心配でたまらない!
一旦、台風当日の夜に時間が巻き戻ります。涼太視点です。
外はすげえ風雨だ。今回の台風は規模が違う。自然災害とは実に恐ろしい物だ。
しかし、今俺は台風より厄介な存在を必死に相手していた。ご存知、アホの姉ちゃんだ。
「待てって姉ちゃん! こんな天気で外出たら死んじまうって!」
「離して涼太! 冬士郎が……冬士郎がまだ家に帰ってきていないの! 探しに行かなきゃ!」
そう、トシ兄がまだ久我家に帰ってきていないのだ。確か、今日公開された例のクソ映画の続編を見に行くと言っていた。
あのクソ映画がトシ兄の何を駆り立てているのかは知ったことじゃない。見に行きたかったら見に行けばいいと思うけど、こんな日に帰ってこないとなると、心配にもなるだろう。
「こんなことなら……私も冬士郎についていけばよかった! カップルみたいに一緒に映画みてキャッキャウフフしたかった!」
「落ち着けって! トシ兄なら多分無事だから!」
「うう、せめて久我家で春ちゃんと一緒に待つもん!」
「こんな天気じゃ、久我家に行くだけでもずぶ濡れだろ!」
何やってんだトシ兄の奴。せめて連絡くらいくれればいいだろ。
おっ、スマホが震えた。なんだ春花か。
『お兄ちゃん、シドーっていう友達の所に泊まるって。無事らしいよ』
何言ってんだあいつ。台風で頭おかしくなったのか? シドー? 破壊神か何かか?
ともかく、シドーだかムドーだか知らねえけど、無事ならいいか。姉ちゃんを安心させてやらねえと。
「今、春花からライン来たけど、友達んちで泊まるんだと」
「ホント!? 無事なの!?」
「ああ、だから明日には帰ってくるだろうよ」
「良かった……ところで誰の家に泊まるって?」
「ああ、それは……」
破壊神シドーと言いかけたところで、またも春花からラインが来る。
『綾姉ちゃんにシドーって伝えたらダメだからね! 姉ちゃんの知っている女の人らしいから! なんとか誤魔化して!』
何、シドーってメスだったの? とかいう冗談はおいといて、確かにトシ兄がどこぞの女の家に泊まるって姉ちゃんが知ったらどうなるかは想像がつく。
真の破壊神になってシドーを手にかける可能性が出てきちまう。シドーとやらの命運は俺の手に懸かっていると言っても過言じゃねえな。
「えーとな、魔王ムドーの家に泊まるって」
「全然大丈夫じゃないわ! このままじゃ、冬士郎が夢よりも遥かに恐ろしい現実という物を見せられてしまうわ! 助けに行かなきゃ!」
「だークソ! だから落ち着けっておい!」
またも家を飛び出そうとする姉ちゃんを必死に食い止める事になってしまった。
つかトシ兄、何台風にかこつけて女の家に上がり込んでんの?
