頭から離れない
綾乃視点です。
「あ、綾乃!? こ、これは違うぞ! 決して俺から誘ったって訳じゃ……」
「あの、その、こ、これは……」
本能に従い、間違えて冬士郎の部屋を開けちゃった! そこで見た光景は実に衝撃的だった!
なんと、ベッドの上の冬士郎に笠井さんが覆い被さっていたのよ!
最近、涼太に馬鹿だのアホだの万年脳内ピンクだの言われているけど、さすがにこの状況が何を意味するのかは分かるわよ! 二人っきりで……二人っきりで……!
プロレスごっこをして遊んでいるだなんて、二人は本当に仲がいいのね!
キュンキュンする! 冬士郎と笠井さんが合わさって、ウルトラスーパーデラックスキューティーだわ!
「笠井さん!」
「ご、ごめんなさい! わ、わ、私ったらえっちな本の事で頭がいっぱいになっちゃって……」
「これから真優ちゃんって呼んでもいい!?」
「は、はい?」
慌てた様子で冬士郎から離れたかと思うと、目を丸くする真優ちゃん。
超かわいい! やっぱり、冬士郎と年下の女の子はサイコーだわ!
「ね? ね? いいでしょ!?」
「あ、あの、柊先輩?」
「私の事は綾乃でいいわ! 苗字だと愚弟と被っちゃって変じゃない!」
「そ、それじゃ、綾乃先輩?」
キュキュキュのキューン!
「キャー! 超かわいい! 真優ちゃんだーいすき!」
思わずぎゅっと抱きしめちゃった! 幸せ! キャー冬士郎が口を開けてポカンとしてるー! 冬士郎ももちろんだーいすき!
「あら?」
床に落ちているどこかで見たことのある本を手に取る。
「だ、ダメです綾乃先輩! そ、それは久我先輩の秘密の……!」
「笠井ちっがーう! それは……」
「これ、涼太の持ってたえっちな本じゃない」
「……え?」
大方、二人の勉強会に途中参加する際に持っていこうとしたけど、春ちゃんに止められて、一時的に冬士郎に預けていた。そんなところね。
ふふん、自分で言うのもなんだけど、頭はいい方なのよ。これくらいの状況把握は容易だわ。
「久我先輩のじゃなかったんですか?」
「だからさっきからそう言ってるだろうが!」
「そうよ! 冬士郎がこんな下劣な本持っているわけないでしょ!」
「そ、そんな! す、すみません久我先輩! 私、変な勘違いを!」
「あ、ああ。もう気にすんな。だからそんな連続で頭を下げるのはやめるんだ」
この本について、一体何があったのかしら? うーん、わかんなーい!
それにしても、本当に愚かな弟。
女の子二人の勉強会にえっちな本片手に参加しようとするなんて常識を疑うわ! こうしてはいられない!
冬士郎の部屋を出るのは滅茶苦茶名残惜しいけど、今は涼太を連れ帰らなきゃ!
そのまま、春ちゃんの部屋へと向かい、開ける。
「涼太、帰るわよ! これ以上、春ちゃんと真優ちゃんに迷惑をかけさせないわ!」
「げっ、姉ちゃん!」
言ってから気付く。春ちゃん的にはこのまま涼太と勉強を続けたいのかな? 春ちゃんがそれを望むというのなら、私は引き下がるけど。
春ちゃんにアイコンタクトでそのような意思を伝えておく。
「あーいいよいいよ綾姉ちゃん。それとこれとは別。さっきね、真優ちゃんの事を援交してそうって言ってたんだよ。信じらんない」
「ドスケベ淫乱ビッチの変態サキュバスですって!?」
「そこまで言ってねえよ!」
「私の可愛い可愛い後輩の真優ちゃんをそんな風に呼ぶなんて絶対に許さない! 来なさい涼太! 勉強より先に絶望を教えてあげるわ!」
「いやああああ!!」
「じゃあね。冬士郎に真優ちゃん! 勉強頑張ってね!」
***
泣き顔の涼太くんを引きずって、柊……じゃなかった。綾乃先輩が帰っていった。
「ごめんな笠井。今のを聞く限りじゃ、涼太の奴がふざけたことを言っていたらしいじゃねえか。俺が代わりに謝る」
「い、いえ! 久我先輩が謝ることでは! こちらこそ、さっきは失礼な事を!」
本当にどうやって言い訳すればいいんだろう。あの本を読んで得た知識があまりにも刺激が強すぎて……。
「だから気にすんなって笠井。あんな本を初めて読んだらパニクるのも仕方ねえよな。結構過激な奴だし」
「……読んだんですか?」
「…………………読んでねえ」
「す、すみません! そうですよね!」
「読んでねえ!」
「二回言わなくても!」
「ゴホン、それはそうと!」
無理矢理話題を変えるためか、先輩は大きく咳払いをする。
「久我先輩ってやめね?」
「え?」
「だってほら、綾乃の事はこれから綾乃先輩って呼ぶんだろ? それでよくよく考えたらさ、俺のこと久我呼びじゃ、春花と被るじゃねえか」
「た、確かに」
「そういうわけで、俺のことも冬士郎呼びでいいぞ」
と、とととととと冬士郎先輩!?
そ、そんな! 一気に下の名前呼びだなんて……! ハードルが高過ぎる!
お、落ち着こう! あのえっちな本のヒロインも初対面の男の先輩を下の名前で呼んでた! あれくらい、積極的に呼ばなきゃ!
「ほら、呼んでみ?」
「と、冬士郎先輩……?」
「あー悪い、長くなるな。やっぱ久我のままでいいぞ」
「いえ! これからはこの呼び方で呼ばせていただきます!」
「そ、そうか。ん? 笠井、お前顔赤いぞ? 熱でもあるんじゃ……」
「だ、だ、大丈夫です! そろそろ休憩時間も終わるので失礼しゃせていただきましゅ!」
盛大に噛みながら、部屋を飛び出す。これ以上あの部屋にいたら、頭が沸騰しちゃう!
逃げるように春花ちゃんの部屋へと戻る。
「ど、どうしたの真優ちゃん。そんなに慌てて」
「な、何でもないんだよ! 勉強しよっか勉強!」
それから、つつがなく勉強会は順調に進む。午後六時を回った辺りで切り上げて、帰ることにした。
今日はドタバタと色々あったなあ。涼太くんが来たり、冬士郎先輩の部屋にお邪魔したり、え、えっちな本を読んだり……。
あ、あれ? おかしいな。あの本の内容が脳裏にこびりついて離れない。ダメ、早く忘れなきゃ!
全然頭から離れない! どうしよう! 寝れば忘れるよね!? 明日の朝にはスッキリ忘れてるよね!?
なんか顔が熱い! 私、どうしちゃったんだろ!?
綾乃さんは人一倍嫉妬深い癖に人一倍鈍感なため、修羅場にはならないのでした。
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