番外編 僕の天使たち(アデラ兄視点)
アデラマリスやデュドリックが小さいときの話です。
本編には出てこなかった、アデラマリスのお兄さん視点です。
お兄さんは、三歳違いなので二人と学園は入れ替わりになります。
「兄さま、きょうこそ、まけません」
「にげるなよ」
「二人でかかってこい」
ここは王宮のプライベートな庭の一角。王宮で働く父に連れられ、僕エディとアディは月に何度かデュド王子の遊び相手をしていた。
アディたちが四歳になって子ども用の模擬剣を与えられてから、僕たちの遊びはもっぱら剣技ごっこだった。
僕も四歳のときに模擬剣を与えられてから三年、剣術の教師について学んできている。チビたち二人を相手にするのは、わけない。
「それ、まだまだ。アディ、へっぴり腰だぞ。デュド、そんなへろへろでどうする」
「やぁ」「とう」
チビたちにもすでに教師はついているが、まだまだ初歩の初歩。なんなくかわせる。
そんな子どもたちのじゃれあいを、王子の護衛も遠巻きに見守ってくれていた。
雨の日は、王族専用のプライベート図書館で過ごした。
それぞれが好きな本を抱えて、一つのソファにくっついて座った。読み飽きてウトウトしているチビたちが、頭を寄せ合っているのは、とてもかわいい。
寝ているときだけは天使だと両親は言うが、こんなときは僕も二人は天使だと感じる。やっぱり寝ているときだけだけれど。
僕が決めた一冊の本をチビたちも読んで、感想を言い合うこともあった。
「しゅじんこうは、けんをもっとれんしゅうしてから、しゅっぱつしたほうがよかったんじゃないかな。ヒーラーがたいへんだよ」
「それじゃあ、ドラゴンがもっと大きくなって、あばれるよ。ヒーラーががんばればいいよ。
それより、ドラゴンとなかよくなれないのかな」
デュドは慎重で、アディは考えるより先に動くタイプ。でもアディは、善悪を決めつけない考え方もする。
二人が言い合いをしているのは、面白い。
アディもデュドも、冒険譚が好きだ。
今二人は四歳、もう少しして僕の勉強が忙しくなる前に、冒険遊びをするのも面白いかもしれない。
陛下と父にそれとなく話をしておこう。
* * *
チビたちが五歳になったときに、陛下と父上から王宮の裏山で遊んでもいいと許可が出た。
八歳の僕が責任者。もちろん、殿下の護衛が数人つく。実際の責任者は大人のそっちだ。
王宮の裏山は、木が茂っているが山道があり、薬草の採取などで人が入ることも多い。
たまに魔物も出るが、僕たちに許されたところは弱い魔物や動物しかいない場所で、それも滅多に見かけない。
安全な場所での冒険ごっこだ。
裏山の頂上は広場になっていて、その一角に大きな岩が二つ組み合わさっている。
その岩の中に囚われているお姫さまを救い出すというのが、冒険ごっこの設定だ。
お姫さまは、リアナ姫。デュドの妹姫の名前を借りた。
アディも女の子なのだから姫役をしてもいいと思うのだが、アディにもデュドにも、そんなつもりはなさそうだ。
デュドはアディを女の子だと思っていないかもしれない。
僕がアディを女の子扱いしてないし、妹と呼んでもいないのも悪いのだけれども。
だけど、女の子として大切に扱ったり甘やかしたりしようとすると、アディは嫌がる。
王宮に来るときにはドレスも嫌がって、僕のお古の服を着る。遊び回るのに邪魔らしい。
男の子と同じように遊べるのも今だけだ。アディがあきらめるまでは、僕もアディを弟と思おうと決めていた。
殿下の護衛たちが裏山の道を知っているので、僕はチビたちを自由に歩かせた。二人とも目が生き生きとしている。
「デュド、きっと姫はこっちだよ」
「いや、ボクはこっちだと思う」
言い合いになってどちらも譲らないときは、僕の出番だ。
別れ道に棒を立て、それを倒す。倒れた方が進む道だ。
実は、僕は近くにいる護衛の人を観察していた。彼らは道を知っているから、何気ない仕草で僕に正しい道を教えてくれる。
そちらに向かって、不自然にならないように棒を倒せばいい。
風で大きくなる木の葉の音や、たまたま落ちた影も、冒険ごっこでは襲ってくる獣や魔物になる。
鳥の鳴き声に魔物がいるから進めないと、道を撤退したりもした。