ま、ヘタレのトシ兄が自分から手を出すとは思えねえけど。
***
次の日の朝、台風は夜中のうちに過ぎ去り、台風一過により空は晴れ晴れとしていた。
俺はいつも通り、日曜の朝っぱらから今人気のハンティングゲームを始める。
姉ちゃんは珍しい事にまだ寝ている。昨日の夜から、トシ兄の事が心配で心配で堪らなくて遅くまで起きていたようだ。心配のあまり、ラインで連絡を取るという手段も頭になかったらしい。
さーて、今日も狩りまくるか、狙いは剛角だ。
「涼太!」
トシ兄がノックもせずに扉を蹴り開けてきた。帰ってきてたのか。
「よ、トシ兄。世間は台風だなんだで大変だったって時に女の家に上がり込むとはいいご身分で」
「あのなあ、俺だって泊まりたくて泊まった訳じゃ……ついデスサバイバルの魅力について語りすぎてしまってよ」
「何処に魅力なんてあるんだよあのクソ映画」
「んだとゴラ。いい機会だ。お前にデスサバイバルの魅力をたっぷりと分からせてやる」
しまった。余計な事言わなければよかった。こうなったトシ兄は止まらない。
***
「でな、太郎はヒロインの花子に『一年間も風呂に入ってない人とはお付き合い出来ません』って言われて最初はフラれるんだよ」
うわ、天鱗いらねえ。俺欲しいの角なんだよ角。
「やがて、フラれたショックで太郎は第六次世界大戦を巻き起こす事になるんだけどな」
あーしまった。頭部位破壊せずに倒しちまった。こんなんじゃ角なんて出ねえわな。五つぐらい必要なのに。
「大戦中、お馴染みの神様が降臨したと思ったら花子を洗脳して、太郎の事が大好きな女の子にするんだよ。そのままなあなあで大戦に打ち勝ち、世界を支配するという目的を成し遂げた太郎は花子と仲睦まじく暮らしていくんだとさ。素晴らしいハッピーエンドだった!」
あ、起き攻めされた。今のはしっかりと避けるべきだったな。
「おい、聞いてるのか涼太! せっかくデスサバイバル9の魅力を語っているというのに!」
「花子がブロッコリー星の住民だってとこまでは聞いた」
「ブロッコリー星じゃない! 究極惑星ブロクレスリーゲントだ!」
名前なげえよブロッコリーでいいだろもう。あとどんだけ世界大戦してんだよ。
つか、ホント角出ねえな。頭の部位破壊は毎回していかねえとな。
「冬士郎、無事だったのね! 心配したのよ!」
脳破壊済みの奴が来た。寝癖もろくに直さずにトシ兄の顔を見て涙を流している。
「よう綾乃。春花から聞いたけど、心配かけたみたいで悪いな」
「ホントに大丈夫? ムドーから氷の息と稲妻の二連コンボ食らってたりしていない?」
未だに昨日のムドーを真に受けているようだ。当然、トシ兄は顔をかしげる。
「何言ってんだ。そんな死闘繰り広げてねえよ。ムドーって何だムドーって」
「えっ、私、ムドーの城に泊まるって聞いたけど」
城とは言ってない。
「おい、綾乃。お前なんか勘違いしてるぞ。俺はムドーの城になんか泊まってねえよ」
「え、じゃあ昨日は何処に泊まったの?」
「それはだな」
「トシ兄、俺、急にすっげえデスサバイバルに興味持ったわ。今すぐ教えてくれよ」
「涼太……ようやく興味を持ってくれたか……」
よし、話を逸らす事には成功した。デスサバイバルの話なんて一ミリも聞きたかねえけど、背に腹は変えられない。
「それはそうと綾乃。昨日俺が泊まったのは紫藤先輩ん家だ」
このボケ念仁が。そんなこと姉ちゃんが聞いたら殺人鬼になっちまうぞ!
と、止めねえと! 身内が犯罪者になるのはなんとしてでも止めねえと!
が、しかし。
「さすが紫藤先輩! なんて親切な人なの!」
「だろ!? 心が広すぎるよな」
あれ? 思っていた反応と違うな。
すぐさま、姉ちゃんに耳打ちをする。
「姉ちゃんいいのかよ。男と女が同じ屋根の下になったら普通やることは一つだろ」
もっとも、トシ兄にそんな度胸は全くねえけど。
「何言ってるのよ涼太。冬士郎が私以外の女にうつつを抜かすわけないじゃない!」
呑気だなホント。どっからそんな自信が沸いてくんのか。てめえにうつつ抜かした事すらねえだろ。
「何をこそこそ話してるんだ? 涼太、さっそく俺ん家でデスサバイバル2を見せてやる」
「いや、やっぱ死ぬほど興味ねえからいいわ」
「遠慮すんな! さっさとこい!」
「私も見てみたーい!」
「綾乃もか! だったら一作目から見る必要があるな!」
え、嫌だ。あのクソもう一回見せられんの? 今日は一日中狩りまくる予定だったのに。
俺の抵抗もむなしく、貴重な日曜日はクソ映画鑑賞で潰された。この世は理不尽だ。
涼太の取り越し苦労で済んで良かった良かった。
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