4.反省とは
「お前また何をやったんだよ」
「アル……」
着替え終わり、さあ寝るぞ!と勢いよくベッドに飛び込んだリタに、同室のアルバートが気だるげに話しかけてきた。
「午後の練習、団長とハリソンさんがピリピリしててやり辛かったぞ」
「あーー……」
思い当たる節は……思い当たる節しかない。でも
「どうして俺のせいだと思うんだよ!」
違う可能性もある!そう訴えるリタに「あの2人の前でリタの名前を出したら、2人とも固まって変な雰囲気になったんだよ。」と、アルバートは濡れた髪をタオルで拭きながら、呆れ気味に言った。
「あーー……」
「団長はともかく、ハリソンさんは冗談が通じないんだから、気をつけろよ」
「うん」
団長はともかく、でいいのか?と思いながらも、リタのディハルトに対する感情をほぼ正確に理解しているアルバートは、そう窘めるようにリタに言うと、タオルを椅子の背にかけ、ベッドに腰を下ろす。
まだ少し濡れているアイアンブルーの髪にマリーゴールドの瞳をもつアルバートは、リタと同じ時期に入団した同期で同僚だ。
「なんだよ」
思わずじっと見てしまっていた。
「んーん、別に」
「早く寝ろよ」
お前は毎朝ギリギリなんだから、と言ったアルバートは、体を倒し寝る体制に入った。そんなアルバートの背中を見ながら、リタは「うん」と呟き、ベッドサイドの引き出しから一冊の手帳を取り出す。
これは、リタが前世の記憶を取り戻してから書き記してきたメモだ。これから先の未来──リタが前世で見た原作の展開が記してある。一度読んだ内容とはいえ、さすがに全てを暗記しているわけではない。思い出せる範囲で書き記しながら、実際にこの世界で生きる上で知った、関連してくる人物や機関、生体なども書き連ねてきた。
次に起こる大きな事件は……
しんとした部屋の中で、パラ、とページをめくる音がしばらく続いた。
*
「ア、アルのバカ~~~ッ!」
同室なんだから起こしてくれたっていいだろ!そう愚痴をこぼしながら慌てて寝間着から隊服へ着替えるリタ。
昨日、あれから眠気が覚めてしまったリタは、しばらくの間手帳を見返し続けたことにより、眠りについたのは大分時がたってからだった。チュンチュンと鳴く小鳥のさえずり……ではなく、外から聞こえる荒々しい声でハッと目が覚めたリタは、時計を見て慌ててベッドを飛び出した。隣のベッドは布団が綺麗に畳まれいる。それを横目に見たリタは、布団を畳む暇があるなら一言声かけてくれればいいのに~~ッと、きっと今頃涼しい顔で訓練所に居るであろうアルバートに恨みの念を飛ばす。
バタンッと勢いよくドアを閉め、死に物狂いで通路を走っていくリタ。なんとか開始時間ギリギリに訓練所へ着くことができたリタは、ほっと一息をつく間もなく、最初の外周20周でヘロヘロになりながらも、日頃よく話すオジサン騎士たちの元へ向かった。
「うぅ、おなかすいた」
「今日は間に合ってよかったなリタ」
「お前この前馬小屋の掃除させられてたろ」
「ほら、これでも舐めてろ」
朝食をくいっぱぐれて力のないリタに、オジサン騎士たちは笑いながら話しかけてきた。その中の一人が、ポケットから取り出した飴を一つ分けてくれた。いつのだろう、とちょっと不安に思ったが、ぐぅう~となる腹の音には逆らえず、ぱくっと口の中へ放り込むリタ。
ほいひい、はりあほう。と飴コロコロ転がしながら礼を言ったリタは、あっと思い出したことを聞いてみた。
「そういえば、昨日の午後練ってハリソンさん変だった?」
「ん~…言われてみりゃ確かに」
何かあったのか?と聞かれたので、昨日の執務室内でのやりとりを話すと、また盛大に大笑いされた。
「ははっリタは本当に団長の事が好きだからな」
「確か小さい頃、命を助けられたんだってな」
