白ヤギじいさんとこそどろあおむし
「ありゃ、また手紙を食べちまったかなぁ……」
白ヤギじいさんが、おうちの中をぐるぐる回って、それからメェーッと鳴きました。おともだちの黒ヤギばあさんに手紙を書いたので、それを森の郵便屋さんに出そうとしていたのですが……。
「うぅむ、じゃが、わしはいつも紙の手紙なら食べてしまうから、昨日はキャベツの葉っぱを手紙のかわりにしたんじゃがのう」
白ヤギじいさんは、長いおひげをゆらしながら、不思議そうに首をかしげました。白ヤギじいさんはもちろん、ヤギたちはみんな紙のお手紙を食べてしまうので、森の郵便屋さんは特別に、葉っぱの手紙を使っていいことにしていたのです。ですが、その葉っぱのお手紙が見当たらないのです。
「どこにいったのかのぉ。確かに昨日、机の上に置いておいたはずなんじゃが……」
机の上には、白ヤギじいさんがかじりかけの、おやつの本が開いてあります。それに、手紙を書くときに使ったインクとペンもあります。と、白ヤギじいさんが、机にグゥーッと顔を近づけました。
「ん? なんじゃ、こりゃ? キャベツの切れはしが、机の上に落ちておるぞ」
白ヤギじいさんは目をぱちくりさせました。昨日キャベツの葉っぱの手紙を置いたはずのところに、キャベツの切れはしが残っていたのです。さらに、よく見ると――
「なにかが、はいずっていったあとがあるのぉ。……ははーん、これはなるほど」
なにかわかったのでしょうか、白ヤギじいさんはふむふむとうなずきました。
「へへっ、今日も白ヤギじいさん、キャベツに手紙書いてるな。それに、スミレのインクのいいにおいがするぜ」
白ヤギじいさんのおうちの窓のすきまから、ずるずると小さなあおむしがしのびこんできました。こそどろあおむしです。こそどろあおむしは、おいしいキャベツの葉っぱが大好きなのですが、最近は白ヤギじいさんの使う、手紙用のキャベツがお気に入りだったのです。
「なんてったって、あのキャベツ、ふつうのキャベツと違って、スミレのインクで文字が書かれているから、いいにおいがするんだよな。それにスミレのほんのり甘い味もして、へへっ、デザートにはもってこいだぜ」
じゅるりとよだれをすすって、こそどろあおむしは白ヤギじいさんの机の上にはっていきます。今日もちゃんとキャベツの手紙が置いてあり、しめしめと思うこそどろあおむしでしたが……。
「あれれ、今日は二枚も手紙があるぞ?」
こそどろあおむしは目をぱちくりさせました。いつも白ヤギじいさんは、『お元気ですか、わしは元気です』しか手紙を書かないのに、どうして二枚も手紙があるのでしょうか?
「なんだなんだ? 白ヤギじいさん、もしかして黒ヤギばあさん以外にも、手紙を送ろうって思ってたのか?」
こそどろあおむしは、手紙になんと書かれているのか、ちょっぴり興味がわいてきました。キャベツをかじる前に、なんと書かれているのか読んでみることにしました。
「なになに? こっちはいつものやつだな。『お元気ですか、わしは元気です』だ。じゃあこっちは……『あおむし君、食べないでおくれ』だって? げっ、まずいなぁ、まさかおいらが食べてるのがバレてるなんて……」
からだをうねうねとくねらせて、こそどろあおむしはくやしがります。こそどろなのに、正体がバレているなんて、これはゆゆしき事態です。しかし、そんなことであきらめるこそどろあおむしではありませんでした。
「へへっ、それならおいら、どっちの手紙も食べてやるぜ! そうすりゃあの白ヤギじいさんのことだ、自分が書いた文章も忘れて、おいらが食べたってことも忘れちまうだろうさ。よーし、そうと決まれば、さっそく、いただきまーす!」
こそどろあおむしは、まずはいつもの手紙をしゃくしゃく、しゃくしゃく、もぐもぐ、もぐもぐ。おいしそうに食べていきます。
