久我春花の知る事実
ある日、私の一つ上のお兄ちゃんがグレた。原因はよく分からないけど、まるで別人のように人が変わって素行が悪くなってしまった。私や両親がやめてと言ってもお兄ちゃんは全く聞く耳を持たなかった。
度々、学校から問題を起こしたという電話がかかってきてママもパパも頭を悩ましていた。
そんなある日、昔からよく遊んでくれた幼馴染の綾姉ちゃんがお兄ちゃんを更正させようとうちに来るようになった。あのお兄ちゃんも綾姉ちゃん相手には逆らいにくいみたいで嫌々ながらも勉強させられている。
綾姉ちゃんが兄ちゃんにここまでする理由は分かってる。何を隠そう、綾姉ちゃんは小さい頃から兄ちゃんの事が大好きだから。
その想いを告げずにずっと胸の中に収めているのを見ているといたたまれない。
今日もお兄ちゃんの部屋に綾姉ちゃんが上がり込み、勉強を教えている。お兄ちゃんには、このまま順調に事が運んで立派な真人間になってほしいな。そしてそのまま、綾姉ちゃんとくっついて……。
私はお兄ちゃんを信じている。またかつての優しかった頃のお兄ちゃんに戻って欲しい。妹としてただそれだけを願っている。
―――大事な大事な家族なんだから
「このまま手始めに(自主規制)してそんで無理矢理(自主規制)させて次に(自主規制)した後、俺の(自主規制)をお前の(自主規制)に(自主規制)するっつってんだよ!」
うっわ最低マジキモいさっさと鮫にでも食われて死ねばいいのに。
隣の部屋から聞こえてきた兄の声を聞いて慌てて部屋を出ると、同時に綾姉ちゃんも急いで兄の部屋から出てきた。
「待って綾姉ちゃん! 待ってってば!」
チラリと部屋の中の金髪の兄を睨み付けた後、急いで綾姉ちゃんを追いかける。
家を出て、隣の家の柊家へと駆けつける。綾姉ちゃんは玄関の扉の前で立っていた。
「綾姉ちゃん……」
私の声に反応して綾姉ちゃんはこちらに振り向いた。
泣いていた。
そりゃそうだ。男子中学生は頭の九割がおっぱいに支配されているおぞましい生き物だ(残りの一割は脳漿)。そんな生き物にあんなことを言われたらショックに決まっている。
それも、好きな人から……。
「ごめん綾姉ちゃん……うちの粗大兄があんなこと言っちゃって……本当にごめん……」
私が代わりに謝ったところで綾姉ちゃんの涙は止まらない。本当はアレに謝らせた方がいいんだろうけど、今の綾姉ちゃんのメンタルでアレに会わせるのは危険だ。
絶対に許せない。綾姉ちゃんの好意を踏みにじるなんて……!
泣き止まない綾姉ちゃんにハンカチを渡す事しか出来なかった。これ以上はそっとしておいた方がいいかもしれない。
「うっ……うっ……ありがとう春ちゃん……」
「辛かったよね……あんなひどいこと言われて……あんな奴もう構うことないよ。今すぐ勘当でもすれば……」
「ううん、違うの。その事が怖くて泣いてるんじゃないの」
「え?」
すると、綾姉ちゃんは顔を真っ赤にして呟いた。
「冬士郎が……冬士郎が私の事押し倒した……私の事、異性だと認識してくれてた! それが嬉しくて嬉しくて!!」
「はあ? 綾姉ちゃんホントに大丈夫? 頭」
「心配してくれてありがとう春ちゃん。私は大丈夫、これからこの出来事をバネにしてずっと好きでいるから」
まさかの嬉し泣き。そうだった。綾姉ちゃんは超一途! やると決めたら何が起きようと最後まで折れることなくやり抜く人だ。
それにしたって押し倒されながらあんなこと言われて嬉し泣きは無いと思うよ綾姉ちゃん。私、結構ドン引きだよ。
「ねえ春ちゃん、男の子って皆ああなのかな……その、女の子の体に興味があるのかな」
「あの年頃ならそうなんじゃない? 頭の九割おっぱいの事しか考えてないもん」
「きゅ、九割!? そういえば、この前涼太の部屋で巨乳の女性が載っているエッチな本見つけちゃったけど……やっぱりそうなんだ……」
涼太そんなもん持っているんだ。ふーん……。
「とにかく、こんな顔じゃ冬士郎に会えない! また別の日に来るから!」
「何言ってんの、落ち着いて綾姉ちゃん! 下手したらまた襲われるよ!」
「大丈夫! 今度からはちゃんと勝負下着用意するから!」
「そういう問題じゃない!」
そうだ、綾姉ちゃんはお兄ちゃんが関わると知能指数及び判断能力その他諸々の能力が低下するんだった!
「私は諦めない! 絶対に冬士郎を更正させてみせるから! 楽しみに待ってて春ちゃん!」
「ちょ、ちょっと綾姉ちゃん!」
綾姉ちゃんはそのまま家に帰っていった。なんか思っていた反応と違った。慌てて慰めにいった自分がアホらしい。帰ろ帰ろ。
そのまま自分ちに帰ろうとしたところで涼太とすれ違った。スポーツバッグを見るに、バスケ部帰りだろう。
「よ、何してんのお前」
「なんかもう色々あったけど取り越し苦労で疲れちゃった」
「よくわかんねえけど姉ちゃん絡みか。程々にしとかねえとこっちの身が持たなねえぞ」
「うん、じゃあねおっぱい星人。エロ本はちゃんと隠しといた方がいいよー」
お、効いてる効いてる。カッチリと固まってる。
そのまま歯を食い縛って怒鳴り始めた。
「あのクソブスが! ばらしやがったな!!」
疲れは何処に行ったのか、物凄い剣幕で家の中に入っていった。巨乳のエロ本一つでそこまで怒らなくてもいいのに。
……牛乳飲む量増やそうかな。いまいち成長していない胸を撫でながら私は自宅に向かう。あと涼太のエロ本も確認しとかなきゃ……
それからというもの、お兄ちゃんはみるみる変わっていった。喧嘩もやめて、真面目に学校に行き始めた。
これも綾姉ちゃんの頑張りのお陰だろう。地道な頑張りが無駄にならなくて本当によかった。
やがて、綾姉ちゃんと同じ高校に入学出来た。私と涼太も来年に受験して入るつもりだ。頑張らないと。
それはそうと、兄とは丸一年口を利かなかった。言われた本人が喜んでいたとはいえ、いくらなんでも女の子にあんなことを言うのは普通に死ねばいいと思う。本当に恥ずかしいわ。
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