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7.楽しいとこ



 そんな事があり、その日以降、リリーナがディハルトの元へ差し入れを持って訪れるたび、リタは毒見係と称してほんの少しつまみ食いをさせてもらうのが当然の流れのようになっていた。


「リタは今日はお休みなのね」


 リリーナはリタの私服姿を見ながらそう口にした。


「うん、午前中はアルと一緒に街に行ってきたんだよ~~。あ、そうだ」


 リリーナから貰った最後の一枚のクッキーを咀嚼しゴクリと飲み込んだリタは、ほい、これ。と今朝買ったばかりの花柄の髪留めをリリーナに渡す。


「えっ、これ」

「リリーこの前、髪留め無くしちゃったって言ってたでしょ」


「同じものはなかったんだけど、多分これ同じ人が作ったやつだよね、綺麗でかわいいの見つけたから、リリーにあげる」

「ありがとう!」


 薄い水色かかった半透明の花の装飾がある髪留め。太陽の光を反射してキラキラと輝くそれを手に持ったリリーナは、嬉しそうにリタにお礼を言った。

 あとこれはね、と新しく市場で仕入れたものを見せびらかすリタに、リリーナは興味津々に手元を見つめ話を聞いていた。


「そういえばリリー、お昼はどうするの?」


 てっきりディハルトにお昼ごはんの差し入れを持ってくるものだと思っていたリタは、先ほど自身が平らげたお菓子を思い浮かべながら訪ねる。


「えっと、それはね……」


 少し頬を赤くしながら、ぼそりと話し始めたリリーナ。その話を、ふんふんと相槌を打ちながら聞いていたリタは、自身の口元が緩んでいくのを感じた。




「失礼します!リリーナ様をお連れ致しました!」


 応接室の扉をノックし、はっきりとした大きな声でそう告げる。しばらくして、入れ、と中から声が聞こえたのを確認して、リタは扉を開ける。扉を背に、リリーナが応接室に入ったの確認した後、リタも中へ入り扉を閉める。

 すっと顔を上げると、目の前ではディハルトとリリーナが挨拶を交わしている。ふふっ。思わず出てしまったリタの心の声に、ディハルトは首をリタの方へ向ける。


「……なぜお前がここに居るんだ」


 非番にしたではないか、と露骨に不服そうな顔を向けるディハルトに、リタはニッコニコの輝かしい笑顔をプレゼントする。


「はっ!団長のご提案通り午前は朝一で街で買い物をしてまいりました!宿舎へ戻る途中、偶然・・リリーナ様とお会いしましたので、こちらまでお連れした次第です!」

「…………」


 しれっとした態度でそう報告したリタに、ディハルトは無言で圧を送る。分かってる。分かってるよ、団長。俺に早く出て行ってほしいんだよね。


「あっそうだ、ディハルト」


 すると、そんな二人の間でぱっと明るい表情をしたリリーナが、ぱちんっと両手を合わせて口を開いた。


「今日のお昼、よかったらリタも一緒にどうかな?」

「え」

「……ッ」


 リリーナの提案に、ディハルトは思わず声を漏らした。そして、その様子を吹き出しそうになるのを堪えながら口元に手を持っていくリタ。


──っく


 こうなるのが嫌だったから、団長は俺に休暇を与えた上に街へ行けと言ったんだよね。

 本当はリリーナと二人で居たいディハルトだが、ニコニコと笑顔を浮かべているリリーナにそれは言いだし辛いようで、口を少し開けては閉じ、落ち込み始めたのを空気で感じる。


──おっと。


 昨日、露骨に邪魔者扱いをされたから、ちょっとした仕返しも兼ねて今日顔を見せに来たわけだけど、別に二人の邪魔をしたいわけじゃない。

 リタはう~ん、と悩むそぶりを見せた後、「ごめん、せっかくのお誘いは嬉しいんだけど、今日はこの後用事入れちゃったんだ」と言ってリリーナに謝る。それを横目に見ながら聞いていたディハルトは、ほっと胸をなでおろしていた。そういう所だぞ、団長。態度に出過ぎ!

 だから俺みたいなやつに付け込まれるんだ!







「団長はあの女といい雰囲気だな。お前は追い出されてきたのか?」


 応接室を出てすぐ、陽気に足を進めていたリタに投げられた言葉。声のした方へ振り向くと、そこにはリタとは別の隊に所属している、キッと釣り上がった目をしている同期であり同僚──ディラン・スミスの姿があった。


 ディランは、入団当初から何故かリタを目の敵にしていて、こうして毎回、顔を合わせるたびに突っかかってくる。以前、「あの卑しい噂は本当か?」とリタに正面から直接ケンカを売りに来た輩がいた。そいつを、実力でコテンパンにして組み伏せたリタの姿を、確かに目の当たりにしていたはずのディラン。にも関わらず、ディランはそれ以前も以降も、あぁ言った下卑た話こそ振らないが、リタと会うたびこうして嫌味を言ってくるのだ。