偵察をすると言ってアディが木登りを始めたときはハラハラしたが、屋敷で侍女と木登りをしているのは知っていたので止めなかった。
それを見てデュドも木登りをしようとしたときの方が、危なかった。
デュドは初めてだったようだ。護衛が下で受け止めなければ、大怪我をしたかもしれない。
デュドもアディも、すぐに腕や足に擦り傷ができているが、
「多少の怪我は大目にみるから、楽しんでくるんだよ」
と送り出してくれた陛下の言葉を信じよう。
「リアナ姫さま、お迎えにあがりました」
「お怪我はありませんか?」
頂上の岩のところで、チビたちは、姫の騎士よろしく演技をしている。
そうやって架空の姫をエスコートしながら岩の中から救出したところで、冒険ごっこは終了だ。
護衛の一人が背負って運んでくれた飲み物とお菓子で、一休みする。
頂上は見晴らしがいい。城の尖塔も見える。
普段しない運動で疲れたのか、チビたちは寝っ転がって空を見上げている。
僕は、足元に咲いている黄色い花を摘んで、花冠を二つ作った。
「姫を救った騎士たちに」
黄色の冠は、アディとディドの笑顔によく似合った。
起きていても、天使だな。
僕は考えを改めた。
* * *
裏山での遊びはバラエティ豊かになっていった。
デュドも木登りが上手くなり、アディと二人でどちらが高いところまで登れるか競い合う様になった。
「ひゃっほー」「わーーーーーい」
木の上から叫ぶ二人の声は、かなり遠くまで聞こえそうだ。
王宮であった人に
「今日もチビちゃんたちはお元気でしたね」
と言われることがあるが、まさか王宮まで聞こえているなんてことは、ないよな。
たまに、護衛を敵にみたてて、木々の中で打ち合ったりもする。
護衛はかなり手加減をしてくれているが、アディもデュドも年齢にしては剣の腕が上がっている。
俺も一対一で相手をしてもらうことがあるが、さすが護衛だ。どんなに必死に打ち込んでも、小柄なのを生かして木の間をすばやく動いても、全然動じない。むこうのペースで切り上げられてしまう。
山の中での方角の見方や、鳥の声の見分け方、獣が通った道の見分け方、薬草や食用の草についても護衛たちが教えてくれた。
そろそろ七歳になるのに、アディは行動がデュドとまったく変わらない。家でも僕のお古を着ていることが多い。
額をくっつけ合って何かを観察している二人は、微笑ましい。
だが、日焼けをまったく気にせず顔にまで土をつけて笑っているのを見ると、女の子のアディがこれでいいのかと、兄としては心配になる。
僕もそろそろ十歳になり、二人と遊んでいられるのもあと少し。
代わりに僕とアディの弟のフランと、デュドの妹のリアナ姫が遊び仲間になるだろう。
二人はアディたちより三歳下。
リアナ姫はお姫さまらしく育っていると聞く。アディのように外で暴れはしないだろう。
この遊びも終わりだと、僕は寂しく思っていた。
* * *
その日は、前日に雨が降ったあとで地面がぬかるんでいた。
僕たちはいつものように、裏山を散策しながら頂上を目指していた。久しぶりの晴れ間だったので、山歩きを楽しんでいた。
頂上近く、坂道を息を弾ませながら歩いていたとき、アディが木々の向こうに花が咲いているのをみつけた。
木の枝の一本一本が桃色の花で覆われていた。
「すごい」
アディは道をそれて、花が満開の木に向かった。ディドもそれに続いた。
山道をそれて木々の中を進むのは、いつものことだった。
「足元がすべるから気をつけて」
僕は叫んだけれど、チビたちの足は止まらない。
護衛が二人、チビたちの後を追った。
「きゃぁぁぁぁ」
アディの悲鳴が響いた。そして、ザザザザと何かが滑る音。バキバキと何かが折れる音。
「アディ!」「アデラマリスさまっ」
デュドの甲高い声と、切羽詰まった護衛の声が、山の中に響いた。
山場で切ってごめんなさい。
ご安心ください。ハッピーエンドです。
というか、本編のアデラマリスなので、大丈夫です。
明日の夕方、更新します。
それで完結となります。
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