3 取り巻きのいじめ? 突き落とし?
「それでは、次に指をさされたのは」
グレイさまの声が、私の考えを止めました。
集音魔道具が、彼女に手渡されます。
「わたくし、三年のグレイス・ウィンゲートと申します。アデラマリスさまとは、友人としてお付き合いをしていただいていると信じております。取り巻きではなく」
わたくしに向けて頭を下げたグレイスに、その通りだと、わたくしも軽く頭を下げる。
「食堂でサブリンさまに意識的に足をかけて転ばせたと言われましたが、覚えがありません。
わたしが唯一記憶しているのは、食堂のテーブルについてランチをいただいているとき、横の通路を通っている女子が突然よろけて、食べ終えた食器を撒き散らしたことでしょうか。
ええ、いつもは静かな食堂の惨事ですもの、よく覚えておりますわ。
その女生徒は片付けもせずに走り去ってしまったので、わたくしと、一緒にランチをしていたアデラマリス・クレメラさま、イレーヌ・ジュアンさま、エバ・サンテさまと食器を拾いましたわ。
近くで見ていらした方が厨房の方を呼んでくださったので、あとはその方にお任せしましたわね、確か」
グレイスは関係ないという目撃者が多数手を挙げた。逆に、グレイスが足をかけられるほど近くを通りかかったという目撃証言は一つもなかった。
* * *
「食堂の件も、却下します。
次は」
「わたくし三年のイレーヌ・ジュアンです。
噴水にあなたが落ちた日のことなら、覚えておりますわ」
イレーヌは、サブリンさまを一瞬睨んでから、いつもの穏やかな表情へと戻した。
「あの日の放課後、わたくしはエバ・サンテさまと中庭を散策していましたの。
暑い日で、噴水の近くが気持ちよかったですわ。たしか他にも、噴水で涼をとっている方々がいらっしゃったはずです。
サンテさまが突然びっくりした顔をなさったので、わたくしはサンテさまの見ている方を見ました。
サブリンさまがわたくしに向かって、すごい勢いで走って来られていました。
サブリンさまは近くに来てもスピードを落とさず、そのままではぶつかると思ったわたくしは、体をひねってサブリンさまを避けました」
イレーヌは、はぁと小さく息を吐いた。次の言葉を強調するために、タメを作ったのね。
「サブリンさまは、そのまま噴水に突っ込まれていきました」
イレーヌは頭を振った。まるで、信じられないかのように。
「噴水はご存知のように溺れるほど深くありません。
頭から噴水に突っ込まれたようでサブリンさまはびしょ濡れでしたが、ご自分で噴水から出られ、どこかへ行かれました。わたくしとサンテさまを睨みつけてから。
あのときは、お怪我がなくてようございました」
「今のジュアンさまの話と同じものを見た者は手を挙げてくれ」
何人もの手が挙がった。
「ジュアンさまの話と違ったものを見たという者は、手を挙げてくれ。いないな。
噴水に突き落とした件に関しても、却下する」
* * *
「次はわたしですね。三年のエバ・サンテです。わたしも、アデラマリス・クレメラさまの友人であると自負しております。
クレメラさまには取り巻きなどというものはおりませんわ」
エバは、集音魔道具の前の二人の男子を睨んでいる。
フェルミさまとメルネスさまは、エバに睨まれていたたまれなくなったのか、首をすくめた。
「階段と言われて思い当たるのは、一週間前の放課後の出来事です」
エバが淡々と話し始めた。
「わたしは、先生に頼まれて、資料を図書館に返すために三階から二階へと中央階段を降りていました。資料が大量だったため足元が見えず、手すりの横をゆっくりと降りていました。
あと数段というところで前から強い衝撃を受け、何かに跳ね飛ばされました。
よかったですわ、尻餅をついたおかげで階段から落ちずにすんで。
体は擦り傷だらけで、あたまも打ったみたいでしばらく朦朧としましたけれど。まだアザがありますのよ。
頭がぼんやりとしたまま周りを見ると、階段の下にサブリンさまが横たわっているところが見えました。それで、サブリンさまがわたしにぶつかってきたのだとわかりました」
サブリンさまが何かを叫んだ声が聞こえましたが、すぐにグレイがそれを制止して、エバに話の続きを促しました。
「わたしが起き上がる前に、横たわったサブリンさまの顔がこちらを向いていました。ニヤニヤしていて気持ちが悪かったですわ。
わたしが起き上がると同時にサブリンさまも体を起こして、わたしに向かって何かわめいていらっしゃいました。
確か『痛い』とか『わたしを突き飛ばしたわね』とか『ひどいわ、そんなにわたしが邪魔なの』とか」
生徒の中から手がいくつか挙がった。グレイが女子を指名した。
「上から見ていました。
それから、そこにいる男子がどこからか来て、階段の下でわめているサブリンさまに手を添えて助け起こして、男子二人も『信じられない』『嫉妬して』のように叫びました。それから、どこかへ行きました。
まだ起き上がれないサンテさまは、放り出したままですのよ。
あの子、次の日に足首に包帯を巻いていましたが、絶対怪我なんてしていませんわ。だって騒ぎの後は普通に歩いていましたもの。
こちらこそ信じられませんわ。
わたしはサンテさまが階段の半ばまで降りたときにみつけて、あまりの本の多さにお手伝いの声をかけようかどうか迷っていましたの。声をうっかりとかけたら階段から落ちてしまいそうでためらったのですわ。
そうしているうちに、サブリンさまが物陰から出てきて、サンテさまを確認して階段を駆け上がったのです。
絶対サンテさまを階段から落とそうとしたに違いありません」
もう一人、手を挙げていた男子が指名された。
「僕は悲鳴を聞いて階段に駆けつけたので、どちらがぶつかったかは見ていません。
ですが、サンテさまの抱えていらした本は、階段の手すり寄りにすべて落ちていました。他の人の邪魔にならないように降りていたことがわかります。
サンテさまがおつらそうだったので僕が代わりに図書館まで本を返却したのですが、大量でしたよ。僕でも抱えるのが大変なくらい。
アゴで押さえないと崩れてしまうので、まん前しか見えませんでした。階段を降りている間は、下の段にいる人は見えません。上から突き落とすなんて、無理です」
「さて、サブリンさま、フェルミさま、メルネスさま、反論はありますか」
「でもケイティは怪我をして」
メルネスさまが力なくおっしゃったところに、グレイが畳みかけました。
「怪我をした方が被害者とは限りません。それに、確実に怪我をしたという証拠はありますか。
サンテさまは学園の保健室で治療を受けられていますので、怪我を負った記録が残っていますが」
グレイさまは、全生徒に向かいました。
「階段から突き落とされた件も、却下します。
これでお友達についてはすべて言いがかりとなります。
残りは、お茶会に呼ばなかった件だけですね」
さて、そろそろわたくしの出番ですわね。
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次回はいよいよ公爵令嬢のターン。
明日の夕方の更新です。