旅行へ行こう
「それじゃ、行ってくる」
あらかじめ前日に準備を終えていた荷物を持って家を出る。午前中なのに相変わらず暑い。
「あ、おはよう冬士郎」
既に準備を終えて家の前で待っていた綾乃がこちらに振り向いた。女だからか、俺よりも荷物が多いように見える。
「おはよ。悪いな、待たせたか?」
「ううん、大丈夫。ほんの30分しか待ってないから」
「どんだけ楽しみにしてたんだよ」
「仕方ないじゃない。30分どころか、日程が決まる前から楽しみにしてたんだから。バイト仲間皆での旅行なんだから」
綾乃は心の底から楽しみにしていそうだった。
そう、今日は前から計画していたバイト仲間である綾乃、笠井、紫藤先輩と二泊三日の旅行に行く日である。着々と時間を見つけては計画を立て、今日ようやくその日が来たのである。
メインは二日目の予定である海水浴、いくつになっても海というのはテンションが上がる。俺もこの日を楽しみにしていたのだ。結構行くの久々だし。
「とりあえず先に駅で待ってようぜ。暑くて暑くて早く涼みたいし」
「それもそうね。行きましょう」
出発。キャリーバッグを転がしながら集合場所の駅へと歩き出す。
「マジあちいな。綾乃、大丈夫か? 荷物持てるか?」
「ありがとう、私は大丈夫」
汗一つかいていない。涼しい顔で重そうな荷物を引っ張っている。それどころか、本当に楽しそうな顔をしている。
よほどバイト仲間で旅行に行くのが楽しみで仕方なかったんだな!
「あ、そうだ冬士郎。自滅の刃の映画見た?」
「え? 何それ?」
「知らないの? 最近人気なんだけど」
「うーん、俺はデスサバイバルシリーズ以外は疎いからな。どんな話なんだ?」
「基本的には鬼と戦っていく話なんだけど、主人公の能力が斬新なの! 敵の思考を操って自殺させていくの!」
「えっげつな。主人公の能力じゃねえないだろ」
「涼太が漫画持ってたから帰ったら貸してあげる! おすすめよ!」
「なんか気になってきたな。そうするわ」
そんな感じのとりとめのない会話をしているうちに駅前に着いた。たくさんの通行人が通り過ぎていく中でもわかりやすい金髪の女の子が既に着いていた。笠井だ。
「あ、二人ともおはようございます!」
「よ、笠井」
「おはよー真優ちゃーん! かわいー!」
「ひゃああああ!? あ、綾乃先輩! そんないきなり抱きつかれても困ります!」
最近知った事だが、綾乃は年下の女の子には目がない。春花にもしょっちゅう似たような事をしているし。
だから今まで数多の野郎共から告られても断ってきたんだな! 男には興味が無いから!
「おはよう皆。待たせたようで悪いね」
紫藤先輩の声が聞こえたので振り返る。動きやすそうな服装をしているが、それよりも目を引くのは額にかけたサングラスだった。
「うわ何それかっけえ。女優みたいですね」
「そうかい? 私も結構気に入ってるんだこれ」
「すっごく似合ってます。あ、そういえば、冬士郎も昔持っていなかった?」
何で覚えてんだよ! 落ち着け俺。しらを切るんだ。
「覚えてないな。みじんも」
「そう? 中学の時、学校にかけてきてたじゃない!」
「ああああああああああああああ!!!!!」
「冬士郎先輩!? どうしたんですかしっかりしてください!」
「綾乃くん! 素人くんに中学の頃の話はタブーにしよう!」
「え?」
意外なフォローに内心驚く。
以前の紫藤先輩なら、こんな時は遠慮無くいじり倒してきたはずだ。しかし、俺が学校で俺がグレた経緯を話した時あたりから、その手のいじりが極端に減っていた。うーん、古傷をえぐるのが無くなるのはいいんだが調子が狂う。先輩も人を思いやる心が出来たって事か?
「でもその時の冬士郎すごく似合ってて・・・・・・」
「あああああああああああああああ!!!!」
「大変です! 冬士郎先輩が出発前から瀕死です!」
「と、とにかく四人揃った事だし、早く電車に乗ってしまおう! レッツゴー!」
足を引きずりながらも俺達は出発する。この調子じゃ先が思いやられるな。
しかし、今思えばこんな事は些細な事だった。この旅行中に降りかかりまくる災難に比べれば。
***
電車を乗り継ぎ、遠く離れた土地まで数時間。さらにそこからバスでおよそ20分。長かったような短かったような移動時間が終わった。
「ふう、着いたぞ! 旅館だー!」
目の前には立派な旅館。これでもかというくらい和風を前面に押し出している。
「すっげえ。話には聞いてたけどめっちゃ雰囲気いいな。THE旅館て感じで」
「近くには海水浴場もありますし・・・・・・なんか緊張しちゃいます」
「私がこちょこちょして緊張ほぐしてあげるー!」
「ひゃああああああああ!」
仲良しコンビを尻目に予約を取ってくれた紫藤先輩がフロントの係員に声をかけている。しばらくして、先輩が鍵を持ってきた。
「さて、とりあえず荷物置きに行こうか。306号室だよ」
「「はい」」
そのまま、女子三人は旅館の奥へと向かっていく。おいおい、先輩ったら俺のこと忘れられてるな。
「先輩先輩。俺の部屋の鍵は?」
「ん? ああこれこれ」
「それは女子の部屋の鍵でしょ。俺の部屋の鍵を」
「だからこれだって。四人部屋」
「「「え」」」
先輩以外が素っ頓狂な声を出して固まった。
「え、その、つまり俺も一緒の部屋?」
「だからそうだって言ってるじゃないか」
「何で!? 俺はてっきり男子と女子で部屋別々だと!」
「えー何で? 人数は多い方がいいじゃないか」
さも当然かのように言われても・・・・・・波乱が起きそうな気がする・・・・・・
***
「春花、トシ兄がグラサン付けて学校行った時のこと覚えてるか?」
「どしたの急に」
「なんか知らねえけど急に思い出した」
「ぶっちゃけ言って死ぬほど似合ってなかったよね」
「どや顔で教室行ったら死ぬほど笑われたらしいぜ。バカなんじゃねえかな」
「あれで女子にモテると思ってたらしいよ。綾姉ちゃんには効果抜群で一日中鼻血噴き出してたみたいだけど」
「トシ兄ならなんでもいいんだろうな」
「恋は盲目っていうし」
「盲目っつーかもはやただのやべー奴だろ」
まさか同じ部屋で寝泊まりする事になるなんて。
冬士郎は男としての本能を爆発させてしまうのか!?
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