ロクでもない過去は封印したい
「って事が昨日の晩飯の時にあったんだよ」
次の日、向かいの柊家にて、涼太と綾乃の二人相手に糖尿親父の事を愚痴っていた。
涼太は大笑い。綾乃はクスリと小さく笑っていた。
「ギャハハハハ! やっぱ俺、あのおっちゃん好きだわ! 精神年齢俺らと大して変わらねえもん!」
「相変わらず愉快なお父さんね。毎日楽しそうだわ」
「いや、毎日見せられたらうんざりするぞ」
「いやいや、俺、未だにあの事件忘れてねえもん」
「あの事件? 何の事だ?」
「俺が小1の時だっけか? 春花が楽しみに取っていたおやつをおっちゃんが盗み食いしたあの事件だよ」
ああ、あれか。お菓子が無いと気付いた春花は泣き叫んで大変だった。お袋が速攻で親父が犯人だと決め付けてジャーマンスープレックスをお見舞いした時は子供ながら恐怖を覚えた。
「俺、しばらく笑い止まらなかったし。今でも思い出したら笑っちまうわ」
「それ、私も覚えてるわ。あの時のおばさんはとてもかっこよかったわ」
「そうか? 俺は恐怖のあまり、しばらくお袋を怒らせないように努めていたけどな」
「つーか、あんなおばちゃんが母親で何でグレてたんだよ」
「当時の俺はどうかしてた。お袋のジャーマンを何発もらっても考えを改めなかったんだからな」
「もらってたんかい」
中学の時はこれ以上思い出したくないな。話を逸らすか。
「そういえば、こっちの親父さんは元気にしてるのか? 俺、最近会ってないんだよな」
「ピンピンしてるわ。昔から変わらずに固い人よ」
ほう、そうか。変わらないのか……。
「トシ兄確か、ガキの頃は俺らの父さん嫌いだったよな。今もだっけか」
「嫌いっていうか、苦手なだけだ」
「ほぼ同じだろ。まだあの時の事引きずってんのかよ」
「あの時?」
「覚えてねえの? 俺と春花が小3だった時のアレ」
つまり、俺と綾乃が小4だった時の話か。
あ、ヤバイ。俺に備わった黒歴史センサーがビンビン反応している。これ以上この話を続けるのはマズい気がする。別の話題を出して逸らすか。
「涼太、デスサバイバル10の続報について話そうぜ」
「んなもん興味ねえよ。その時のトシ兄が俺らを連れ出して」
「か、帰る!」
このままここで涼太の話を聞くのはマズい。一刻も早くここから逃げなければ!
しかも、今日は休日だ。このまま柊家にいたら、あの人と出会って思い出す可能性だってあるじゃないか!
急いで玄関へ向かおうとリビングの扉を開けた。
―――ドン
急いでいたあまり、扉の向こうに人がいるかの確認を怠ってしまい、思いっきりぶつかってしまう。
「あっ」
目の前には眼鏡をかけて、背の高い壮年の男性が立っていた。
如何にも厳格な雰囲気を醸し出しているこの人は柊暖也。綾乃達の父親である。
「……大丈夫かね? 冬士郎君」
「は、はい。大丈夫です! 申し訳ありませんでした! 以後気を付けます! それでは失礼します!」
深々と頭を下げて、この家から脱出しようと足を前に出そうとした。
が、
「冬士郎……もう帰っちゃうの?」
綾乃が弱々しい声を発しながら、服の裾を掴んできた。
「えっとな、急に用事を思い出したんだ! また来るわ……つか力強っ! 全然手離せねえんだけど!」
「……綾乃もこう言っている事だし、私に構わずもう少しゆっくりしていってはどうだね?」
「ハハハ! 大丈夫です! お暇させていただくであります!」
これ以上親父さんの顔を見るのは、ガチでマズい! あの時を鮮明に思い出してしまう! かつて、綾乃の顔を見た時のように!
物凄く凄い力で裾を掴む綾乃から解放されようと力を踏ん張る。
服の裾がビリッと破れ、綾乃の手には破れた服の切れ端だけが残った。どんだけ力強く掴んでんだお前。
「じゃあな綾乃、涼太! また今度来るな!」
速攻で柊家を出て、向かいの我が家に猛ダッシュ! 玄関を通り過ぎ、自室の部屋を蹴り開けてベッドの上に座り込む。
やれやれ、危なかった。ベッドにダイビングするほど詳細に思い出さなかった。良かった良かった。あの羞恥心に比べたら、服が破れる事なんて安いもんだ。
もうあの時から何年も経つのか。俺ら兄妹とあいつら姉弟の関係は未だに変わらない。当たり前のようにお互いの家に出入りして、何気ない事をしてすぐ出ていく。そんな関係。
例外は高校一年の時くらいか。俺が黒歴史だなんだと言って、一方的に綾乃から距離を置いていた頃だ。何してんだろ俺。
ベッドに隣接した壁にもたれ掛かると、安心感からか、急な眠気が俺を襲う。ああ、抗えない。
***
今からもう七年前の事だった。俺と綾乃が小4、涼太と春花が小3だった頃の話だ。
時期は夏休みに入ってすぐの事だった。当時の俺は非常に行動力があり、唐突な思い付きで皆を連れ出してどこかに行くというのが良くあった。
ある日、同じクラスだった森脇君から情報を入手した。要約すると、『ここから遠い森にめっちゃカブトムシいたぜ』との事だ。
早速、俺は虫取りの準備を整えて、春花と共に綾乃達も誘う。
当時の春花は今とは違い、俺にベッタリだった。俺が出かけようとすると、毎回付いてくる程だった。
綾乃は二つ返事で了承。涼太はポケモンをやっていたが、「もっとリアルな冒険をするぞ!」とか何とか言って無理矢理連れ出す。
実際、冒険気分だった。家から遠く離れた森に行き、小学生にとってはかけがいのない宝であるカブトムシを取りに行くのだから。
俺は皆のリーダーとなり、カブトムシに向けて出発進行!
バスを乗り継ぎ、やがて森に辿り着く。乱獲開始、最初は面倒臭がっていた涼太も、「ヘラクロス捕まえるぜぇ!」とか言ってノリノリだったのを覚えている。
やがて、夕方になり、虫かごを集めて皆の成果を見てみる。
春花はゼロ。蝶々を笑顔で追いかけてばかりで肝心なカブトムシを取れていない。それでも物凄く楽しそうだったが。
涼太は五匹くらいカブトムシを取っていた。「こいつら、いつか進化してドスヘラクレスになるから!」
とか何とか、滅茶苦茶な事を言っていた。
俺は倍の十匹。カブトムシだけでなく、クワガタも入っている。年上で皆のリーダーだから負けるわけにいかないのだ! これもリーダーの威厳を保つためだ!
綾乃? 三十匹。綾乃相手には昔から何を競っても勝てた試しがない。それでも、俺は頑なにリーダーの座を譲る気なんてない。
散々遊び回ったし帰ろうかとする。綾乃の捕まえたカブトムシを半分春花の虫かごに移して帰路に付いた。
しばらく歩いて、先陣を切っていた俺は重大な事に気が付いた。
恐る恐る皆に振り向いて告白する。
「帰りのバス代失くした……」
リーダーの座、譲った方が良かったのかもしれない。
面白いと思ったら、感想やブクマを頂けると嬉しいです。大きな励みとなります。




