18 討伐の依頼。
応接室の中はいたって普通という印象を受ける。
黒革のソファーが二つ、ダークブラウンのコーヒーテーブルを挟んでいた。あとは隅の花瓶に、生け花を飾ってあるだけ。
「まぁ、座ってくれ」
「はい」
私が部屋を見回していれば、座る許可が出た。
奥に一人用のソファーがあったけれど、ギルマスは私と向き合う形で座る。白魔法使いのお姉さんは、ギルマスの後ろに立った。
「オレは、南支部のギルドマスターの座につかせてもらっている。名前は、グラディ。ゴールドランクのレベル1だ」
一つのゴールドダグが、置かれる。
そこにはちゃんとグラディという名前と、1という数字が書かれていた。
「ついでにって言っちゃ悪いが、後ろにいるのはオレの女房のアリー。同じくゴールドランクのレベル1だ」
「どうぞ、お見知り置きを」
「あ、どうも。アイナと申します」
にこりと微笑まれたので、私は会釈をしておく。
礼儀正しい奥さんをお持ちで。
夫婦揃って同じランクか、すごいなぁ。
「単刀直入で問う」
真面目な眼差し。
さて、ギルマスが、一体私に何を問うのか。
「ーーーー神の化身のアイナ様、で間違いはないか?」
まさか、それが出てくるとは思わなかった。
神の化身。だから呼んだのか。
てっきり、ゴールドランクになるために小細工をしたのかと問われると思った。目を丸めつつも、誰から聞いたのかを推測する。
「サファリ街の領主が、知らせたのですか?」
真っ先にサムの顔が、頭に浮かんだ。
とりあえず、先にそれを確認したい。
もしも、万が一にも、ガネット街の蛇男から聞いたのなら敵認定だ。
「そうだ。サムとは長い付き合いでね。身分は違えど気が合う友だ。昨日手紙が届いて、冒険者になりに来ているかもしれないって知らせてくれた」
確かに気が合いそう。
サムと友だちってことなら、信用は出来るか。
足を組んで、私は深く凭れた。
「サムさんの友なら、安心して話せます。私は、神の化身です。神シヴァール様と女神フレーア様の娘のアイナです。どうぞ、よろしくお願いします」
足を組んだまま、ペコッと一礼する。
「ダグを見てもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
掌を出して、テーブルの上のダグを引き寄せた。
呪文もなく、ひとりでに飛んだダグを見て、緊張感を抱いた様子の二人。
神の化身だと確信を得たのだろう。
私のダグと見比べて見る。ちょっと傷が付いていたから古いとわかった。
「それで? サムさんの手紙にはなんて?」
「あー会えたら、例の件は片付いたと伝えてほしいと書いてあった。あ、手紙を見るか?」
「いえ、いいです」
証拠として提示したいようだけれど、信用しておく。
「例の件か……仕事が早いですね」
身を乗り出して、そっとダグを置いた。
例の件とは、人身売買の組織だろう。
「それとイサーク団が君を追って街を出たとも書いてあったな」
「イサークですか……」
「オレが知っているイサーク団か? 何度か冒険者にならないかと誘ったが一蹴された……あの狩人のイサーク団?」
「ええ、そのイサーク団ですよ」
他に狩人のイサーク団はいないだろう。そう名乗っていたし、イサークで間違いない。
「あ、そうだ。イサークも冒険者になる気になったので、もう勧誘の必要はないですよ」
「何? あのイサークが冒険者になるのか? なんでまた気を変えた?」
「まぁ、それは私からは言えないので、本人が来たら尋ねたらいいじゃないですか」
獣人族だと隠す必要がなくなったから。そうとは言いふらせない。