「あぁ、やっぱりうまいなぁ。キャベツもおいしいけど、このスミレのインク、ほんのり甘くって、いいにおいがして、最高のデザートだぜ」
しゃくしゃくしゃくっと、こそどろあおむしは一気にキャベツの手紙を食べてしまいました。またしてもじゅるりとよだれをすすって、今度は『あおむし君、食べないでおくれ』と書かれた手紙にのそのそはっていきました。
「へへっ、それじゃあこっちも……あれ、なんだろう、このインク、いつものスミレのインクじゃないぞ?」
こそどろあおむしは、目をぱちくりさせました。スミレのインクは、きれいなうすむらさき色をしているのですが、このキャベツに書かれている文字は真っ赤です。それに、スミレのインクのような、あの甘くてやさしい、いいにおいがしません。こそどろあおむしはからだをひねって、考えこみました。
「なんだろう、なんのインクを使ったのかなぁ? あ、わかったぞ! これってきっと、白ヤギじいさんからの挑戦状だな! おいらに、なんの花のインクを使ったか、当ててみろって思ってるんだろう? よし、それじゃあ当ててやるぜ! 赤い色だし、きっとイチゴじゃないかなぁ? それともさくらんぼかな? まさか、バラの花とかじゃないよな……って、からっ! からい! からいよぉ!」
こそどろあおむしが、バタバタバタバタのたうち回りだしたのです。赤いインクの部分をしゃくしゃくっと食べたとたんに、口の中が焼けるほどに熱くなったのです。そう、この辛さはまさに……。
「ほれ、朝露じゃ。これを飲んで口を冷やすがよい」
ツユクサの葉っぱにたまった水を差しだされたので、こそどろあおむしは急いでごくごくと飲んでいきました。燃えるようだった口の中が、スーッと冷やされていきます。
「はぁっ、はぁっ、び、びっくりしたぁ……」
「ははは、どうじゃったか、トウガラシのインクは? それにしても、まったく、こそどろあおむしには困ったものじゃわい。わしの手紙をバクバク食いおって」
白ヤギじいさんに見おろされているのに気がついて、こそどろあおむしは「ヒェッ!」と悲鳴をあげました。そのままドタドタと逃げようとしますが、白ヤギじいさんはあわててこそどろあおむしを呼び止めました。
「これ、待つのじゃ。わしゃ別にお前さんをおしおきしようなどとは思っとらん。トウガラシのインクを使ったのもあやまる。じゃが、わしゃお前さんにお願いがあるんじゃ」
「お願い?」
逃げるのをやめて、こそどろあおむしが白ヤギじいさんをふりかえりました。白ヤギじいさんはこくりとうなずいて、それから青むらさき色のインクが入った小ビンを見せたのです。
「お前さん、スミレのインクが好きなんじゃろう? じゃから、これからはお前さんのために、このインクで書いた手紙も用意しておくから、そっちを食べるとよい。黒ヤギばあさんに送る手紙には、トウガラシのインクで書くから、そっちは食べたらいかんぞ。それならどうじゃ? お前さんもうまいデザートにありつけるし、わしは黒ヤギばあさんに手紙を送れるし、いいと思うんじゃが」
これにはこそどろあおむしも大賛成です。何度もからだを上下にふってうなずいたのでした。
それからしばらくして、黒ヤギばあさんから、白ヤギじいさんのもとへ手紙が届きました。黒ヤギばあさんは、白ヤギじいさんと比べて、筆まめなので、手紙にもびっしり文字が書かれています。そしてそこには、次のように書かれていたのです。
『白ヤギじいさん、元気してるかね? こっちも元気じゃ。そうそう、最近不思議なことがあってな。白ヤギじいさんからもらう手紙は、いつも近所のあおむしたちにあげてるんじゃが、最近あおむしたちが、いらないといいだしてのぉ。そのままにしておくと腐ってしまうし、どうしたものかと思ってるんじゃ。あおむしたちに聞いたら、からくて食べられんといっておったんじゃが、じいさん、心当たりはないかのぉ?』
白ヤギじいさんは、メェーッと鳴いて頭をかかえるのでした。