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06 楽しみたい旅人。




 私は森を歩いている。

 エメラルドグリーンの木の葉をキラキラさせる森の高さは、五メートルは余裕に超えていた。射し込む陽射しが、幻想的だ。

 夢心地。そうか。これは夢か。

 そんな森の中で、一つの木に凭れて座っている男性を見付ける。

 束ねた白金色の髪を、右肩から垂らしていた。瞳はサファイアブルー。美しい妖精、エルフと思えるくらい見目麗しい男性は、ぼんやりと他の方を見つめていた。けれど、私が近付けば、気が付いて驚いた表情をする。


「また、あなたですか」


 驚くのは、無理もない。だって、もう会わないと思ってさようならと告げたのだから。


「会いたかった! ルヴィンス!」


 私はそんな驚く彼を気遣うことなく、目の前で行ってしゃがみ込む。

 ますます驚いたように目を見開くルヴィンス。


「……私に?」

「あなた以外にいないでしょ」


 念のため、周りを確認したけれど、射し込む陽射しに溶け込んでしまいそうな森があるだけで、他に人はいない。


「つまり、あなたは意図的に私の夢の中に入ったということですか?」


 解せない、と言いたげな表情でルヴィンスは確認した。


「あなたに会いたいって念じて眠ったら、この通り」

「……何故また会いたいと思ったのですか?」

「お礼が言いたかったの!」


 まだわからない、と言いたげな表情のルヴィンスに笑いかける。


「ルヴィンスのおかげで、昏睡状態から目覚めたでしょう? 助かったわ。本当にありがとう」

「……私はただ、自分の夢からあなたを追い出しただけですよ」

「またお邪魔してごめんなさいね?」


 素直にお礼を受け取ってくれないルヴィンスに、私はニヤリと意地悪な笑みを向けた。反省の色はなし。

 ルヴィンスは仕方なさそうな笑みになり、肩を竦める。


「それにしてもあなたの夢って、幻想的ね。ここも存在する森なの?」

「そうですよ。シューベの森です」

「そうなの……」


 ぽむ。私はルヴィンスの立てた右膝に自分の手と顎を乗せた。

 それを凝視するルヴィンス。


「何?」

「……いえ。初めは警戒心の強い少女だと思ったのですが、意外と懐きやすいのですね」


 私のこの態度で、懐かれたと判断したようだ。


「まぁ、命の恩人と言っても過言ではないから、ルヴィンスは」

「私が命の恩人ですか……ふふふ」


 おかしそうに笑うルヴィンス。何がおかしいのだろうか。

 ルヴィンスは、また貴族のような服装だ。首にスカーフ。白のワイシャツと青いベスト。そして黒いズボン。この格好からして、やっぱり貴族なのだろうか。


「……はぁ」

「なんですか。人の顔を見てため息なんて、失礼ですよ」


 少々気分を害したようだ。


「私の中で、貴族って最悪になってるの。昏睡状態にしたのは、男爵よ。男爵。それで私の魔力を搾り取っていたの」

「男爵に囚われの身になっていたのですか。それはお気の毒に」


 全然同情を込めてない言葉を返される。


「つまり、私を貴族だと推測したわけですね?」


 ため息の理由を言い当てた。


「そうよ。違うの?」

「……ある意味、貴族ですけれど……」


 じっと、ルヴィンスは私を見つめてきた。観察するような眼差し。いや、実際観察しているのだろう。

 ルヴィンスが、私の髪に注目した。

 手が伸びてきた。色白で、男性らしさがある綺麗な手。

 でも私に触れる前に思い止まったように、引っ込む。


「どうやらあなたの魔力量は私を超えるようですし、その男爵が魔力を搾り取るのもわかります。それで? その男爵はどうしたのですか?」

「私と同じぐらいの間、眠ってもらったわ。おまけに悪夢に魘されるようにした」


 私は、ニヤリと悪い顔をする。

 それは神の化身らしかぬ表情だっただろう。


「おや。そんな悪い子だったのですか? あなたは」


 またルヴィンスは、おかしそうに笑った。


「あら、心外ね。私は当然の報復をしたまでよ」


 一ヶ月も眠らされて、魔力を奪われたのだ。当然の報い。

 ふんっ、と鼻を鳴らす。


「アイナの方は、貴族ではないのですか?」

「私が貴族に見える?」

「そうですね、言葉遣いや言動からしてそうではないと判断しますが、なんとなく尋ねてみただけですよ」


 思い返せば、初めて会った時から、ルヴィンスは言葉遣いから気品があった。少々刺々しさはあったけれど、今はない。ルヴィンスも警戒心の強い男性だったが、少しは心を許してくれていると思う。