そこで「お話中、失礼します」と別の女性が入ってきた。桃色髪を結った女性は、コーヒーを持ってきてくれたのだ。
出て行くまで、会話は待った。
「ギルマスとして、神の化身が冒険者になるのは許せないとか、そういう話がしたいのですか?」
「とんでもない! ゴールドランクのレベル3って判定が出るとばかり思ったんだが……」
「それは多分、経験不足でしょうね。魔力はこの通り、神級ですけれど、戦闘経験がなく、その点を差し引かれたのかと」
私はネックレスにしていた魔力の小瓶を出す。
興味津々で凝視する二人に、よく見えるように渡した。
神級の魔力の結晶。金箔が詰まった小瓶。
「経験不足で減点、か……」
妻アリーに魔力の小瓶を渡したグラディは、少々苦い顔をした。
ギルマスという地位にいても、まだゴールドランクのレベル1なのだ。
経験を積めば、レベルが上がると思っている私の考えは否定しない。
「ゴールドランクからのレベルアップは難しいが、きっと神の化身様はそうなんだろう。あの勇者でさえ、レベル2のままだ。レベル3は、昔の英雄にもいない」
「まさに神レベルですかね」
私は笑って見せた。
私なら届くレベルなのだろう。神の化身の私なら。
そうか。勇者のランクは、ゴールドでレベル2か。
ちょっとムカつく。絶対に経験を積んで、勇者を超えてやる。
『おおー。いいね!』
『面白いわ!』
何故か盛り上がる神様夫婦。
勇者を超えることの何が、そんなに面白いのだろうか。
「実はアントンとも知り合いだ。アメティーー……アメーちゃんとも一緒にいたから、アントンと顔馴染みだろう?」
「アントンさんもゴールドランクのレベル1ですもんね」
今、アメティスと言いかけた?
そう言えば、アメーと初めて会った時、アントンさんはいなかった。このギルマスから直接、水晶玉の件を聞いたのだろうか。いつの間にか、ゴールドランクになったアントンさん。やっぱり強い人だな、としみじみ思う。
「そのアントンにも話を持ちかけた。実はゴールドランクの依頼があってな……ゴールドランクなんて今時早々いない、ましてや王都から外れた国の隅にはな」
「ゴールドランクでパーティーを組んで、その依頼とやらをこなしたいと言うことですか? アントンさん、グラディさん、アリーさん、私」
「そうだ。それとシルバーランクのレベル3を何人か連れていく」
「ふむ……。さっき言ったように、私は戦闘の経験がありません。魔物と一戦交えたこともありませんから、お役に立てるかどうか……逆に足を引っ張るかもしれません」
協調して戦うって難しいことだ。
「先に、内容を教えてもらえませんか? いいですか?」
「ああ、いいぞ。これだ」
アリーさんが、渡してくれた紙を見てみれば、ゴールドランクの依頼とデカデカと書いてあった。
「べレス?」
依頼内容は、討伐。それもべレスという名の魔物。
知らないなぁ。
『べレスは、地球だと悪魔の分類に入れられていたよ』
『悪魔ですか』
『その世界だと、馬面で強力な炎の息吹で攻撃をする魔物なのよ』
馬面で炎を吐く魔物か。
ゴールドランクの冒険者でなくては、討伐が難しい魔物。
紙には、馬面の魔物が描写されていた。これが強敵なのか?
私はイマイチ納得出来ず、首を傾げた。
『あ。大きさは確か、平均五メートルよ?』
五メートルってどのぐらいだ。私は想像したが、あいにく想像力はあまりない。でも間違いなく、でかい怪物だと思った。
いやマジで、でかいな!?
元のレウより大きいじゃん。
「あの、この、べレスって大きさは?」
「普通は五メートルだが、そいつは六メートルはあるそうだ」
巨人じゃん!!
