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久我冬士郎は殺されたい

 ヤバいヤバいヤバいヤバい! 久しぶりに冬士郎の部屋に入っちゃったわ! 涼太に促されて泊まりに来たのはいいものの、いざ二人きりで話をするとなると本当に緊張してきた!

 中学の時と比べて、あまり内装は変わっていない。強いて言うならば、最新のゲーム機が新しく加わっているくらい。

 そ、そして目の前にはこれまた久しぶりに見る冬士郎の寝間着! 灰色の半袖シャツに黒のズボン! ヤバい、超かっこいい。

 落ち着くのよ私! 私にはちゃんと目的がある! 冬士郎の悩みを聞き出し、解決のアドバイスをするという大事な目的が!

 しかし、今の冬士郎はおかしい。苦しそうに頭を抱えている。


「冬士郎? 本当に大丈夫?」

「ひい……らぎ……」


 やはり顔を合わせようとすらしない。ここまで苦しそうにするだなんて、それほどまでに重大な悩みを抱えているのね!? なんとかしなきゃ!


「落ち着いて冬士郎、私に出来ることなら何でもするわ! だから……」

「何でも?」

 

 私、今何でもって言っちゃった! さっき、春ちゃんと一緒にお風呂に入っている時、男子高校生の八割は女の子の胸で支配されているって言ってた! 残りの二割は脳漿らしいけど。

 つまり、冬士郎の考える何でもとは……つまり……!

 早いわ冬士郎! そういうのはせめて卒業してから!


「だったら柊……お前にしか頼めない事だ!」

「い、一体何を……!」

「お前の手で俺を殺してくれ!」

「え?」


 唐突すぎて、何を言っているのかまるでわからなかった。

 殺してくれ? 私に自分の殺人教唆をするなんて……どういうこと?


「もうかつての罪を背負って生きていくのは限界なんだ! 頼む!」


 冬士郎が頭を下げてくる。かつての罪って何の事? 何が何だか分からない!

 冷静に考えるのよ私! 自分で言うのも何だけど、これでも頭はいい方。冬士郎の言葉の意味をしっかりと読み取るのよ! 私なら出来る筈!

 『俺を殺してくれ』この言葉に秘められた意味とは? 脳を高速でフル回転させて考える。

 そして、一つの決断に辿り着いた。冬士郎はこう言いたかったんだ!


 俺を悩殺ころしてくれ、と!


 悩殺……要するには色仕掛けを冬士郎に仕掛けて、キュンキュンさせろって事!? そ、そんな! 春ちゃんの言ってた女の子の胸云々は本当だったの!?


「いきなりこんなこと言われて混乱するのは分かる! でももう辛いんだよ!」

「と、冬士郎……分かった! 冬士郎が望むというなら私に任せて!」


 い、言っちゃった! 言っちゃったからにはもう逃げられない! やるしかない!


 悩殺、悩殺、悩殺……何すればいいの!?

 とにかく、女の子らしくアピールすればいいの!?


***


 柊が俺を殺すと承諾してくれた。これでいいんだ。柊に手を下してもらえるんだったらこれ以上ない贖罪だ。


「冬士郎、こっちを見て!」


 ほほう、まずは俺に顔を見せて精神的になぶりにきたか。いいだろう、どうせ最後だ、しっかりと見つめてやるさ。

 顔を上げて、しっかりと柊の顔を見つめた。

 あ、やべえ、死にたい。いや、これから柊が殺してくれるんだ。耐えないと。


「し、しっかり見てて!」

「来い!」


 すると、柊は右目だけを素早く閉じる。何したんだ? 今のはウインクか? 漫画だったらハートのエフェクトが出てきそうなウインクだなおい。


「ど、どう?」

「何してんのお前」

「あ、あれ? これだけじゃ悩殺ころされない?」


 当たり前だろ。殺傷能力あるウインクとかイワちゃんじゃあるまいし。


「じゃ、じゃあ次!」


 そう言って、次は左手を口に当て、「チュッ」と音を発して投げキッス。


「ど、どう?」

「いや、だから何してんのお前」

「こ、これでもダメ?」


 投げキッスに殺傷能力があると思ってるのか?


「やるんならさっさと殺してくれ。困惑するのは分かるけど」

「さ、さっきから必死にやってるのに!」


 少なくともウインクや投げキッスは攻撃にならないと思う。


「こ、こうなったらやってやるんだから! 覚悟してて冬士郎!」


 そう言うと、俺のベッドに仰向けで寝転がり出した。

 そして、顔を真っ赤にしてとんでもない事を口にする。


「き、来て……冬士郎……!」


 ベッドに寝転んだ柊を見て、今までにないくらいより鮮明に細かく、あの時の状況を思い出してしまう。その時口にした忌々しい放送禁止用語もしっかりと思い出す。

 その記憶により、俺の精神は……ぶっ殺された。


***


 と、冬士郎が寝ちゃった! 白目剥いて床に倒れ込んじゃった! まだ悩みを聞き出していないのに!

