1 緊急動議、公爵令嬢のいじめ?
わたくしアデラマリス・クレメラ公爵令嬢は、生徒総会でいじめの主犯だと断罪されました。
その主張、一つずつ反論、却下してさしあげますわ。
誤字脱字報告、ありがとうございました。
1話後書きに本編の登場人物のまとめを追加しました。
今日の生徒総会もあと少しで終わりね。
あとは数ヶ月先の、卒業試験と卒業式。それが終わったら、紳士会と淑女会合同の卒業記念パーティ。
そろそろ冬休みにお会いする方々と、詳しい打ち合わせをしておかないと。
表面上は軽く笑みを浮かべたまま、わたしくは思い浮かぶまま、これからのことを考えていた。
司会のストファス・グレイはまとめに入っていた。
「これで次期生徒会メンバーと予算案については承認されました。例年通り年始からの正式活動となります。
それでは生徒会長」
彼の言葉を遮るように、声があがった。
「緊急動議を提案します。発言を許可願います」
男子が二人立ち上がって、一人が手を上げていた。
「それでは、前の集音魔道具で学年とお名前、動議の内容をどうぞ」
まだ定例事案の途中だが、男子のいきりたつ様子から、グレイは動議を先回しに決めたようだ。
司会と生徒会用のテーブルの上にある集音魔道具を通して、落ち着いたグレイの声が彼らの発言を促した。
わたくしアデラマリス・クレメラは学園の最高学年の三年生、女子の淑女会の今期の代表だ。隣には男子の紳士会の代表、三年生のデュドリック・ルクミマス殿下もいる。
今総会が行われている生徒会は、学園の生徒から選出される組織だ。冬休みの前に総会をして、そこで承認されたメンバーが新規生徒会となる。新メンバーは一年生から選ばれるのが恒例だ。
わたくしとデュドリックが代表をしている淑女会と紳士会は、学園の生徒の有志組織になる。
この学園生として恥ずかしくない振る舞いを学ぶ場として設けられた。基本的には、上級生が下級生を指導していく。卒業生の後援も大きい。
いろいろな環境の者が入学を許されるため、新入生の中にはきちんとした振る舞いを知らない者もいる。それが卒業時には、どこに出ても恥ずかしくない所作や考え方を身につけている。その働きを担うのが、紳士会であり淑女会だ。
三年生の司会者や二年生の生徒会長や副会長と同じ台上の隅に、わたくしたちは斜めに座っている。
有志であるとはいえ紳士会淑女会はほぼ全校生徒が会員であり、代表は生徒会のオブザーバーとしての役割を担うこともある。そのため生徒総会でも生徒会長と同じ台上で総会を見守っている。
そこからは、司会と生徒たちの両方を眺められた。
たった一段高いだけでも、全体の様子が見渡せる。
突然の動議提案に、生徒たちが動揺しているのがよくわかった。
ざわつきは、後ろにいくほど大きい。前方にいる最高学年は落ち着きを見せている。
淑女会や紳士会の活動の賜物だと、わたくしは誇らしく感じた。
「二年イーサム・フェルミ、もう一人はモーガス・メルネスです。
二年のケイティ・サブリンさんへのいじめの真実の探究について、とりあげていただきたくお願いします」
フェルミ男爵の令息、メルネス子爵の令息ね。ケイティというのは、サブリン男爵に引き取られて今年二年に編入した令嬢のことでしょうね。
司会のグレイが生徒会長を見て、生徒会長が、紳士会と淑女会代表のわたくしたちに向かって視線で問いかけている。
デュドリックがうなずき、わたくしも同じように小さくうなずいた。
さて、何をいじめと言っているのか、とっても気になりますわ。
* * *
フェルミさまとメルネスさまによると、わたくしアデラマリス・クレメラ公爵令嬢がサブリンさまをいじめているらしい。
彼ら曰く、お茶会に呼ばなかった、嫌味を言った、取り巻きを使って危害を加えた、暴漢に襲わせた。
馬鹿らしい。そんなものをいじめだと取り上げることも、この大切な生徒総会で議題として提出することも。
最後の暴漢のこと以外は、全部彼女の身から出たサビですのに。
わたくしがほんの少し眉に力を入れて体がこわばったのを感じたのか、デュドリックがわたくしの手にそっとご自分の片手を添えられた。
「大丈夫ですわ、リック」
わたくしのつぶやきに、デュドリックは小さく微笑まれた。
「わかっているよ。でも、しばらくはこのままで」
わたくしを心から落ち着かせようというデュドリックの優しさが、沁みる。
わたくしたちの近くにいた人たちから、ほぅとため息が漏れた。