「私は、旅人よ」


 そう答えることにする。嘘ではない。


「世界を渡り歩こうと思っているの」

「世界の旅人ですか」

「まずはエンダーテイルの国の王都を目指してるわ。今はまだ最果て」

「……エンダーテイルにいるのですか」


 またルヴィンスは驚いたような表情をした。


「何故驚くの?」

「……本当に旅人ですか?」


 怪しまれた私は、ルヴィンスの膝から顔を上げる。


「旅人よ?」

「……しかし、私より魔力を多く持っているようですし、聖女か何かではないのですか?」

「聖女?」


 吹き出した。聖女か。いい線いっている。


「聖女じゃないわ。私はただ自分らしく、正直に、堂々と自由に、傍若無人に。至極最高に人生を楽しみたい旅人よ」


 私はそう答えておくことにした。

 またルヴィンスの膝に手と顎を置く。


「……そうですか。……例え、聖女だとしても、今となっては関係ないですね……」


 ぼそり、と独り言のように呟くルヴィンス。


「それで? ルヴィンスは? 人生にどんな目標を立てているの?」

「私、ですか?」


 問うと、また驚いた反応をした。

 そして、口元に手を当てて考え込んだ。それが結構長かった。


「ないの? 人生の目標」

「……ありませんね。そもそも私には……」


 ルヴィンスは、言葉を止める。


「親が決めた通りの人生を歩むだけでした。人生の目標なんてものは、ないに等しい……」


 ルヴィンスは過去形で語り、そして森を見上げた。


「楽しみと言えば、こっそり抜け出して、こういう光景を見付けることくらいでしたね」


 また過去形。妙だ。


「ルヴィンス。あなた……もしかして、死んでるの?」


 そう問わずにいられなかった。


「失礼ですね、あなたは本当に。生きていますよ」


 私にサファイアブルーの瞳を向けて、答えたルヴィンス。

 でもすぐに自嘲するような笑みを浮かべる。


「まだ、生きているのですよ」


 そう言ったルヴィンスが手を伸ばしてきたかと思えば、指先が額に触れる。

 最後に目にしたのは、儚げな笑みだった。




 ◆◇◆




「キュウ、キュウ」


 レウの声。そっと押される感触は、もふもふ。


「んぅー……おはよう、レウ」


 私は押し付けられたレウの顔をむぎゅっと抱き締めた。

 陽が昇っている。朝だ。

 収納空間から、干し肉と果物を取り出して、食べる。

 レウに干し肉をおすそ分け。


「よし」


 また歩き出そうとしたけれど、その前に。


「レウ。変身して」


 試しに、ミニサイズに変身してもらう。


「キュ!」


 宙返りしたレウが、白い煙をポンと出した。

 かと思えば、巨体は消える。代わりに、トカゲサイズのレウがいた。

 想像していたより小さいけれど、これなら街に到着しても悪目立ちはしないだろう。


「可愛い!」


 掌に乗ってもらったレウを愛でながら、私は歩き出した。

 たまにミニレウは飛んだけれど、やがて飽きたように私の肩で休んだ。

 お昼を過ぎてから、私も飽きていた。

 川沿いの道は、同じ景色に思える。

 しょうがないのかもしれない。この川は一ヶ月分先まで続くようだし、至って普通の道だ。

 でも何か楽しいことが起きないだろうか。

 何かないかとキョロキョロしながら、歩き続けた。

 でもなかなか見付けられない。


「あまりにも何もなさすぎでは?」


 動物一匹も、見当たらなかった。

 いや、多分川を覗けば、魚は見付けられるだろうけれど。


『それも旅のうちじゃないかい?』

『退屈も旅のうちよ、きっと』


 神様夫婦は、別に構わないらしい。

 一ヶ月も、眠り込んだ私を見ていて慣れたのかも。

 退屈も、時には我慢しないといけないか。

 諦めて黙々と歩みを進めることにした。

 すると、影の中に入る。でも不可解だ。

 周りには、影を作るような障害物はないのだから。

 もしかして、大きな雲でも現れて、太陽を遮ったのだろうか。

 私が見上げてみれば。


「えっ……」


 そう声を溢す。

 悠然とした様子で飛んでいるのは、ドラゴンだ。

 それも、レウの十倍はありそうな巨大なドラゴン。地上にいたら山と間違えてしまいそうだけれど、その鱗は白のようだ。バサッと翼を羽ばたかせる巨大なドラゴンが、ちょうど頭上を通り過ぎたから、太陽が顔を出して目が眩んだ。

 一度顔を伏せた私は、また巨体なドラゴンを見上げた。

 私が行く方向に向かって、飛んでいる。


「見た!? お父様! お母様!」

『見たよ、ちゃんと』

『見たわ、ちゃんと』

「巨体ドラゴン! 一瞬、幻覚見ているかと思った! 本当にいるのね!」

「キュウ!」


 自分がいると言わんばかりに、ミニレウが私の頬に顔を押し付けてきた。


「だって、レウは私が召喚したドラゴンだから、野生のドラゴンは初めて! 別腹よ!」


 言い聞かせて、ミニレウの頭を指でぐりぐり撫でてやる。


「ん? 野生のドラゴン?」


 私は疑問に首を傾げた。


「国の隅っことはいえ、野生のドラゴンがいてもいいのですか? それもあんな巨大なドラゴン」

『そうだねー危ないねー』

『街を襲うつもりじゃないのかしら』


 のほほんとした声に似合わず、物騒な返答がくる。


「えっ!? 野放しでいいんですか!?」

『どうするの? アイナ』

『どうするの? どうするの?』


 ワクワクした感じの声を出す二人。

 ドラゴンと戦うこと、めっちゃ期待しているじゃないか!


「じゃあ、私は追います!」

『それなら、まずレウを変身させて、それに乗らせてもらったらどうだい?』

「名案ですね! レウ、変身!」


 宙返りしたレウがボンと白い煙を撒き散らして、馬車サイズのドラゴンに変身した。そのレウの首元に座らせてもらう。


「飛べ! レウ!」


 バサ。一回の羽ばたきで、今まで感じたことのない浮遊感を味わう。

 ぐうううんっと一気に、上へ飛んだのだ。振り落とされまいと、しっかりとしがみ付いた。


「……!」


 目にしたのは、果てしなく広がる大空。そしてどこまでも続く川。草原のある大地。

 ぶつかる風で前が見えなくなってしまうので、私の周りに防壁の魔法をかけて、強風に飛ばされないようにした。

 そして、この世界をその瞳に焼き付ける。

 旅は、こうでなくちゃ。私は破顔した。



 

20191229

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