久我家の父親
ある日の休日。
大した予定がないにも関わらず、やたら早く目が覚めた。
時刻は六時半。妙に目が冴えてしまっていたので二度寝する気も起きず、体中の骨をパキパキ鳴らしながら一階のリビングへと降りる。
それにしても、先週の土日は色々と充実した休みだった。紫藤先輩と映画を見て、その、まさかお泊まりする事になったのもそうだが、綾乃がデスサバイバルの一作目を見てあんなに号泣してくれるとは思わなかった。涼太は死にそうな顔で見ていたが。
一時期は俺の感性がおかしいかと思ったが、紫藤先輩や綾乃を見て確信する。俺の感性は正常だ。むしろ、これを馬鹿にしていた右京や涼太がおかしいんだ。
リビングの扉を開けると、既に先客がいた。
「おはよ親父」
「ん、冬士郎か。おはよ」
俺の親父が朝飯を食っていた。俺も朝飯を食おうと食パンをオーブントースターで焼き始める。
数分後、チン、と音が鳴り、いい具合に焼けた食パンが出来上がる。
そのままバターを塗り、ひとかじり。程よい食感が口の中に溢れる。
「おいおい、つまんねえ朝飯だな。鉄板中の鉄板じゃねえか」
「朝飯につまらないもへったくれもあるかよ」
「もっとこう、男らしくガッツリ食えガッツリと。俺みたいに!」
親父の食っていた朝飯に目をやりながら尋ねてみる。
「なあ親父。親父が今食ってるそれ、何か言ってみ?」
「いちごパフェ」
クリームの付いたいちごを口に頬張りながらいけしゃあしゃあと答える。
「朝っぱらからそんなもん食ってる奴に男らしくとか言われたくないんだけど」
「何だと、パフェの何が悪いってんだ。すっげえ甘くて幸せになれんだぞ。やめられねえよ」
「ホントに飽きずによく食うわ。糖尿病になるんじゃないのか?」
「大丈夫大丈夫。もうなってるから。これ以上ひどくはならねえよ」
「なってんのかよ」
そのまま続きを頬張る幸せそうな顔をした親父。
俺の親父である久我秋太郎は極度の甘党なのだ。お袋に控えめにするように注意されても、時折目を盗んで糖分を摂取している馬鹿な親父だ。
こんなお袋が起きていない時間帯にわざわざ早起きしたのもこれを食べるためだろう。
「お前はもう少し食え。健康に気を使え」
「糖尿病になりながらパフェ食ってる奴に健康語られるとか屈辱しかねえよ」
「ふーむ」
美味しそうに朝飯を食う親父を眺めていると、いちごを乗っけたスプーンを俺に差し出して来た。
「一口食う?」
一口だけならまあ。
「いる」
「誰がやるかバーカ」
思いっきりバカにした顔で俺に差し出していたスプーンを口に含んだ。はっ倒してえこの甘党野郎。
「それ食べ終わったらコップ何処にしまうんだよ。お袋にバレたらただじゃ済まないだろ」
「心配すんな。庭にでも埋める」
「そんな犬みたいな真似やめてくれよ」
どうやら止めても無駄らしい。さっさと諦めてソファに座り、スマホをいじり始める。
昔からこんないい加減でだらしない父親だ。父親としての威厳は微塵も感じられない。
……いちごパフェを食べ終えた親父はカップを持って外へと出ていく。マジで埋めるんかい。
***
「冬士郎、春花、ごはんよ」
一日をダラダラと過ごし、いつの間にか晩飯の時間になっていた。
お袋に呼ばれてリビングに向かい、自分の席へと座る。
「うわ、今日ピーマンあんの?」
春花が用意されていた晩飯のメニューを見て不満を漏らした。
春花の言う通り、炒められたピーマンがメニューの中にあった。
「春花、好き嫌いをせずにちゃんと食べなさい。いつまでも子供じゃないのよ」
「ちぇー、分かったよ」
「お父さんもピーマン残さずにちゃんと食べてね」
「ええ……」
春花は渋々食べ始めたのにも関わらず、親父は不満そうに頬を膨らませた。死ぬほど可愛くない。つーか死んでほしい。
親父は食卓を見渡してからお袋に言った。
「母さん、ドレッシング」
「あら、忘れていたわ。ちょっと取ってくるわね」
お袋は台所の冷蔵庫を漁りにいった。
お袋が目を離した一瞬の隙を見計らい、親父は俺の皿へとピーマンを箸で移そうとしてきた。
すかさず、親父の箸をピーマンごとがっちり挟む。
「おい親父。何苦手なピーマン息子に処理させようとしてんだ」
「ちげえよ。俺はお前の健康のためを考えて分け与えようと思ってんだ。お心遣いに感謝しろよ」
「息子のことより自分の心配しろよ糖尿親父。待ってろよ。今お袋呼ぶ―――」
お袋を呼ぼうとした瞬間、親父は空いていた左手でピーマンを手掴みし、俺の口へと捩じ込んだ。
「呼ばせねえよ。それにな、あらかじめ、ドレッシングは冷蔵庫とは別の場所に隠してあるんだ。しばらくは夏葉……じゃなくて、母さんはこっちに来ねえんだよ!」
思えば、親父はずっとリビングで過ごしていた。お袋がピーマンを使った料理をしているのも分かっていたのだろう。
それにしたって、ピーマンを息子の皿に移すためだけに何でそんな事前準備してんだこの親父。
春花にアイコンタクトで助けを求めたが、春花は辛そうな顔をしながらピーマンを飲み込むのに必死でこちらに気付かない。
人に押し付けないだけ偉いぞ春花。それに比べてこの親父は情けない。
すぐにピーマンを飲み込み、抗議を再開する。
「いい年した大人が何やってんだよ大人げないな!」
「うるせえ! 俺の心は少年のままなんだよ!」
「少年でもこんな姑息な真似しないだろ!」
「つーか、何でピーマンってあんなに苦いんだよ! もはや料理を作る人間に問題があるんじゃ―――」
―――ザクッ
台所から何かが飛んできて、親父と俺の間の机に突き刺さる。包丁だった。
「ごめん、手が滑ったわ。次は当てる。お父さん、夕食は静かに食べてね?」
「はい」
「ほら、ドレッシング」
「よ、よく見つけられたな。冷凍庫の奥に隠してたのに」
なんて所にドレッシング隠してんだこの親父。
「あんたが何処に隠したかなんてすぐに分かるわよ秋太郎。何年も伊達に妻やってないのよ?」
「あ……そう」
「それと、庭に埋めてあったあのカップもあとできっちり説明してもらうからね」
「うぐっ」
「ドレッシングもしっかり使いなさいよ。せっかく取ってきてあげたんだから」
何もかもモロバレじゃないか。
カチカチに凍りついたドレッシングの中身を眺めながら、親父はため息をついた。
まったく何て親父だ。柊家の親父さんとは偉い違いだ。
俺もあの親父さんみたいな威厳のある方が良かったな……怖いけど。
次回、柊家の父親登場。
面白いと思ったらブクマや感想などを頂けると嬉しいです。大きな励みとなります。




