23 偽者と婚約者。
朝焼けを目にした。
仄かに紫色が混じった赤と青の空。
たまには朝焼けを一緒に見たいなんて思うのは変だろうか。夢の中だし、変だと笑われるかもしれない。
んーっと声とともに背中を伸ばして、 立ち上がる。
辺りが焦げ臭いのは、昨日の焚き木のせいだ。
水色に煌めく白銀色の髪を探した。でも見当たらない。
マントを被っているのだろうか。
じゃあ背の高い茶色の頭を探そう。アントンさん。
「あ、いたいた」
レウを連れて歩いていれば、アントンさんを見付けた。
井戸のそばにいる。しゃがんでいるのは、アメーだろう。
顔を洗っているようだ。
「アントンさん。アメー。おはよう」
「おはようございます、アイナ様」
「おはよう、アイナ様」
無表情のアントンさんが、頭を下げた。
水も滴る美少女が、微笑みを向ける。
「アメー」
「はい?」
「結婚をさせられるから、家出してきたの?」
「!」
隣にしゃがみ、私は尋ねた。
目を見開いて固まったアメーの反応から見るに、正解のようだ。
「政略結婚?」
「……はい」
観念したように頷くアメーは、素早く周りを見た。
誰もいないとわかると、がしっと私の腕にしがみ付く。
「だ、ダレンには……いえ、他言はしないで。お願い」
『身分違いの上に、婚約者がいるなんて知られたら、ますます遠くなる気がするんだろうね』
『こうして、すれ違うのね……』
なんかしみじみしている神様夫婦の声が聞こえてきた。
誰かに言って、ダレンに伝わることを恐れたようだ。
「……王族としての務めを果たさずに、逃げ出していることを……ワガママですが、知られたくないの……」
「政略結婚が王族の務め?」
「……はい。意味のある結婚です」
私には理解出来ない。頬杖をつく。
「意味があるのは、国にとってでしょう? アメー自身じゃない」
「……はい……」
アメーは俯いた。
「アメーは自分の意思を伝えたの?」
「……ええ、一度、嫌だと。愛のない結婚は女神フレーア様への冒涜でもあると、伝えたのですが……それなら愛する努力をしなさいと、お父様である陛下に言われましたわ」
「はぁああ?」
私がイラついた声を出したから、アメーは肩を震わせる。
「私、政略結婚とか縁のない世界で生きてきたから、理解に苦しむわ。アメーにイラついているわけじゃない」
一応、誤解はといておく。
「……いいわ。城に戻りましょう。私がその結婚を潰してあげる」
「え!?」
「女神フレーア様の冒涜だって免罪符もあるわ。王様が言っても聞かないなら、ぶん殴る」
「!!?」
驚愕したアメーは、青ざめてわなわなと震えた。
『ひゅー!!』
『アイナかっこいいわ!!』
大盛り上がりな神様夫婦。
『いいんですね?』
私は二人に確認した。
『アイナのしたいようにすればいいよ』
『私への冒涜だと思うわ!』
神様が賛成したから、いいか。
王様より神様が偉いもん。
「それで? 相手はどこの貴族? それとも王子?」
「えっ……それは……」
ここまできたのに、アメーは相手のことを話そうとしなかった。
俯いて、躊躇している。
「アイナ様」
そこに声をかけてきたのは、魔導師ラティスだった。
「え。なんですか。また来て……」
「……」
難しそうな顔付きをして、顎に手を添えている。
「……なんて言ったらいいのでしょう」
「なんですか?」
言葉を迷っているようだ。
決めるとはっきりと告げた。
「どうやら、アイナ様の偽者が現れたようです」
「………………はっ?」
アイナさまのにせものがあらわれた。
なんか、そんなテロップが頭に浮かんだ。
アイナ様って私だよね。うん。
私を語る偽者? 神の化身を名乗っている?
