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6.リリーナとバスケット


 リタが前世、原作で読んだ本の中の彼女は、誰にでも優しくて、穏やかに笑う健気で一途な少女、そんなイメージだった。


「今日はアーモンドクッキーとガトーショコラを作ってみたの」

「おいひい!!」


 時刻は正午を回る頃。

 可愛らしいラッピングのされたそれを少女から手渡されるな否や、すぐに口に放り込んで貪り食うリタ。こんな姿、淑女の前で見せるものではないし、その前に一人の騎士としてどうなのだろうかと疑問を覚えずにはいられないのだが、美味しそうに食べるリタの横顔を見て、少女は優しく微笑んでた。


「それじゃあ、今回も渡してもいい?」

「……ん、おっけー」


 リタはもりもりと、まるでリスのように膨れ上がった頬を動かして答えた。

 騎士団の練習場から少し離れた、誰でも利用できるようにと作られている中庭の休憩スペース。そこの丁度木陰ができているベンチに腰掛けているのは、いつもの騎士団の制服ではなくラフな私服姿のリタと、落ち着いたラベンダーピンクの髪を風にふわりと揺らし、嬉しそうに笑う少女──リリーナ・ハミルトンである。


 リリーナ・ハミルトンは、前世のリタの推しである。そして、彼女は何を隠そう、リタの最推し──ディハルトの想い人だ。

 原作では無惨にも殺されてしまったディハルト。彼の想いは実を結ぶことはなく、またリリーナもディハルト亡き後、誰とも一緒にならず、貧しい子供たちを救う慈善活動をして過ごしている姿が、最終回の一場面でチラッと描かれていた。


──思い返せば、やられる前にきちんとフラグを立てていたな。


 敵に立ち向かう前の、リリーナとディハルトのやりとりを思い出したリタは、ふぅ、と息をついた。


 そんなリタの最推しの推し──リリーナが作ったお菓子をリタが食べているこの現状。事の発端は、数か月前、リリーナが騎士団のディハルトのもとへ訪れた時に遡る。


 その日、リタの隊は午前の訓練が早めに終わった。食堂が休みだったため、街へ行ったり宿舎で買い置いてある飯を食べたりと、各自好きなように動き始めていた。リタは街へ出るたび、毎回かなりの量の食料を買い込んで買い置きしている。それにもかわらず、その消費速度もかなりのものだった。そのため、現在宿舎に残っている食料だけでは物足りないと考えたリタが、じゃあもう街に行くか、と宿舎から門へと方向転換をした時。


──ん?


 門の近くに数人の隊士たちの姿が見える。

 なんだろう、と思いながら歩く速度は変えずに門に近づいて行ったリタはハッとする。


──あ、リリーナだ!


 ふわりと揺らす落ち着いたラベンダーピンクの髪。腕にはバスケットをかけ、隊士たちに囲まれて不安そうな表情をしている少女。それは、まぎれもなくリタの最推しであるディハルトの想い人、リリーナ・ハミルトンの姿であった。

 どうやら彼女を取り囲んでいるのは、今年入隊したばかりの新人騎士達のようだ。おそらくあのバスケットの中には、ディハルトに渡すであろう差し入れが入っているのだろう。しかし、新人騎士たちは、見慣れない女が荷物を持って騎士団の敷地内に入っていることを不審に思っているようだった。


──このままほっといても、その内引っ張られて団長のもとまで行けそうだけど…


「なんだこれは」

「わっ」


 新人騎士の一人が、雑にリリーナの持っていたバスケットに手を出し、かけてあった布がひらりと地面へ落ちた。布の下には、色鮮やかな具材が挟まった、様々な種類のサンドイッチが敷き詰められていた。


──あっ思い出した!


 このあと確かちょっと言い合いになって、あのサンドイッチは──……


「これはなんだと聞いている!」

「わっ」


 張り上げた新人騎士の声に、リリーナはビクリと体を動かして驚く。


「なにしてんの?」


 二人の間にひょっこりと顔を出したリタは、何くわない顔で問いかける。急なリタの登場に、驚いた新人騎士たちは慌てて敬礼をする。そんなに声を荒げたら誰だってビックリしちゃうじゃん。あんたら声だけじゃなくて、体もでかいんだからさ、と詰め寄っていた新人騎士を窘めるリタ。そんな様子を少し呆けた様子で見ていたリリーナは口を開いた。


「……リタ?」

「リリーナじゃん」


 驚いた表情でこちらを見て口を開けているリリーナに、リタは白々しく答える。


「なにやってんの? こんな所で」

「あ、えっと、これを……ディハルトに」

「団長に? これを?」


 ディハルトという言葉が出て、傍にいる新人騎士達がピタリと固まる。

 そう、このサンドイッチは、今朝方、急な任務で呼び出されゆっくりと朝食をとる暇もなかったディハルトの話を伝え聞き、リリーナがそれならばと自らが手作りして届けに来た、愛妻サンドイッチなのである。


