08 不憫な狼。
何故、こうなった。
私はイマイチ現状を理解出来ないまま、ガーリックソースにまみれたグリルチキンを一口サイズに切り取っては、口の中に放って咀嚼する。
「おい! 頼んだジュースはまだか!?」
「あいよ!」
「ほら、ギルポのジュースだ! 飲め!」
夕食の時間で混雑している食堂は、賑わっていた。
目の前にいるのは、獣耳を綺麗さっぱり消したイサーク。
ギロリとした目付きで、イサークは受け取ったジュースを私の前に置いた。
「……あの、これは一体なんの真似ですか?」
「ああん!? 決まってんだろ!? 口止めだ!」
「………………」
なんでキレた態度なのだろうか。この青年。
私はもう一口、ガーリックソースにまみれたチキンを食べた。
「なんのですか?」
「お前が目撃したものだ」
「ああ、けも」
「口にしたらコロス!!」
なんでこの青年は、こんなにもキレた態度なのだろうか。
獣耳と言いかけた私は、それを咀嚼したチキンごと飲み込んだ。
「別にそんな趣味をお持ちだと、広めたりしませんブフフッ!」
「あ!? なんの話だ!?」
「冗談です」
獣耳のコスプレが趣味の狩人団長だということは黙ってあげる。
そう言いたかったけれど、全然伝わらなかったようなので、なかったことにして真顔に戻った。
『その子は獣人族だろう』
『それも狼タイプね!』
神様夫婦が、教えてくれる。
狼か。確かにそんな色合いがぴったりだ。
『獣人族って正体を隠す習性でもあるんですか?』
『いいや? でもそうだね、原因はきっと“獣人族が恐れられる対象”だからだろうね』
恐れられている対象。
私は首を傾げて、テーブルに頬杖をつくイサークを見つめた。
『でも、シヴァール。それってずいぶん昔の風習じゃない?』
『フレーア。今でも根付いているんだよ。怖がられるから、隠す獣人は少なくないと思う。獣人族というのはね、獣の変身能力を生れながら持っている種族のことだよ。アイナ』
お母様に答えてから、お父様は獣人族の特徴を話してくれる。
『今のように至って普通の人間の姿でも、獣耳と尻尾をつけた状態と、肌が毛に覆われて顔や手足が獣化した状態の三つを持っている。もちろん、獣の本能や性質も持ち合わせているよ。人間より怪力で、戦では食い殺す姿が恐ろしいからって、恐れられたんだ』
『でも、人間の国にいるくらいですから、別に隠れなくても』
『アイナ。差別するような人は、必ずいるものなんだ』
前の世界でも差別主義者がいたように、この世界でも辛く当たる人がいるのか。
ギルポのジュースを飲んで、私は強い意志が感じられる黄色い瞳を見た。
この性格なら、逆に獣人族だからとふんぞり返っていてもおかしくはなそう。やっぱり隠すべきだと判断するような何かがあったのだろうか。
………………。
以前の私なら、あんなことやこんなことまで想像しただろう。だがあいにく想像力は人並みになってしまったので、全然思い浮かばなかった。
「おい、いきなり哀れむような目で見てくんな!」
「これは私自身に対しての哀れみだから気にしないで」
「ああ!? 喧嘩売ってんのか!?」
だからなんでこの人、キレているのだろうか。
「売ってませんけど」
「おい! 今度はこんな少女に絡んでいるのか!? イサーク!」
そこで、第三者が入ってきた。
そうか。イサークの言う喧嘩を売っているとは、獣人族の自分に絡まれている哀れみだと思っただろう。
私の言葉が足りなかったと反省しつつ、見上げてみればサムがいた。
「絡まれてませんよ、ごちそうしてもらっているんです」
イサークがまた凄む前に、私はにっこりとサムに答える。
「そ、そうなのか……? お嬢さん、見かけない顔だ。どこの街の娘さんかな?」
イサークの様子を見て疑いつつ、サムは私のことを探った。
この人、街の住人全員を覚えているのだろうか。
「私は旅人ですけど」
「旅人だって? 一人でかい?」
「一人だと何か問題でも?」
厳密には、マントの下に張り付いているドラゴンがいるけれど、それは言わないでおこう。特にイサークの前では。
怪訝な顔をするサムは、こう切り出した。
「君のような美しい娘さんには、この辺は危険だ」
そう言えば、私は美少女だったな。
褒めてもらえて、嬉しい。
美と愛の女神様譲りの美貌なので、当然だけれども。
「治安が悪いような街には見えませんが……」
散策したところは、別に問題ないように思えるけれど。
「いや、近頃……君のような年頃の娘が、近辺で行方不明になっているんだ」
「はっきり教えてやれよ」
イサークが水を飲み干すと、こう続けた。
「お前のような見た目のいい少女が、攫われて売り買いされているってな」
攫われて売り買いされているだと?