そう言いながら、リタの頭をわしゃわしゃと撫でて談笑するオジサン騎士たち。彼らから見れば、リタの年齢は丁度息子くらいのものなのだろう。よくこうやって子供扱いをされ、加えて先ほどのように食べ物をもらうことが多いリタ。甘やかされてるなぁ……と感じながらもそれを受け入れていた。
「リタは背はちっせーが、力は人一倍あるしなぁ」
「ハリソンさんもそんな本気にはしてないだろうよ」
「ならいいんだけど」
団員内では、もはや名物と化しているリタの団長大好きアピールだが、ここ数年の間、任務で国外へ行っていたハリソンさんや一部の人達からは、奇異の目で見られることがある。
「でもお前が来てから、なんだか団長が近くに感じるようになったわ」
「え」
飴をくれたオジサン騎士が、嬉しそうに顔をほころばせて言った。
「若いのにバカみたいに強くて、堅実でかっこいいんだけどよぉ」
「あんまりにも完璧で隙がなかったからなぁ」
「うんうん」
「ちょっと、とっつきやすい面が見えたって言うか」
「団長も人間だったんだなって」
みんなが、推しを……団長を温かい目で見てくれるようになっている。リタはそれに胸の奥がぽっと温かくなるのを感じつつ、これはゆるやかに、そして確実に原作の「ディハルト・ロバーツ」というキャラクターを崩壊させてしまったな、と何とも言えない険しい顔をする。
団長のことは好きだ。そんな団長をからかうのも、楽しくてやめられない。周りの人から親しみを持たれ始め、原作のキャラ崩壊をさせてしまいつつあるのも……まぁいいかなって思う。
だが、推しに本気で嫌な思いをさせたいわけではない!
最近周りの反応がこんな感じだったから、浮かれすぎていたのかも。ハリソンさんにはまだ、この俺と団長の謎の距離感を理解してもらえてなかったんだ。
団長とハリソンさんに会ったら謝ろう。そう決めたリタは、昼飯を食べた後、宿舎へ向かう途中の曲がり角で早速ディハルトと出くわした。
「いて!」
「うお」
鼻をさするリタ。前方不注意で逞しい団長の胸部に顔面を打ち付けてしまった。普通に痛い。
「すまん、大丈夫か」
優しい……。
鼻をさすりながら見上げるリタに、ディハルトはそんな言葉を投げかけてくれた。こんな優しい団長を俺は、自分が楽しいばっかりに、辱めて……謝ろう。
反省したリタは目を伏せ言った。
「あの、団長、昨日はすみませんでした。」
「ん、あぁ……」
瞳を澱ませてどこか遠くを見ているディハルトに、リタは申し訳なさそうにさらに頭を下げる。そんなリタを見て、ふっと息を吐いたディハルトは、下げられているリタの頭に片手をポンと置いた。
「お前は確かによく悪ふざけをするが、訓練も業務もよくやっている。不信な目で見られたり、妙な噂を囁かれるのは、俺にも原因があるのだろう。」
──うう……推しが優しい……
そんな事ないよ、俺がいるせいだよ。だって原作では全然そんなこと言われてなかったもん。
「だからそんなに気にするな」
「団長優しい……好きです」
「あぁそうだ、昨日言おうと思った事なんだが」
リタのアピールを華麗にスルーしたディハルトは、昨日ハリソンと出くわした事による衝撃で、肝心の本題を伝えらえていなかったと話し始めた。
「リタ、お前明日は非番でいいぞ」
──ん?
「日頃、頑張ってくれているからな。特にこの前の魔物討伐では最前線で戦ってくれただろう。たまにはゆっくり休んで……そうだ、久々に昼に街にでも行ったらどうだ?」
──んん?
お前、あそこの商店の饅頭好きだろ?と妙に饒舌に外出を勧めてくるディハルトに疑念を抱くリタ。
この言い方は……
──明日、来るんだな。
それも昼頃に。
ははーん、と状況を察したリタは、ニコリと笑い「わかりました!では、そうさせて頂きます!」と元気よく答える。リタの返事に、ホッとした顔をするディハルト。
甘いね団長。表情が全て教えてくれているよ。
先ほどの反省はどこへやら、ディハルトと別れて歩き出したリタは、ニンマリと悪い顔をしていた。