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1.リタと前世




──リタ、7歳。


 生まれてすぐ孤児院の前に捨てられていた俺を、あの人たちはリタと名付け育ててくれた。

 貧しかったし、嫌なこともたくさんあったけど、7歳になってすぐ、外に出て働き始めた俺は、街で暮らす人や路地裏で生活する人、たまに来る厄介な貴族を見て、知った。こんな生活でも、毎日あったかいごはんとゆっくりと休める布団がある俺は、幸せな方だったんだと思う。


 だが、その場所は今はもうない。


 半年ほど前から王国内で増えていた孤児院を狙った爆破テロ。

 なぜか王都付近の孤児院だけを狙い行われていたそれは、犯人たちの目的も分からず、足取りもつかめないでいた。

 また、使用された爆弾には、何重にも組み合わされた魔法の術式が刻まれており、たとえ爆発前に爆弾を見つけられたとしても、爆発を防ぐことが出来なかった。

 そうこうしているうちに、また新たに別の孤児院が狙われてしまい……苦肉の策として、一時的に王国から騎士団を派遣し、王都中心の孤児院を警備するに至っていた。


 セイトラン孤児院。

 リタが昨日まで育っていたその場所は、今回のテロの標的だったらしい。

 リタが仕事を終え、孤児院へ帰ってきた時だった。敷地内へと足を踏み入れようとした瞬間、けたたましい爆発音と振動がリタを襲った。

 まだ7歳である小さなリタの体は、思い切り後ろへと吹き飛ばされ地面へと叩きつけられた。一瞬にして目の前が灰色に濁り、爆破された建物の破片があたりへと飛び散る。

 その中で一つ、特に大きな瓦礫の塊が自分めがけて飛んできた時、直感的に「もうダメだ」と感じたリタは、目をぎゅっと瞑った。

 その時──


 ガキンッ


 リタのすぐ前で、鋭い音が響いた。

 待っても訪れない衝撃に、リタはゆっくりと目を開ける。


「大丈夫か!」


 姿は見えないが、土煙の向こうから男の人の声がする。

 灰色に濁った視界が、徐々に開けていく。

 薄くなった土煙の向こう側から、こちらへ歩み寄ってくれたその男──ディハルト・ロバーツは、リタの姿を確認してホッと安心した顔を見せた。


「よかった。君は無事だな」


 漆黒の髪に、海を連想させる深い青い瞳。

 いつも綺麗な装飾でキラキラかっこよく見える騎士団の制服は、今は爆発のせいで所々汚れている。そっと手を差し伸べてくれたこの男の顔を見た瞬間、胸の奥が徐々に、焼けるように熱くなったのだ。







「……っ」

「まだ痛むか?」


 どうやら俺を治療してくれたらしい、目の前の老人は、頭を抑え込んだままの俺を心配して声をかけてくれた。


「だ、いじょうぶ」

「……可哀そうだが、お前さんがいた孤児院にはもう戻れん」

「……」

「この後の事は、また明日にでも考えればいい。今日はここで休んでいきなさい」


 眉を下げながら、優しい声色でそう言った老人は、そっと伸ばした手で俺の頭をなでてくれた。

 そんな老人に「あり、がと」とたどたどしく答えると、少し驚いた顔をしてから、また優しく笑ってくれた。彼の笑顔を見て少し安心した俺は、ゆっくりと目をつぶって横になった。




──前世


 何となく手に取って読み始めた一冊の本。その内容は、どこか今まで読んだことのあるような、よくある勇者と姫の物語。

 大してのめり込むこともなく、ただ惰性で読み進めていっていた。

 そう、


 “推し”が登場するまでは!



 ディハルト・ロバーツ。


 この国のロバーツ伯爵家の嫡男であり、王国騎士団の団長。

 黒髪に深い海を思わせるような青い瞳、がっちりと鍛えられた体を持った、あまり融通は利かないタイプのどちらかというとクソ真面目な人柄。代々、王族騎士団として尽くしてきた家訓通り、幼い頃から厳しい鍛錬に励み、23歳という若さで騎士団長まで実力で上り詰めた男。


 あの頃、私が読んでいた本の中で、彼は物語の中盤まで出てこなかった。

 いわゆるメインキャラではない。かといって名も無きモブキャラでもない。

 作中では、日常シーンからピンチの時まで、常にクールでスマートにかっこよく活躍する彼の姿が多く描かれていた。


 ところで、物語というものを、最初からただストーリーを追って読んでいる状態と、“推しがいる”状態で読むのとでは、天と地ほどの受ける熱の違いがあるのはご存じだろうか。