人身売買か。
「この国では許されていることなんですか?」
目を細めてサムに確認すれば、彼は激しく首を横に振った。
「何言っているんだ! 昔に禁じられた! 他国の奴隷を買うことを、現国王陛下が禁止になさった! 知らないのかっ?」
「ええ、知らなくて」
ということは、他国にはまだ奴隷制度があるのか。
他国よりは、この国の王の方が聡明のようだ。
「無知が一人歩きしてんじゃねーぞ。家はどこだ? 送ってやる」
「家はないです。旅人なので」
「はぁ~?」
イライラした様子のイサーク。
本当に、家はないのだ。
「お嬢さん。ご両親が心配しているんじゃないのか?」
私の横でしゃがみ込んだサムが、問うけれど。
「いえ、両親が送り出してくれたので」
と答えるしかない。事実だ。
「両親がいるなら、家があるだろうが」
「あ。両親は天にいます」
「「……」」
果たして、天であっているかわからないけれど、嘘の範囲ではないのでこれでいいだろう。二人も、それ以上は聞かないでくれた。
「しかし、やはり心配だ」
「大丈夫ですよ。魔法の腕に自信がありますので」
「だが咄嗟に口を塞がれると呪文も唱えられないだろう?」
「……」
呪文、必要ないんだけどなぁ。
サムの心配をどうやって解消しようか。
実は神の化身なんですよ、なんて言っても信じてもらえるだろうか。
「団長見付けた! ここにいたんですか!」
そこで乱入してきたのは、イサーク団。
「食堂に行くって書き置きだけじゃわからないじゃないですよーって! どえらい美少女といるー!?」
「うるせぇ! シン! 黙ってろ!」
糸目の青年が驚いて声を上げれば、イサークが一蹴した。
どうやら、イサークは団員にも隠しているようだ。
「……なんで隠しているの?」
私は純粋に質問した。
「いいから食えよ!」
カッと目を見開いて、凄むイサーク。
そう怖い顔をして見せても、怖くないんだよなぁ。
千年のドラゴンを見たあとだと。
「わっ! それ君が造った魔法生物!?」
糸目の青年シンが問うものは、どうやら私のマントからはみ出たミニレウだ。
あちゃー。見付かったか。
「キュウ」
温厚な性格のミニレウは、ひょっこり顔を出す。
可愛い。
「んん!? レウドラゴンにそっくりだ! でも瞳は赤くて違うな! あっ! レウドラゴンは十年前くらいに滅んだドラゴンでね! 純白のドラゴンで最も美しいドラゴンとまで言われていたんだよ!」
「そのレウドラゴンをモデルにしました」
「へぇそうなんだ!!」
糸目だけど、目をキラキラさせるシン。
「魔法の腕に自信があるのは、嘘じゃないようだな」
ふん、と鼻を鳴らすイサークが、今度は立ち上がったサムを見上げた。
「どうせ同じ宿に泊まっているんだ。ちゃんと宿の部屋まで送る。領主サマはもう屋敷に帰ったらどうだ?」
「領主? サムさん、領主様なのですか?」
「ん? 君に名乗ったかな? オレはこの街の領主、サム・ザベリー男爵だ」
「……」
私は、げんなりとしてしまう。
男爵かよ。
「なんだ、その顔は。傷付くぞ」
「すみません、正直者らしくて、すぐに顔に出てしまうみたいです」
「それ、謝っているのか?」
サムが苦笑を漏らす。
「実はガネット街の男爵に会ったのですが」
「ネーク男爵のことか」
「はい。いい印象を抱きませんでしたので、つい顔に出てしまいました」
「そうだな。彼はいい噂を聞かない」
神の化身を監禁して魔力を搾り取っていた蛇男に比べ、サムは人望のある男爵のように思える。噴水広場での振る舞い。それに街の住人の顔を把握しているところを考えると、領地をよく見ているいい男爵なのだろう。
こうして食堂に足を踏み入れたのは、パトロールの一環のようだし。
「イサークさんの言う通り、宿が同じなので送ってもらいます。どうぞ、安心して帰ってくださいませ」
「んー……そうだな。妻も待っていることだし、オレは帰らせてもらおう。名前を聞かせてもらえるか?」
「私はアイナです」
「アイナか。イサーク、アイナをよろしく頼む」
サムさんが帰っていく後ろ姿を見送ると、水を飲み干したイサークが「まだ食べ終わらないのか」と文句を言ってきた。
イサーク団は椅子を持ってきてはテーブルにつき、各々注文をする。
シンが「召喚魔法は難しいよねー」という話をしてきたので、適当に合わせておいた。そう。召喚魔法って一般的には難しいものなのね。
イサークも食事を始めたので、私はデザートも頼んでいいか尋ねる。
「はぁ!? 食えよ!!」
だからなんでキレてるの。
