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逃げられない罪

 実際のところ、本気でそんな事をしようという考えは一切無かった。

 こんなことを言えば、さすがの柊も必死に抵抗するだろう。その時はすぐに解放して帰らせればいい。そうすれば、柊は二度と俺には近付かず、俺は鬱陶しい勉強から解放されて自由の身になれると思っていた。


 しかし、柊は一切抵抗せずに俺をじっと見つめていた。上手くは言えなかったが、その目からは何か強い意志を感じとれた。

 絶対に俺を更正させるという絶対的な意志だ。

 こいつは昔からそうだ。一度やると決めたら絶対に成功するまで曲げることは無いんだ。


 突然、強い罪悪感に襲われて慌てて柊から離れた。

 俺は……俺は何て事を柊にしてしまったんだ……!


「私、帰るね」

「……え?」

「でもこれだけは聞いて。喧嘩なんてやめて昔の冬士郎に戻って欲しい……私の望みはそれだけだから……」


 こちらに顔を向けずに更に加える。


「私は冬士郎の事を信じているから」


 そう言って、柊は急いで俺の部屋から出ていった。罪悪感に苛まれ、後を追いかける事は出来なかった。

 

「待って綾姉ちゃん! 待ってってば!」


 隣の部屋で俺の放送禁止用語を聞いていたであろう春花が綾乃を追いかけていった。

 ……廊下からゴミを見るような目で俺を睨み付けてから、


「マジありえない。死ねば?」


と言われた。

 結局、行く予定だった決闘はすっぽかした。とてもこんな気分で喧嘩をする気にはなれない。

 何よりも、柊にやめてくれと懇願されてしまったせいでとてもこれからやっていける気がしなかった。

 俺は馬鹿だ。本気で俺を更正させようとしてくれた柊を拒もうとしてしまった。最低だ、最低だ、最低だ!


 何度か本気で死のうかと考えたが、そんなのはただの逃げに過ぎない。

 ふと、柊が机に置いていった問題集を見つめる。柊お手製の問題集だ。俺でも分かるような解説付きで、綺麗で読みやすくまとめられている。

 何で……あいつはここまでやってくれるんだ? 

 分からない。非行に走った俺なんか放っとけばいいのに。教師だって俺の事を諦めの表情で見ていたってのに……何であいつは……


 机に座り、シャーペンを取り出してノートを取り出す。

 やってやる。変わってやる。あいつの期待に応えてやる!

 

 それから、俺は遅れていた勉強を必死に取り組んだ。かっこいいと思っていた煙草もやめ、校則違反の金髪も黒に戻し、少しずつだが、かつてのまともだった俺に戻していった。

 周りの連中はそんな俺を奇跡を見ているかのような目で見ていたが、形振り構っていられるか。


 時々、あんなことをしたのにも関わらずに柊が俺の様子を見てきてくれている。俺の変わりようを見て嬉しそうに接してきた。



 やがて、成績もマシになり、喧嘩もしなくなった俺は中学を卒業、入試を受けて空崎高校に入学した。柊や葉山も一緒だった。


 過去の俺を知る人物は限られている。この環境ならば、羽を伸ばして普通の学生生活が送れるんだ……! 中学のあの無駄な時間を取り戻すんだ!


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。


 高校一年のある日、家の近くで柊とすれ違う。クラスが違うとはいえ、家が近いんだから当然こんなこともある。

 しかし、柊の顔を見ると、あの時、ベッドの上に無理矢理押し倒した光景が脳裏をよぎったのだ。

 そしてそこからの放送禁止用語の連発までも思い出す。


 速攻で家に帰ってベッドにダイブし、悶絶しまくる。それからも柊の顔を見ることが黒歴史を思い出すトリガーになってしまっていた。

 恐らく、過去の罪を決して忘れさせないように俺の深層心理が働きかけているのではないだろうか。

 以降、出来る限り柊を見ないように心掛ける。それでも時々学校や通学路で会う時もあり、苦労している。


 そして今年、クラスメイトになってしまった。


***


 ……さて、鮮明に思い出したところでだ。やっぱ死のう。

 柊は何も悪くない。むしろ、あいつのお陰で俺は救われた。

 しかし、俺はそんな恩人の顔を見たくもないと思っている。人として最低だ、最低だ、最低だ!


 隣の部屋の春花の部屋をノックして開ける。


「春花、俺、今から死ぬからそこんとこよろしく。お兄ちゃんがいなくても頑張るんだぞ」

「あっそ、さっさと死ねば?」


 冷たこの子、昔は俺と結婚するとか言ってくれたのに……


「……じゃあ死ぬ準備するわ。いいか? 絶対に俺の部屋開けるんじゃねえぞ。グロくてトラウマになっちゃうからな!」

「え!? 待ってお兄ちゃん!」

「と、止めてくれるのか! そうだな! 俺はまだまだ生き続ける!」

「死ぬんならどっか遠い所で死んできてよ。それと身元が分からないようにお願いね、ニュースで名前公開されたら私恨むから」


 ……中学のあの時から春花は俺に対する態度が冷たくなっていた。というか、一年くらいまともに口を利いてくれなかった時期があったし。


「ちょっとぐらい止めてくれたっていいじゃねえか!」

「うわーめんどくさ。いい加減こんな茶番したくないんだけど。マジで時間の無駄なんだけど」

「これからどんな顔してあいつと接すればいいんだよ。クズみたいな俺なんてさっさと縁切りたいだろうになんで俺なんかに……」

「……鈍感なお兄ちゃん、うるさいから早く出てって。ホントに死んで逃げたら絶対許さないから」

 

 そうだ。俺は逃げる訳にはいかない。ずっと、一生この十字架を背負い続けないと。あんなことしておいて許される訳ないんだから。



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