 本人が登場したのであれば尚更、たった一言、たった一瞬の回想シーンだっていい。誰かのセリフの中に推しをにおわせる言葉があるだけでいい。

 それを見るだけで心が激しく跳ねる。


 推しがいると、────世界が輝いて見えるのだ。


 この本を読む前も、様々な作品を読んで好きになってはいたし、その中でも推しと言える好きなキャラクターもいた。だが社会人になってからの数年間は、仕事やらなんやらで、そういったオタク業にはてんで関わっていなかった。

 だから、と言ってもいい。


 社会人になってから何年も何年も、ただ朝起きて、ご飯を食べて、仕事をして、帰ってきてお風呂に入って寝るだけの生活を繰り返していた私は、この先もこうやって、ただ生きているだけなのか……と思い始めていた。

 そう思っていたところに、“推し”ができたのだ。できてしまったのだ!


 今まで感じていなかった、発していたなかった数年分のオタク熱が生まれては圧縮して、圧縮して、圧縮していたものが、一気に爆発した。そんな感覚であった。毎日がHAPPY。息をしているだけ楽しい。


 前日の疲れも取れず、ただ怠い体を無理に起こしていた朝は、もう無い。眩しい朝日を浴びてノリノリでラジオ体操までしてしまいそうなほど、気持ちのいい朝である。


 しかし、そんなルンルンな日常は、すぐに幕を下ろすことになった。


 推しが、最愛の推しが、ストーリーの後半で死んだのだ。

 敵に殺されて。


 いや、ストーリーに殺されたのだ。


 彼が死んでしまった後も、一応物語を読み進めたが、正直最後まで読み終えた感想は「そっか」程度である。


 作者に悪い。他のファンに申し訳ない。心のどこかでそんな風に考えた気もするが、しかし、仕方がない事だ。抱いた想いはどうしようもないのだから。作中の他のキャラクターよりも、ストーリーの展開よりも、いつしか現実世界の人間関係よりも、何よりも“推し”が一番大好きで大切で、心の支えになっていたのだ。


 読み終えた本を、そっと棚の上に置き、そのままベッドで眠った。


(明日が休日でよかった。こんなに気分が沈んでたら、仕事なんてしてられない…)


 そんなことをぼんやりと考えながら、いつの間にか眠りについた。

 翌朝、たまった洗濯ものや掃除などの家事を行って気がついた頃には、少し日が暮れ始めていた。ワンルームの一人部屋。社会人になってからはずっとここに住んでいて見慣れているはずなのに、妙にむなしくて寂しい気持ちがじわじわと胸の奥を侵食する。

 棚の上に置いたままの本が視界に入った時、一筋、ほろりと何かが頬を伝った。暖かくもなく、冷たくもなく、頬を伝うまでは瞳からこぼれたことにすら気付かなかった涙。自分が思っている以上に“キてるな”と感じ、うっすらと笑いながら、手の甲でそれをぬぐった。




──




「…………ッお……!!」


 勢いよく奇声を上げ、上半身を起こした俺をみて、白髪の老人は体をビクッとはねさせた。すまない。

 いや、ちょっと待ってくれ。それどころではない。よくわからないが「前世」の記憶が戻った今、推しに出会って胸に感じた熱い感情がある今…


「推しと……同じ世界を……生きてる」

「?」


 心の声が漏れてしまった。


 今なら推しが死ぬ事件を、回避させることができるかもしれない……?


「おじいさん! ディハルト団長は今何歳ですか!?」

「なんじゃいきなり……名前は知っておったのに……」

「いいから! おしえて!」


 突然起き上がったリタに、食って掛かるような勢いで迫られた白髪の老人は、不審な顔をしながら答えた。


「確か……24歳じゃなかったか」


 24……

 原作で不運な死を遂げたのは、たしか彼が29歳の時。あと5年……


 リタは口元に手をもっていき、ふむ、と考える。


 俺は物語の先の未来を知っている。(推しが死んで以降の展開は、うっすらと記憶が消えかけてはいるが……)


──そうだ!


 せっかく推しと同じ世界に生きていることが分かったんだ。俺はこの先の未来で悲劇の死を遂げてしまう推しと、その推しの想い人を救うため、今この瞬間から、これからの人生を推しのために費やすことを誓おう!


 そう熱い決意をしてこぶしを握り締め、立ち上がろうとした瞬間、リタは白髪の老人にそっと肩に手を置かれ制止させられた。


「もう一度、頭の検査をしておこうかの」



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\ 「転生したら推しにハニトラされてる!?」コミカライズ /
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