私は許可をもらったと思い、デザートのケーキを一切れ食べる。
その間、狩人について聞く。
ついこの間、サラマンダーを狩ったそうだ。それは大物で、そのくせ素早いサラマンダーだったという。
『サラマンダーというと、火を噴くトカゲですか?』
『そうだよ。トカゲと言っても、元のレウの姿くらいの大きさだけどね』
お父様から聞いて、大物のサラマンダーを想像した。
火傷じゃあ済まないだろうなぁ。
ちなみに、レウも火を噴く設定にしてある。焚き火とか料理の時に必要かと思って条件に入れてみた。どっちが強いかな。元のサイズのレウとサラマンダー。
いつか戦ってもらいたいけれど、性格は温厚なレウには無理だろうか。
出てもいいと判断してテーブルの上にいるレウは、大人しくシンに撫でられていた。
狩ったサラマンダーの牙や皮や尻尾はいい値がついたと、つり目の男性・コルが自慢する。
なるほど、仕留めたあとに戦利品として売り払うのか。それがこの国の狩人。そういう認識をした。
「狩人と冒険者の違いはなんですか?」
冒険者がいると、確か昏睡状態になる前に聞いたことがある。
魔物などを討伐する職業と聞いていたけれど、狩人と違いがあるのだろうか。
「冒険者は依頼を請け負う仕事が中心になる。討伐した証拠に角や牙を提示してお金をもらう」
「狩人と同じじゃないですか」
「いや、狩人と違って冒険者には……資格があるんだ」
コルのあとにシンが答えると、視線を落とした。
「資格、ですか?」
「そう、身元確認とか、戦闘能力を測って、ランクごとに分けられてから、冒険者になるんだよ」
狩人は荒くれ者がやりたい放題する仕事で、冒険者はれっきとした就職先というわけか。
それにしても、なんだか空気が気まずいように思える。
シンは顔を俯かせているし、コル達は黙り込んだ。
そしてイサークは、イライラマックスって感じだった。
あ。そうか。身元確認ってことは、イサークが隠したい種族がバレることになる。きっと冒険者の話題は、タブーだったのだろう。
イサークの雰囲気が、ゴゴゴッという効果音がぴったりなほど重い。
「そうか、身元確認が必要なのかぁ……じゃあ私はなれませんね」
神の化身で通過出来るなら、なれそうだけれども。
「どして?」
シンはフォークを加えて、首を傾げた。
「身元確認が取れても、戦闘能力が足りなければなれねーよ」
イサークが口を開く。
戦闘能力か。
「どうやって測るんですか? 戦闘能力」
「それは……」
イサークの答えを待ったけれど、それはなかった。
イサーク団の注目が集まったイサークは、ハッとした我に返ったような表情をすると「知るかー!!!」とキレる。
「食べ終わったな!? 送る!!」
「あ、どうも」
「あっオレ達も!」
「てめぇらはまだだろうが、食ってろ!!」
「「「へいっ!」」」
いつの間か食べ終えたイサークは立ち上がり、私の腕を掴んで引っ張った。イサークに従い、シン達は食事を続ける。
食堂を出て、イサークと歩く私は、さっきの質問をすることにした。
「なんで隠してるの? 仲間にも」
戦闘能力の測り方も知りたいけれど、まずはこれだ。
「仲間には別に明かしてもいいんじゃない?」
「……関係ねぇだろうが!!」
唸るイサーク。
「確かに関係ないけど、あなたの種族では冒険者になれないの?」
「は? んなわけねーだろ。オレの種族にとっちゃ、天職だ……」
獣人族はお断り、というわけではないようだ。
イサークを見上げてみれば、どこか見つめる眼差しが苦しそう。
「本当は冒険者になりたいんだ?」
「! ……てめぇ、さっきから敬語を忘れてるぞ」
がしり、ともう開くなと言わんばかりに口元を鷲掴みにされた。
仲間に慕われているのに、本当の姿を隠して、なりたい職業も諦めて、不憫な人だ。だから常にキレているのだろうか。
なんてことを考えていれば、すぐに宿についた。
二階の角部屋の前まで、イサークは送ってくれる。
「口止め料、足りないだろうから、明日の朝飯もごちそうしてやる」
「いや、別にいいですよ……」
「いいから食えよ!」
「わかりましたよ」
そう答えれば、イサークはさっきの食堂に戻るのか、引き返していった。
ごちそうしてくれるなら、いいか。
私はノブを回して、部屋に入った。
窓が開いていて、夜の冷たい風が入る。
窓なんて開けていただろうか。
疑問に思ったのも束の間だった。
バスルームから出ていた何者かに、口を塞がれる。
眠り粉を仕込んだ布を当てられたらしく、すぐに意識がなくなった。
20191231