来襲のお兄ちゃん
春花視点です
「時間だ。答案用紙を裏にして前に渡していけ。こら柊、終わりだ。諦めろー」
あー長かった。今回のテストも難しかった。なんとか自己採点で95点は取れたけど、厳しくなってきたかな。もう少し頑張らないと。
この一年C組の教室中はテストが終わった事を歓喜したり、あまり良くなかったのかうろたえている人がいたり様々。テスト終わりあるあるだ。
「真優ちゃん出来た? 私、大問4の括弧3わかんなかった」
「私もそこは難しくて解くのに時間かかっちゃった。なんとか解けたけど」
「すごい。解けたんだ。どうやってどうやって?」
真優ちゃんは教科書を開いて説明してくれる。相変わらず分かりやすい説明で助かった。
さて、左隣はどうなっているかな?
死んでいた。机に突っ伏したまま起きない。
「おーい起きなよ涼太」
涼太の前に座っていた男子生徒の森本裕也くんが涼太の頭を叩く。
「いてえな裕也。別に寝てねえよ」
「テストどうだった? その顔色から察するに聞くまでもない気がするけど」
「全然わかんなかった。お前はどうなんだよ」
「思っていたよりは手応えあったかな。60点くらい?」
「この野郎……」
「大体さ、分からなかったら久我さんに聞けばいいんじゃないかな。二人は口を開かずとも意志疎通出来るんでしょ?」
森本くんがそんなことを涼太に聞いてくる。
涼太は私を横目で睨み、答えた。
「俺も何度も聞いたけどよ、こいつ全然教えてくんねえんだよ!」
「一問だけ教えてあげたじゃん」
「あれひとつ解けたからって何だってんだよ。全部教えろよ全部!」
「ダメだって。綾姉ちゃんに甘やかしちゃダメって言われてるもん。むしろ、一問教えただけサービスだと思うけど。教えたこと、綾姉ちゃんには内緒ね」
「姉ちゃん……余計なこと言いやがって」
綾姉ちゃんは綾姉ちゃんなりに涼太の事を思っての配慮なんだろう。たぶん。
そんなこんなで今日の日程は終わり、残すは明日の修業式だけ。今日は奮発していちごシュークリームでも買って帰ろうと思っていたその時。
「春花! 涼太! 大変だ! どこにいる!?」
ものすごく聞き慣れた声が教室の外から聞こえてくる。
「あいつらどこの教室だっけ? しらみ潰しに探していくか! おーい!」
「こ、この声は……! と、冬士郎先輩!?」
突然のお兄ちゃんの襲来に慌てふためく真優ちゃんの影に隠れる。
涼太は呆れた顔をして無視を決め込む。
「おーい涼太? なんか呼ばれてるよ? 知り合いじゃないの?」
「知るかあんなの。不審者だろ不審者」
お兄ちゃんの大きな声は一向にやまない。
もう無理。マジはずい。死にたい。
「あ、いたいた。お前らC組だったけか?」
「……お兄ちゃんさ、そんなバカみたいに大声出して探さないでよ」
「悪い悪い。緊急事態だから急いでたんだよ」
「携帯使えばいいだろ携帯」
「いけね、そうだった忘れてた。なにせ緊急事態だからな」
…………。
「……緊急事態だからな」
「何回言うんだよ。どんだけ聞き返して欲しいんだよ」
「だってお前ら、なかなか驚いた反応してくれないし……」
「お兄ちゃんめんどくさ。わかったから早く言ってよ」
「トシ兄の事だし、どうせろくでもねえ事だろ」
「そんなことない! 聞いて驚け! 綾乃が……サッカー部のイケメンに校舎裏に呼び出されたんだよ!」
「「ふーん」」
「ええ……反応うっす……」
普通に大した事じゃなかった。涼太に至ってはスマホいじり始めてるし。
「それで? その事を私達に教えてどーすんの?」
「いや、その、一緒に現場を覗きに行かないかなと……行かない?」
「「行かない。飽きたし」」
昔から、綾姉ちゃんは非常にモテる。中学の時もすごかった。しょっちゅう男子に呼び出されて告白されていたもん。
私達も当初は興味津々でこっそり覗きに行ったりしていたけど、そのうち飽きた。だって、返事は毎回NOだったから。フる理由は言うまでもなくお兄ちゃんの存在。
「確かに、あいつは今までの告白は全部蹴ってきた。けどな、今回は相手が違うんだ。サッカー部のエースで家が金持ちでなおかつイケメンなんだよ! もしかしたら……」
「絶対ねえよ」
「本当にそう言い切れるのかよ!」
「百パー言い切れる。私と涼太の全財産と命賭けたっていい」
「ええ……そこまで……?」
「勝手に賭けんなよ」
返事がわかりきっている告白なんて見に行ってもつまんないし。
「だ、大丈夫ですよ先輩! 私はとっても興味あります!」
「か、笠井! お前は本当にいい奴だな! よし行くか!」
「あ、でも、すみません……このあと、掃除の当番があって……」
「ええ……」
さらに項垂れるお兄ちゃんに涼太が追い討ちをかける。
「俺らはそんなのもう卒業したんだよ。覗きてえんだったら、トシ兄一人で覗いてくればいいだろ」
「あ、俺一人じゃないぞ」
「え? 誰が」
「もー! とーしろーくんてば私を置いてかないでよ! 探したんだよ!」
教室の外から女子の声が聞こえてきた。あの人は確か、葉山先輩!
「あ、りょーたくんに春花ちゃんだ! やっほー! 元気にしてた?」
「な、何で葉山先輩がここに?」
「何でも何も、綾乃ちゃんが呼び出されたのとーしろーくんに教えたの私なんだもん! えっへん!」
誇らしげに胸を張る葉山先輩。
な、夏服になったことにより、大きな胸が強調されている! 圧巻!
ああ、教室中の男子の欲望の眼差しと女子の羨望の眼差しを一身に浴びている。本人は全く気付いて無さそうだけど。
「葉山、二人は行かないってよ。仕方ないから俺達だけで行くか」
「うーん、そっかー。仕方ないね。行こっか」
「トシ兄トシ兄。俺すげえ行きたい気分になったわ」
鼻の下伸ばしまくった涼太がスマホから目を離して立ち上がった。
このおっぱい星人が。視線が葉山先輩のおっぱいに直行してんのバレバレだから。
「何だよお前、卒業したんじゃなかったのかよ」
「してねーし。俺そんなの言ったっけ?」
「涼太! 私を裏切るの!?」
涼太の服を掴んで止めようとしたけど小声で返される。
「うるせえ、俺は今、葉山おっぱいの先輩で頭がおっぱいおっぱいなんだよ!」
「何言ってるか全然わかんないんだけど」
「とにかく俺は行くぜ!」
私の制止を振り切って、教室の外へと出ていった。
どうせ目的は葉山おっぱい……じゃなかった、葉山先輩の胸を目に焼き付けるためだ。
ふーんだ。知らないもん。別に涼太が誰に鼻の下伸ばそうが知ったことじゃないし。いつか谷間で窒息して死んじゃえばいいんだ。
「……私も行く!」
いてもたってもいられなくなって、結局涼太を追いかける。
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