紫藤玲衣は無防備過ぎる
結局、先輩に止められて、一晩泊まらせてもらうことになった。なってしまった。
とりあえず、親に「今日は友達の家に泊めてもらう」という趣旨の連絡は入れておいた。
親に連絡を入れてしばらく経つと、春花からメッセージが送られてくる。
『向こうの了承なく手を出したら分かってるよね?』
はい、分かっています。一生口を利いてくれないかもしれない。それだったら殺された方がマシだな。
今、先輩は風呂に入っている。幸い、電気等はまだ通ってはいるようだ。
その一方、俺は正座をしていた。なんせ、綾乃以外の女の人の家に泊まるのは初めてだ。そのせいで落ち着いてスマホをいじる余裕すらない。
落ち着け俺。童貞臭いことを考えるな。先輩の善意を無下にする事だけは絶対にしたくない。
「素人くーん、ちょっと頼みたいんだけどー」
「はい!? なんでございましゅでしょーか!?」
洗面所からバスタオルを頭にかけた先輩が顔だけを出してきた。思わず接客中の笠井みたいな噛み方をしてしまった。
「悪いんだけど、そっちのタンスから適当な下着とってくれないかな? うっかりこっち側に入れるのを忘れてしまってさ」
「な、な、何ほざいてるんですか! 出来る訳ねーだろ!」
「大丈夫大丈夫、別に変な匂いはしないと思うから」
「そういう問題じゃなくて!」
「頼むよー。それとも、素人君は私に一晩ノーパンで過ごせっていうのかな? それは少し人間性を疑うよ」
「男に下着持ってこさせるあんたはどうなんだ! あーもう、分かりました! 分かりましたよ!」
「あ、パンツだけでいいから。私、寝る時にはブラを着けないタイプなんだ」
「余計な情報はいらないです!」
ど、どうして俺が先輩のパ、パンツを……!
仕方ない。タンスを開けて適当なパンツを探そう。
一番上の引き出しを開ける。ブ、ブラジャー用のスペースだった! それも春花のとは全然違う大人っぽいデザインの……!
ん? ラインにメッセージが来た。春花からだ。
『うるさい』
うちの妹はエスパータイプだった。
「おーい素人君。早くパンツを取ってくれよ」
ああもう! ブラよりも早くパンツを探さないと! これじゃまるで、パンツ専門の下着泥みたいじゃねえか!
タンスからパンツを目を瞑りながら手に取り、洗面所で待っている先輩に手渡す。
「ああ、悪いね。ふむ、随分と凄い物を持ってきたな……」
「言っときますけど俺何も見てませんから! 目閉じてましたから!」
「ははは、そういう事にしておいてあげよう。私は寛容な先輩だからね」
「だから違いますよ!」
***
その後、先輩とデスサバイバルシリーズを語り合ったり、二人でゲームをしたりしながら時間を潰す。
深夜の二時を回った辺りで、今日はこの辺にしようという話になった。
気付けば、先輩は二人分の布団を敷いていた。
「あー先輩。俺、玄関で寝ます」
「ダメだよ素人君。客人をそんな所で寝かすわけにはいかないさ」
「でも……俺は男ですし」
「あのね素人君。私は君を信頼しているんだ。君が相手の許可を得ずに間違いを犯そうという人間とは思っていないさ」
「せ、先輩……!」
「ていうか、素人君にそんな度胸があるとは微塵も思えないしね」
「せ、先輩……」
完全に舐められているな……。なんだかんだ一年共にバイトしているだけあって俺の事を分かっている。
とにかく、敷かれた布団に潜り、寝ようと思った。
しかーし。
「うーん! 全く眠れないな! どうしようか素人君!」
テンションたけえなこの人。俺、寝ようと思ったら寝れるんだけど。
「何か話をしよう。何かないか何か」
「じゃあデスサバイバルでの太郎の第三の生き別れの弟である四郎の話を……」
「うーん、デスサバイバルはもういいんじゃないかな。十分すぎる程に話し合ったじゃないか」
「それもそうですね」
「あ、そうだ! 恋バナしよう恋バナ!」
「恋バナ……?」
修学旅行の夜によくあるあれだ。女の人とするのは初めてだ。
「素人君、誰か好きな人はいないのかい?」
「いや、いませんけど」
「うーん、残念。彼女は欲しくないのかい?」
「それは欲しいですけど……」
当然、俺も彼女は喉から手が出る程に欲しい。中学の時、金髪にしたのもモテると思った一心で……。
「どうした素人君。枕に顔なんか埋めて」
「何でもないです。先輩はいないんですか好きな人」
「うーん、いないなあ。適当に素人君にでもしようかなー」
「んなもん適当に決めないでくださいよ」
「ははは、その通りだ」
まったくこの人は。俺じゃなかったら勘違いされているぞ。
「それじゃ素人君。綾乃君や真優君についてどう思う?」
「綾乃と笠井ですか?」
ふと、隣の先輩の顔を見ると、にんまりとした笑みを浮かべていた。
「どう思うも何も、綾乃は大事な幼馴染かつ恩人で、笠井はちょっと内向的な後輩ってところですね。いい奴らですよ」
「あ、うん、そうか」
「そうだ。先輩、この間俺に言ってましたね。今度、バイト組の四人で何処かへ遊びに行こうかって話」
「ああ、あの二人にも声をかけておいたよ。二人とも絶対行くって即答していたさ。とはいえ、まだ何も決まっていないんだけどね。素人君は何か希望があるのかい?」
「そうですね……夏休みに皆で海行くのとかどうですか?」
「海か。いいね。候補の一つに入れておこうか」
そう言いながら先輩はスマホのメモ帳アプリを起動させてメモを取った。
「一応、あの二人にも今度、色々聞いておくよ」
「じゃあお願いします」
「ふわあ、何か眠くなってきたな。寝れそうだ。お休み素人君」
「先輩、最後に一ついいですか」
「なんだい?」
「その、風呂上がった後の下着の件なんですけど、一旦ズボン履いてから下着をタンスから取って、もう一度洗面所に戻って履けばよかったんじゃないですかね。今更ですけど」
「その考えは無かった! さすが素人君!」
「いや、そんなんで褒められても」
そして、急に静かになった。何事かと隣を見ると、先輩は既に眠っていた。
さっきまであんなにはしゃいでデスサバイバルシリーズを語ったり、ゲームをしたりしていたのになあ。黙っていたら普通に美人なのに……。
まあいいか。俺も寝よう。なんだかんいって、今日は楽しかったな。
たまにはこういう日もありかもしれない。
***
さて、朝になり、ふと目が覚める。あ、そうか。俺、昨日は先輩の家に泊まったんだっけ。
そんな事を思いながら、何気なく首を横に向ける。
「なっ……」
涎を垂らした先輩の寝顔が目の前にあった。
近い近い近い近い! 十センチぐらいしか間がない!
「ぎゃあああああ!」
眠気なんて吹き飛んで、悲鳴を上げながら飛び起きてしまう。寝相悪すぎだろこの人は!
「ん、ああ素人君おはよー。ってまだ朝の七時じゃないか。もう少し寝ようよ」
「いくらなんでも無防備すぎます! あ、ほら! パジャマのボタンとれてる! 早く付け直してください!」
「面倒だから却下ーお休みー」
そのまま、先輩は自分の布団に戻らずに二度寝を決め込む。
この人、完全に俺の事を男として認識してないな……勘弁してくれよ。
冬士郎の童貞っぷりが炸裂しましたね。
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