 無理矢理起こしちゃうのも悪いし、今日のところは春ちゃんの部屋に戻ろうかな……。

 ……このベッド冬士郎の匂いがするー! だ、ダメ……起き上がれない。幸せな匂いに包まれて頭がボーッとしてきた……。


※※※


 綾姉ちゃんがお兄ちゃんの部屋に行ったきり帰ってこない。

 もう1時間くらい経ってるのに何してるんだろ? ちょっと様子見てこよ。


「綾姉ちゃん? どうしたの?」


 部屋の中はだいぶ異様な光景だった。お兄ちゃんは白目剥いて床に倒れていて、ベッドには枕に顔を埋めて貞子の死体みたいになってる綾姉ちゃんが!

 ……朝までほっとこ。


※※※


 目を覚ますと、俺は床に突っ伏していた。

 窓の外を見ると、もう明るくなっている。どうやら俺はうつ伏せで床に突っ伏して気絶していたらしい。

 変な姿勢で寝ていたせいか、思うように体が動かない。何してたんだっけ。ああ、そっか柊が部屋に来たんだった。

 何とか立ち上がってベッドを見てみると、柊が寝ていた。ええ……あの後そのまま寝たの? 男の部屋で?


「むにゃ……えへへ……冬士郎……」


 寝返りを打って顔をこちらに向けてくる。相変わらず整った顔をしていやがる。

 なんだかんだ言いつつもこの顔にも慣れてきた。そこまで辛くない。まだ六時だし、リビングのソファでもう一眠りしよう。


 ……このままでいいのか?


 俺はずっと、罪から逃げることだけを考えていた。そのために、俺に手を差し伸べてくれた柊を拒絶するような姿勢ばかり見せて、挙げ句の果てには殺人教唆? 馬鹿か俺は。

 そうだ、俺はまだあの時の事を謝ってすらいないんだ。ずっとずっと逃げ続けて……挙句の果てには死にたいだなんて。

 

「ん……冬士郎!?」


 柊がゆっくりと目を空けてこちらを見据えて目を覚ます。


「ご、ごめん! 私、別に下心があってベッドを堪能していた訳じゃ……」

「分かってる柊、寝起きで悪いけど、俺の話を聞いてくれるか?」

「……話をする気になったの?」

「ああ、覚悟を決めた」


 柊に自らの黒歴史を話し続ける。

 中学の時に押し倒して、暴言を吐いた事を未だに思い出し、後悔している事をありのままに話した。

 柊は黙って俺の話を聞いていた。どう思われるだろうか? 


「そっか、あの時の事をずっと引きずっていたのね」

「ああ、お前の顔を見る度に思い出して……」

「ごめん」

「え?」

「私ったら、そんな冬士郎の気も知らずに付きまとっちゃって……迷惑だったわよね……」


 柊は申し訳なさそうな顔をしていた。


「違う、違うんだよ柊。お前は何も悪くない。全部俺が悪いんだよ。グレて馬鹿やって迷惑ばっかかけて、更生したあとも勝手に距離取って……」


 そのまま深々と頭を下げる。


「何よりずっと謝れていなかった! あんなことして本当にごめん! 今さら許してくれなんて言わねえし一生軽蔑してくれてもいい!」


 そして、さらに付け加える。


「お礼も全然言えてなかった。あの時の俺を助けてくれてありがとな、本当に助かった。あの助けがなかったら、今頃俺はどうなっていたか……」


 ずっと心の奥底で伝えたかった謝罪と感謝を伝える。謝っても、感謝しても仕切れない。


「顔を上げて、冬士郎。私はもう気にしていない」

「柊……」

「私は冬士郎が元に戻ってくれた事、私の支えを無駄にせずに頑張ってくれた事、それだけでも私はとても嬉しいわ」

「でも」

「もういいの。ずっと聞きたかった本音が聞けただけでも私は嬉しいの」


 一呼吸置いて、言われる。


「だから気にしないで、私こそありがとう」


 柊は優しい笑顔で言った。その顔を見ただけで心が洗われる気がした。

 ふと、思った事をそのまま聞いてみる。


「お前は何で、俺にそこまでしてくれるんだ?」


 柊はその問いに少し間を空けてから答えた。


「大事な幼馴染を助けるのに理由なんている?」

「柊……悪い」

「それと、その柊呼びもやめて。昔みたいに名前で呼んで欲しいな、距離感じちゃうから」


 俺は小学生の頃、柊の事を綾乃と呼んでいた。しかし、中学の頃辺りからは苗字で呼ぶようになっていった。周りからからかわれるのが嫌だという自分勝手な理由だ。

 一方、柊、いや、綾乃は周りなんて気にせずに一貫して冬士郎呼びだ。情けないな。


「綾乃……この恩は必ず返すから」

「だからいいのに……それじゃ、一つ頼みがあるわ」

「何だ? 何でも言ってくれ」


 不思議と、綾乃の顔を見ても何も苦しくない。


「今で通りにちゃんと顔を見て接してくれる?」

「ああ、当たり前だ」


 綾乃はとても嬉しそうな顔をして、


「やった」


 とだけ言った。

ドキドキ(笑)のお泊まり終了。面白いと思ったら、ブクマや評価をお願いします。

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