部屋から始まる。


 ……はぁ、またあの夢か。


 あの夢を見た時はいつも体がだるくて重い。そんなものを持ちながら今日も学校に向かう為の準備をする。


 階段を降りて茶の間につながる扉を開く。


「おはよう佳奈(かな)

「…………」

「おはようお母さん、お父さん」


 朝早くから朝ごはんの準備をしてくれるお母さん。椅子に座りながら両手に新聞を、テーブルにはコーヒーが置かれている。お父さんはただ無口なだけで機嫌が悪いわけではない。いつもこんな感じ。


「まだ眠そうな顔して〜、先に顔洗ってきなさい」

「はーい」


 とてとてと、洗面所へと向かいながら私は一度欠伸をした。蛇口から流れる冷たい水を自分の顔へとかける。冷たい! と、思いながらもその気持ちよさはクセになる。


「ふう!」


 濡れた顔をタオルで拭いた後のこのスッキリな感じが良い。今日も一日頑張れそうな気だけする。


「お姉ちゃんおはよ〜……」

「おはよー(あらた)


 私よりも遥かに眠そうな顔で後ろから現れたのが弟である新。別に部活動をしてるわけでもないのに無駄に身長が伸びている。今、180だっけ? 


「また夜遅くまでゲームしてたの?」

「いつもより一時間は早く寝た」


 いつも三時ぐらいに寝てる奴の一時間なんて誤差じゃん。


「はいはい、早く顔洗ってご飯食べな」

「はいはい」


 三つ下の弟との関係は良好。昔は時折喧嘩してたけど今は特にそんな事はない。互いに干渉しすぎず、時間が合えばお喋りしたりする。


 再び茶の間に戻るとテーブルには人数分の朝ごはんが並べられている。ご飯に目玉焼きに焼かれたウィンナー。昨日の味噌汁に雑に千切られたレタス。飲み物はセルフで私はいつもお茶を飲む。


「いただきます」


 お母さんとお父さんは先にいただいていたので後に続いて私も食べ始める。うちの家族は食事中にあまり喋ったたりはしない。それはお父さんが決めたもので、ご飯中にわざわざ喋らなくても時間はある。とのこと。


 私もそれには賛成した。ご飯中まで喋りたい程の話題なんて無い。毎日同じ屋根の下に共に暮らしている。いつでも時間はあるから。


「ふぅ……いただきまーす」


 私よりも遅れてやってきた弟。弟はいつも牛乳を飲んでいる。運動してないくせに。


 カチャカチャと、小さくなる音だけが耳に入る。私はこの時間が嫌いでは無い。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えた食器を片付けた後、歯を磨く。そして学校に行くための準備を始める。


 今日の授業に使う教科書ノートは昨日のうちに済ませ、後は制服を着るだけ。


「……まだあった」


 高校に上がってからは毎日するようになった化粧。本当は忘れてないのに忘れたふりをする。


 特にあの夢を見た日はそんな事をしてしまう。私は鏡に映る化粧をしている自分が嫌いだ。毎朝嫌いな顔を見てから学校に向かっているのだ。


 ピコンと、携帯が鳴る。画面には友達からのメッセージが届いていた。


『おはよ〜今日の体育だるいよね〜』


 友達からきたメッセージに私は返事を打つ。


『おはよう。本当にそうだね笑』


 私は毎日どれくらい自分に嘘をついてるのだろう。本当は運動するのが大好きなのに。けど、もう誰かに嫌われるのは嫌なんだ。


「……すぅ、はぁ〜〜〜!」


 はい! 暗い空気はもう捨てた! 私はメンヘラ系になるつもりなんてないから! 


 一度自分で決めた道だ。もう間違えないようにしないと。


「よし! 学校行こ!」


 靴を履いて玄関の扉を開ける。


「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい」


 母さんの小さく聞こえる返事を聞いて私は扉を閉めた。




 ◇◇◇




「えっと、卵卵……」


 いつもと変わらない学校は終わり、部活動に入ってない私は放課後直ぐに家に帰る。けど今日はいつもと違ってお母さんからのおつかいをこなしているところだった。


 全く、おつかいたのむんだったら朝のうちに行ってよね。お財布にお金なかったらどうしてたんだか。


 ま、そうなったら家に帰ってから行かされるだけだけどね。


「ん〜と、後は……」


 お母さんから送られた買ってくるものリストを見る為に携帯に目をやる。その際にポケットから財布が落ちてしまった。


「あ」


 慌てる必要もなく私はしゃがんで落とした財布を取ろうとした。その時私よりも先に私の財布に男の人の手がついた。その手が先についた為私は直ぐに顔を上げて拾ってくれた男の人にお礼を言うべく口を開いた。


「あ、ありが……」


 が。の形で口が止まった。開いた口が動かなかったのだ。私の財布を拾ってくれた手は確かに男の人の手だった。けど何故だろう。何故、目の前にいる男の人は……。


 女の子の制服を着ているんだ! 


 いやけど私の勘違いって事もでも手はやっぱり男の人の手だしスカートから出てる素足は細いけど女寄りの男の足な感じだしでもでもなんか顔めちゃめちゃ良くない!? 短髪で中世的な感じで女って言われれば女だし男って言われれば男だけどだけどその制服私が一昨年前着てた制服とまんま同じ感じがするような気もする


「あの……」

「あっ!」


 その声で私は正気に戻る。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 二回聞いたその声は確かに男の人の声だった。でも……。


「どういたしまして」


 その姿は女性そのものだった。




 ◇◆◆




「新、聞きたいことあんだけど」

「……何?」


 時刻は七時半。夜ご飯も食べお風呂にも入って体が冷めた後、ゲームを始めそうな弟に声をかける。


「わからないならそれでいいんだけど、新の学校にさ……」


 ……なんて言えばいいんだろうか。女装した男子いる? って聞いていいんだろうか? 本人がいるわけじゃないからってあんまそう言う風に言うのはなぁ……。


「あぁ、(かえで)先輩のこと?」

「え、楓先輩?」

「うん。女子の制服きた男子の事でしょ? なら楓先輩だ」


 楓先輩……じゃあ三年生って事ね。


「楓先輩のこと聞いてどうすんの?」

「いや、今日買い物してた時にその楓先輩と思わしき人に出会って……」

「……羨ましかったの?」

「え?」

「羨ましかったのって」


 羨ましかった。そんな事は考えてなかった。ただ私は気になったから聞いただけだった。


「そんな事……私が思うわけないでしょ」

「……そ」

「寧ろ私はカッコいいと思ったよ! あんな堂々とした姿! 本当に女性かと思ったよ!」


 あの後あと付けたけどどっからどう見ても女性にしか見えなかったもん! だからこそ声を聞くたび男だった!? って新鮮な気持ちで見てられる。レジのおばちゃんの驚いた表情は笑いそうになったよ。


「なんだそれ。もう話は終わり? 俺早くゲームしたいからでてってよ」

「はいはーい。お邪魔して悪かったね」


 バタンと扉を閉める。


 顔を上げ、眩い電球の光に目がやられそうになる。細めた視界は何故か滲みそうになった。


 財布を受け取ったあと、彼の後ろ姿に私の手が伸びた。届きそうで届かなかったその距離が多分彼女と私の違いだった。


 私はまた、自分に嘘をついた。


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