「んー……」
「なんだ?」
「……私が一人で行きましょうか?」
二人が、ギョッとした。
「厳密には一人ではないのですが」
ミニレウを取り出して見せる。
ミニレウは「キュウ」と挨拶をした。
「まぁ可愛らしい」
「……えっと、この可愛らしい魔法生物と?」
「あ、レウ。戻って」
一応部屋を見回して、大丈夫だと判断したので、ミニレウに頼んだ。
ミニレウは、ボンと白い煙を撒き散らした。そして、部屋にその巨体を現す。
「この子は絶滅したとかいうレウドラゴンを元に造ったドラゴンです」
もふもふの長い毛並みを撫で付ければ、レウは「キュー」と頬ずりをした。ひんやりしたもふもふの毛。気持ちいい。
「あ、火を吹きますよ」
また驚いた顔をする二人に、教えたあと思い付きを言う。
「この子でべレスの住処まで行って、首を取ってきましょうか?」
「いやいや! 神の化身様と言えど、それはだめだ! 自分でも言ったじゃないか! 戦闘経験がないって! べレスの強さは、ゴールドランクだ!! 下手をしたら……化身様の身がっ」
「私が不安に思うのは、経験豊富なグラディさん達の足を引っ張ることです。この魔力はどのぐらいの威力を発揮するか、わかります?」
私は再び首にぶら下げた小瓶を持って見せた。
「いや?」
「ガネット街を吹き飛ばすほどです」
「「……」」
「言いたいことわかりましたか?」
にこにこする私と反対に、少々青ざめるグラディさんとアリーさん。
街を吹っ飛ばせる爆弾と力を持っていると知ったのだ。想像でもしたのだろう。
「ぶっちゃけ、爆弾投下も可能なんですよ。だから、お困りなら、私が行ってきてもいいですよ?」
言葉にして伝えてから、私はどうするか首を傾げて答えを待つ。
「そう……出来たら、いいんだが」
腕を組むグラディさんは、悩んだ様子。
「爆弾投下が出来ない理由でもあるんですか?」
私はもう一度、依頼書を確認する。
「べレスの住処の付近には、ハーピィの群れがいる」
「ハーピィとは、なんです?」
「人間と鳥の魔物ってところだ」
あ、ハーピー?
「ハーピィのランクは?」
「シルバーランクのレベル1だ。だが、数が多くて厄介だ。ハーピィの討伐の場合は、シルバーランクのパーティー四人以上を推奨している」
「そうですか……そうなると突破が難しいですね」
レウを撫でて、私は考えた。
レウに乗って、ハーピィの群れを突破は出来ない。
「ああ、だから、ゴールドランクの四人とシルバーランクの何人かでパーティーを組んで挑みたい」
「なるほど。では、そのパーティーに同じく新人冒険者のダレンとアメーも参加させてもらえないでしょうか?」
「それは君の手前にいた子達か。確かシルバーのレベル1だったな」
「ええ、ハーピィの戦いだけさせてもらえれば、経験になります。まぁ、これは私のワガママなんですけどね。アントンさんを加えるとなると、アメーの参加は必然になるかと」
ダレンとアメーに経験させて、あわよくばレベルアップを目論んでみる。
経験が浅い三人が、増えたら困るだろうか。でもアメーを置いて、アントンさんが討伐に出掛けるわけない。
「そうなんだよな、アントンはアメー……ちゃんの従者だから離れることをよしとしないんだよなぁ」
絶対にアメーの素性知っているな、このギルマス。
するとそこで、ドアの外が騒がしくなった。
「勝手に入ってきては困ります!」と女性の声。さっきの桃色髪の女性だろうか。
そんな制止を振り払ったのか、乱暴にドアが開かれた。
「アイナ!!!」
「うお、びっくりした」
ガウッと吠えるように声を轟かせたのは、獣人の姿のイサークだ。
あまりにも大きな声で名前を呼ぶから、ビクッと肩が跳ねた。
「ひゃあドラゴン!?」
レウを見て卒倒しそうになる桃色髪の女性。
「やっと追い付いた! 絶対に離れないぞ!!」
「え? 早いね、サファリ街から走ってきたの? イサーク」
「ふざけてんのか!? 馬で来た!!」
狼のイサークは、息を乱している。三日も馬を走らせて、このギルドまで駆け込んだのかな。馬が可哀想。
「イサーク!? お前、獣人だったのか?」
「ああ!? 獣人で悪いか!?」
「いや悪くねーけど」
「全く! 南支部のギルマスが、アイナになんの用だ!? ああん!?」
「なんでキレてんだ?」
息を切らしながら、キレッキレなイサークだったけれど、一息つくと私の隣にどっかりと腰を落とした。
レウには、ミニレウに戻ってもらう。
それを見て桃色髪の女性は、安心してドアを閉めた。
「そう言えば、私の護衛がしたいんだっけ」
「忘れてんじゃねー!!」
イサークが、毛を逆立てる。
うわ。もふもふしてそう。
「んー、イサーク団も連れていきます?」
私はそうグラディさんに問うてみた。