「…………」


 小馬鹿にしたような、不快な表情でリタをじっと見下ろしてくるディランに、リタはニッと笑って近寄る。眉をピクリと動かし、少し警戒した仕草を見せたディラン。そんな彼の首に、強引にグイッと腕を回したリタは口を開く。


「毎回そんなに俺に絡んできて、もしかしてディランって、実は俺と仲良くしたかったりするの?」

「はぁ?」


 リタの発言に、ディランは信じられないものを見たといった表情で睨んでくる。


「だったらこれから楽しいとこ、行かない?」


 リタのその態度と回された腕に、不快感を露にするディラン。

 彼は根っからの貴族だ。しかもスミス家の爺さんと言えば、貴族たるもの!と、日頃から上流階級特有の平民軽視の鼻につく発言が多い。そんな爺さんの元で、幼い頃から厳しい貴族教育を受け育ってきたディラン。おそらく彼は、同じように堅物で多くの貴族の憧れである、クソ真面目な団長を尊敬しているのだろう。そして、そんな団長にフランクに絡んで行っている俺が気に入らない……と。


 しかし、こんなに力んでいては……生きづらいだろう。

 よし、肩の力でも落としてやるか!

 リタはニヤリと怪しい笑顔を浮かべ、ディランの肩に手を回したまま引きずるようにして歩き出した。


「いででっお前、なんでこんな力強……っ」

「やっほー! ワイズマンいる~?」


 なんとかしてリタの腕から逃れようと足掻くディラン。しかし、この小さい体のどこからそんな力があるのか、全く引きはがすことができず、リタに引きずられるまま結局、ディランは馬小屋の前まで連れてこられてしまった。


「あ~~? なんだ?」

「こいつにも、息の抜き方ってやつを教えてやりたくてさ」


 小屋の奥の方から、ぽりぽりと頭をかきながら現れたワイズマン。「だから今から楽しいとこ行かないかなって」と言うリタの話を聞いた彼は、ニヤリと口の端を釣り上げた。


「おいっいい加減離せ!」


 暴れるディランの反対側から、リタと同じように肩に腕を回したワイズマンは「さぁ、出発~!」と陽気な声をあげる。自身の抗議の声などまるで聞いていない二人に引きずられ、ディランの姿は小さくなっていった。







「いぇ~~い!」


 カツーン、と小気味いい音が響き、それを合図にそこにいる人々は皆、各々が持つマグカップに口つける。


「リタちゃん久しぶりじゃない」

「そうそう、この前は一緒に来てくれなかったのね」

「うん、ちょっと用事があってね~」


 多くの人々が賑わう街の通りから、一本奥へ踏み込んだ所にひっそりと存在するこのお店。内装は上部にキラキラと輝く装飾が施されており、その下には職人に特注したという分厚めのガラスのテーブル。それを囲むように置かれている、真っ赤なふかふかのソファー。そこの一席に、リタとワイズマン、そして、その二人に引きずられるようにして連れてこられたディランの姿があった。


「……ッ」


 両サイドを露出度が高めの衣装の女性に囲まれているディランは、カチコチに固まっていて言葉もない。

 そんなディランの様子を横目に見ながら、リタは注がれたマグカップの中身を一気に飲み干す。


「ん~~うまい!」

「あはっいい飲みっぷり! おかわりどーぞ」


 リタの隣に座るお姉さんは、リタちゃんはブドウジュースね、と言ってマグカップに追加のブドウジュースを注ぐ。そして、それも軽快なリズムと共に一気に飲み干すリタ。湧き上がる歓声。

 そんなリタの様子を、呆然とした様子で眺めているディランはふっと視線を横にずらした。その先では、ワイズマンも傍にいる女性と楽しそうに話しながらグビグビと酒を飲んでいる姿。開いた口が塞がらない。

 今まで、貴族としてのお高い教育しか受けてこなかったディランは、初めて見るこの目の前の光景に、世界に、完全についていけなかった。


「お兄さんはリタちゃんの友達?」

「えっ……あ」


 ディランの隣に座っている女性は、ウェーブのかかった肩までの長さの髪をふわっと揺らしながら、ゆったりとした口調で話しかける。しかし、戸惑いが露骨に出てしまったディランを見て、口元に手をあてクスッと笑い声を漏らした。


「ふふ、こういう所は初めてなのね」


 ディラン自身、完全に呆気に取られているのは自覚しつつも、その言葉にバカにされたような感覚を覚え、カァッと顔の赤みが増す。


「えっ」


 すると突然、膝の上でぎゅっと力を入れていたディランの拳の上に、その女性がそっと手を添えた。驚いた様子で、ビクリと反応するディランに、体つきはしっかりとした大人でありながらも、どこか幼さを感じる童顔の女性は優しく微笑みかける。


「そんなに緊張しないで。ここは毎日立派に働いている貴方みたいな方が、ゆっくりと心を休めるための場所なのよ」

「……はい」


 緊張しながらも、しっかりとその女性の方を見ながら返事をしたディランの瞳は、動揺とは違う揺れを映し始めていた。



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