「あーそういえば今日は団長ちょっと不機嫌だったなぁ、おなかすいてるのかも」

「……!」

「でも、よそから持ち込まれたものを団長に簡単に食べさせるわけにはいかない」

「えっ」

「だから」


 てっきり自分に助け舟を出してくれたのだと思っていたリリーナは、リタの言葉に困惑する。


「毒見係が必要だよね?」







「リタ」

「違います団長」


 ソファに腰を沈め、静かに暗い殺気のようなものを漂わせるディハルト。

 あの後、団長にリリーナが来たことを告げるよう団員にお願いしたリタは、その間に彼女が持ってきたサンドイッチを少し食べさせてもらっていた。食べながら二人で談笑した後、リタは応接室まで彼女を連れて来た。そして、リリーナがそっと眉を下げて笑いながら、差し入れのサンドイッチをディハルトへと渡したのだ。ここへ来た時よりもずいぶん軽くなった、バスケットを。


「その口の端についている卵はなんだ」

「!」


 慌てて舌で口の端をペロっと舐める。


「違うの、ディハルト。リタは」

「報告は聞いている。毒見と言って半分近く平らげたんだろう」

「はい! 一応全種類一つずつ確認せねば、と思いまして!」


 元気よく答えたリタは、ディハルトにぽかっと軽く頭をはたかれた。

 仕方ないじゃないか、美味しかったのだ。美味しかったのがいけないんだ。

 原作でも、リリーナからの差し入れをとても嬉しそうに美味しそうに頬張るディハルトの様子が、カバー裏に描かれていた。なお、その数巻後、作中でディハルトが無惨にも殺された巻のカバー裏には、天使のわっかをしたディハルトがリリーナのサンドイッチを食べている姿が描かれていて、後から読み返した際に発見した時は、泣きながらブチ切れた。

 とにかく、リリーナのサンドイッチは、気になっていたのだ。食べたかったのだ!俺だって!


「別にいいじゃないですか、団長はこれからずっといっぱい食べられるんだし」


 ぼそっと呟やいたリタの言葉は、しっかりとディハルトの耳に届いていたようで、今度はベチンッという小気味いい音とともに額に痛みが走った。

 さっきより痛い。


──これは嫉妬、というよりは……照れ隠し、かな?


 額を両手で抑えながら、目の前のディハルトを見上げるリタ。少し顔を赤らめて、わなわなと振るえるディハルトと、そんな二人を見ておろおろするリリーナ。


──ふふ、


 ふふふ。

 まだジンジンと痛みを放つおでこで撫でながら、にやける。

 推しが、推しが…… 


──押しカプが目の前で触れあっている!!


 気付いたらそのまま手を合わせ、合掌していた。

 そんなリタを見て、またいつもの奇妙な行動かと眉をひそめたディハルトは、「もういい、下がれ」と、リタを退出させる。


「はっ!」


 返事だけはいつも誰よりも立派なリタは、元気溌剌に扉を閉め、部屋を後にした。


 いてて……。

 推しからのデコピン。なんと最高なんだろう……でも痛い、結構本当に痛い。

 本の中のディハルトは、結構クールに何でもそつなくこなしているイメージで、それはリリーナの前でも同じことだと思っていたが、愛しの手作りのサンドイッチを半分も食べてしまった罪は重かったらしい。怒りというか嫉妬が感じられた。あと照れも!

 新たな推しの一面を知れて、リタはそれはもう、心から神に感謝するのだった。

 それにしても、


「俺が行かなかったら、今頃あのサンドイッチは全部床に落ちて食べられなくなってたのに」


 原作のあのカバー裏には、あの後、新人騎士達に詰め寄られたリリーナは、驚いてサンドイッチを落としてしまっていた。その後、ディハルトに渡せなくなってしまったサンドイッチを拾い、意気消沈したリリーナは帰ってしまう。事の顛末だけを団長に報告した新人騎士らは、その後、それはそれは厳しい特別訓練を受けて、三日は筋肉痛を引きずって任務に就くことになる。

 そんな団員たちを救ったのだ。少しくらい褒美をもらってもいいだろう。何より本来であれば食べられなかったはずの、リリーナのサンドイッチを半分も食べられるのだ。むしろ感謝してほしいくらいだ!


──ま、いっか。


 予想外に最推しと推しの最高カプを目の前で拝む展開を迎えたリタは、ルンルンと上機嫌で通路を歩いて行った。



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