「その様子では、他の化身はいらっしゃらないのですね?」
「ええ。どこに現れたんですか?」
「城です」
「城に?」
私は怪訝な表情になった。
一度城に行くことを拒んだ私を、城に連れて行きたいがために言い出したのかと、一瞬疑ってしまう。
「先程、城に残した部下から連絡が来ました。神の化身と名乗る女性が到着したと」
「はぁ?」
「私は目にしていないので、なんとも言えないのですが……部下の目から見て神の化身だと断言しているのです」
「ちょっと待ってください。お父様とお母様に確認します。私以外に娘はいますか? お父様?」
『ちょっ! 僕が浮気したみたいな言い方しないで!? フレーアもなんでじとりと見てくるのかな!?』
ラティスには黙ってもらい、お父様に話しかけた。
もしかして、別に娘を作っているかもしれないと思って。
ほら、創造の神はお父様の方だもの。
神様夫婦は修羅場になるのかな。
『私の知る限りは、いないわ。娘も神の化身も』
『僕だってそうだよ!? 疑わないで! フレーア! アイナ! 妻も娘も一人だけだから!』
『よその世界の神様は? 送ることができるのですか?』
念のため確認。
『それは無理よ。ここは私達、というかシヴァールの世界だから、送り込めないわ』
お母様が答えてくれた。
「では、神の化身と同等の存在が、この世界にいますか?」
例えば、聖女とか。
『いいえ。そんな存在は送り込んでいないわ』
『そうだよ。アイナと同等、またはそれ以上の存在なんていない』
二人は断言した。
「答えは、いいえだそうです」
ラティスに声を向ける。
「ラティスの言う通り、私の偽者ってことになりますが……なんでまた化身だと思ったのですか? あなたの部下は」
「あなたの魔力を、部下も見たのです。小瓶のものを鑑定させていただきました。例の女性はその小瓶の中身と同じ魔力を持っていると判定したそうです」
「……もしかして、私の魔力を飲んだのでは?」
出回っている私の魔力を手に入れ、それを飲んで鑑定してもらったのなら、その判定は頷ける。
「だとしたら愚行ですね。いえ、化身様を名乗る時点で愚行ですわ。アイナ様の神の魔力でも、持続はしないのでしょう?」
話を聞いていたアメーが会話に参加する。
「一日は持つって」
「一日ですか……ですが、例の女性は、神がかった魔力を発揮しているそうです。数日前から」
「え? じゃあ……私の魔力の小瓶を複数持っていると?」
「持ち物を検査した結果、なかったそうですよ」
つまり、私の魔力を持っている線は違う?
『もしかして、他人の魔力を所持出来る特殊能力持ちの人間じゃないかい?』
お父様の声が響いた。
「特殊能力持ち?」
『そう、どの世界でもいるものだよ。魔法とはちょっと違う特殊能力を持っている人間』
「ああ、他人の夢を操ったり出入りする能力もありますもんね」
『え? なんでアイナがそれを……』
私がお父様と会話していると、ラティスが目を見開く。
「特殊、能力……?」
「神シヴァール様曰く他人の魔力を所持出来る特殊能力持ちではないかとのことです」
少ししかめたラティスは、気を取り直したように頷いた。
「では、アイナ様の魔力を手に入れ自分のものにした偽者というわけですね?」
「そのようです」
「それは……いけませんわねっ!」
微笑むラティスとは真逆に、アメーは深刻な表情をしている。
「アイナ様ほどの魔力を所持をして暴れられては、城が崩壊……最悪、王都から人々を避難させなくては!!」
「あー……確かにそうだね。偽者だって進言したの? ラティス」
アメーの不安はもっともだ。
「いえ。まずはアイナ様に確認した方がいいと判断をしまして。化身様がもう一人降臨している可能性もありましたからね」
「そう。なら、とりあえず放っておきましょう」
私の言葉に、アメーがギョッとした。
「放っておくの!? アイナ様!」
「この世界は、神様と女神様を崇めているんでしょう? なら化身をもてなす。でしょ?」
「そうですね、保護をするよう命じられていますから、城で手厚く歓迎されているはずです」
「今はそのままがいいわ。私という本物がいると知っていながら、神の化身を名乗ったんだから、それ相応の対価を払ってもらいましょう」
にっこりと笑って見せる。
偽者は神の魔力を持つ私がどこかにいると知りながら、化身を名乗ることにしたのだろう。特殊能力を活用して、神の化身という崇められる座に座った。
「散々周りに上げてもらってから、私がドン底に突き落とす!」
「上げて突き落とす……!」
アメーが戦慄している横で、ラティスはほっこりしたような笑みを浮かべる。
「アイナ様は素敵な性格をなさっているのですね」
「それはどうも」
にんやり、私は笑みを深めた。
「ということで、王都に行きましょう。アメー」
「!!」
「遅かれ早かれ連れ戻されるんでしょう? なら一緒に行って政略結婚を潰してあげる。それとも、一生戻らないつもりなの?」
「いえっ! そんなつもりは……でも、アイナ様。アイナ様にも……わたくしの婚約者を殴るなんてことは出来ないと思いますわ」
アメーが改まって言うものだから、目をまん丸に開いてしまう。
私も殴れない相手ってどういうこと?
「わたくしが十六歳になったら結婚をしなくてはいけない相手はーーーーゴールドランクのレベル2の勇者。この国の英雄ですわ」
深呼吸してから打ち明けたアメー。
それを聞いて、思いっきり顔をしかめた。
「はぁああ!!?」