デュドリックはいつもわたくしを気遣ってくれる。
わたくしは、何事にも動じない、一人でなんでもできる女と言われる。実際、そうなるように努力してきた。
それでも、わたくしも感情はある。いえ、喜びは大きく、その分傷つきやすいような気がしている。
決してこのような公の場では表情に出さない。気持ちの揺れを隠すのは、デュドリックもわたくしも、本当に上手になった。
小さな頃から一緒に泥だらけになって遊びまわり、一緒に叱られて泣いたデュドリックは、そんなわたくしのことをよく知っている。
そしてこのような場でも、見られても幼馴染としておかしくない程度に、わたくしをそっと力付けてくださる。
デュドリックに触れられたわたくしの手が熱くなってしまったように感じるのは、きっと気のせいね。
ほんの少し感じた動悸も、デュドリックと手を繋ぐと安心するといういつもの状態を思い描いて無視した。
動議には、生徒会長セルジナルド・ナバルコと副会長のクレオレッタ・バジオーラが答えている。どちらも彼らと同じ二年生だ。
すでに事前に動議提案と内容を把握していたのだろう。手元に資料が用意されていた。
情報収集、さすがです。それに一年間生徒会を回してきただけあって、貫禄が出てきましたわね。
次期の紳士会と淑女会代表は、そのまま彼らに決まりでしょう。
生徒たちの前に設置された集音魔道具のところには、フェルミさまとメルネスさまの他にサブリンさまも呼ばれていた。
「まず一番大事の暴漢についてだが、これは二週間前の事件で間違いはないか」
生徒会長ナバルコさまの堅い声に、フェルミさまが応えた。
「はい、間違いありません」
サブリンさまは、フェルミさまに隠れるようにして彼の腕に縋り付いている。
そんなふうに隠れていても、腿丸出しの制服のスカート丈は男子生徒の視線を集めましてよ。目立ちたくないなら、他の女子と同じようにスカート丈は膝下になさいませ。
わたくしはつい心の中で毒づいてしまった。
ナバルコさまの声は今は堅いけれども、澄んでよく通るので気持ちが良い。
「その事件については、警ら隊からわが学園にも報告があった。夜遊びをしている女性に対して、いたずら目的で声をかける連中だったようだ。他にも何人もの女性が襲われたとの報告が挙げられている。
そなたたちが訴えているクレメラさまは関係がない。
よかったな。まだ暴行される前に警らが通りかかって。
すでに夜もふけた時間だったようだが、そのような時間に何をしていた?」
訴えた彼らは、きょろきょろとお互いに見あった。
「サブリンさま、ご返答をお願いします」
「わ、わ、わたしは、用事で遅くなってしまって」
「どのような用事だったのですか。そのような夜に繁華街をうろつく用事とは」
ナバルコさまも容赦がない。
三人とも、黙ったままだ。
他の二人の様子をみても、三人で遊びに耽っていたというあたりでしょう。それなのにそんな危険な場所から女性を一人で帰すなんて、紳士の風上にもおけませんわね。
紳士会は何をしているのでしょう。
となりの紳士会代表のデュドリックに視線を流すと、彼は小さく首をすくめた。
わたくしの手を握り込んでいる彼の手に、きゅっと軽く力が入った。
「まあ、いいでしょう」
ナバルコさまは、グレイに顔を向けて目を合わせた。
「それでは、暴漢に関しては事実無根でしたので訴えから却下します」
グレイの声が、響いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
本編の登場人物をここでまとめておきます。
◇ 本編 登場人物 ◇
淑女会代表 アデラマリス・クレメラ公爵令嬢 3年生
紳士会代表 デュドリック・ルクミマス王子 3年生
動議提出メンバー
ケイティ・サブリン男爵令嬢 2年生
イーサム・フェルミ子爵令息 2年生
モーガス・メルネス男爵令息 2年生
進行関係者
司会 ストファス・グレイ 平民 3年生
生徒会長 セルジナルド・ナバルコ公爵令息 2年生
生徒会副会長 クレオレッタ・バジオーラ侯爵令嬢 2年生
アデラマリス・クレメラ友人
グレイス・ウィンゲート侯爵令嬢 3年生
イレーヌ・ジュアン伯爵令嬢 3年生
エバ・サンテ 平民 3年生
◇ ◇ ◇
生徒総会の一環なので、質疑応答で進みます。
まずは、暴漢事件を事実無効で却下です。
続けて読んでいただけたら嬉しいです。