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人目の無い場所でじっくりと

 一時間半程の上映が終わり、他の数少ない客が帰り始める中、俺達二人はハンカチを涙で濡らしていた。


「素人君……とても言葉で言い表せない程の感動だったよ……グスッ」

「涙が止まりません……! えっぐ……まさかあんな結末になるとは予想できなかった……!」

「ああ、まさか……太郎があの魔龍侍ジュラキアシーデ・チルグランタルスの末裔だったなんて!」

「それと、ヒロインの花子はまさかのあの究極惑星ブロクレスリーゲントの姫君だったなんて!」

「それと、四人目の生き別れの弟である五郎の正体が千年前に天創惑星シュルマキーナを滅ぼした邪神バルカザウラだったなんて!」

「間違いなくシリーズ最高傑作ですよ! これは観客動員数トップを記録しますね!」

「しかも……まさかラスボスの断末魔が“デスサバイバル10の製作決定”だとは!!」

「相変わらずシナリオライターは盛り上がるセリフを入れるのが上手いな!」


 大声で喚きながら劇場を出る。濃い一時間半だった。とてもあの濃密な内容は文字では言い表せない。


「さすがデスサバイバルシリーズ! 毎回想像も出来ない展開になるな!」

「まさか恋愛ものだと思ったら、開始十分で第六次世界大戦に突入するなんて!」

「おっと素人君、一旦静かにしよう。これから今の映画を見るファンが周りにいるかもしれないだろう?」


 辺りを見渡すと、周りの客達が俺達を見ていた。おっとマズい。ネタバレをしてしまうところだった!


「いち映画ファンとして、不必要に外でネタバレを叫び続けるのは出来る限り避けたい。楽しみを潰す真似はしたくないからな……」

「それは同感です。さすが先輩、他のファンの事をしっかりと理解している……!」

「そこでだ素人君、この後時間あるかい?」

「全然ありますけど」

「よし、だったら私の家に来るんだ! そこでじっくりと語り合おうじゃないか!」

「いいですねえ! じっくり話し合いましょう!」


***


 紫藤先輩に連れられて、とあるアパートへと連れてこられる。


「へえ、先輩ってアパート暮らしだったんですねえ」

「そうだね。まあ遠慮せずに入ってくれ」

「親御さんとかいるでしょ、ほら、休日だし」

「そんな心配は要らないよ。私は一人暮らしだしな」

「え」


 思わず目を丸くする。

 俺、これから一人暮らしの女の先輩の部屋に失礼すんの? なんか今になって緊張してきた。


 思えば、長年求めていたデスサバイバルのファンが見つかって興奮しまくって特に意識していなかったけど、女の人と待ち合わせて二人きりで映画を見るなんて始めてじゃね?

 せいぜい、小さい頃に春花と涼太と綾乃との四人で青狸の映画を観に行った事はあるけど。


 あれ? 今更だけど、今日の映画ってもしかしてデートになるんじゃねえの? そういえば、春花も言ってたような。


 しかも、映画に先に誘ったの俺じゃねえか! 一切の迷いもなく誘っちまった! 当時の俺は何てことを!


「おーい、素人君。何ボーッとしてるんだ? 入っていいよ」

「え、あ、はい」


 ここまで来てビビって帰るわけにはいかない。大丈夫、ただ、好きな映画を語り合うだけだ。

 先輩に連れられて部屋に通される。


「固くなる事はない。自分の家だと思ってくつろいでくれて構わない」

「はは、そうですね」

「まあ少し散らかっているけど、あまり気にしないでくれ」


 その散らかり様は少しどころではなかった。テレビの前には何らかのコードがぐちゃぐちゃに絡まっている。よく見るとそれらはゲーム機に繋がっているようだ。


「なんか意外。先輩もゲームするんですね」

「ああ、私は結構やる方だ。まあ、一人暮らしをする前は親の目が厳しくてあまりやれていなかったけどね。一人暮らし最高!」

「一人暮らしは人を変えるんだなあ」


 そう言いながらチラリと部屋の隅に目をやる。そこには女性用の下着が散乱していた。

 

「何だい素人君、私の下着なんかじろじろ見てどうしたんだ?」

「いや、あの、下着くらいちゃんと片付けてから部屋に通してくださいよ」

「別に問題ないだろ。素人君は確か妹さんがいるんだよね? だったら、ブラなんて家で見慣れているだろ?」


 紫藤先輩は涼しい顔でそう言ってのけた。

 いや、違うんですよ。血の繋がっている妹はそもそも、女としてカウント出来ないんで。他人のブラジャーと妹のブラジャーを同一視なんてとても出来ない。


「と、とにかくせめてあれだけは片付けておいて下さい!!」

「えー、それはめんどくさいよー」

「俺の精神衛生上よくないんです! いいから早く!」

「そこまで言われたら仕方がないな……」


 先輩は渋々と言った感じの顔をして下着類を回収し、近くのタンスに押し込んだ。もう少し危機感というものを持ってほしい。


「さて、素人君。早速だけど、デスサバイバルシリーズについて思う存分語り合おうか」

「よっしゃ、語りますか!」


 それから、人目も気にしない二人きりの空間でお互いのデスサバイバル熱をぶつけ合った。

 周りは皆、一作目を酷評してうんざりするだの、ネットでの評判もよくないだの、時々愚痴を交えながらも、時間を忘れる程に語り合う。

 さらに、そのうち二人でブルーレイで歴代シリーズを見るという流れになる。デスサバイバル3で太郎の生き別れの姉である栞が鮫になって襲ってきたあの名シーンとか、デスサバイバル4にて、太郎が異世界に転生して神様から貰ったチート能力て無双していると思ったら、全部夢でした、完。という感動の名シーンは何度見ても鳥肌が立つ。


 気が付いたら、時刻は午後七時を回っていた。時間が経つのは早いものだ。


「もうこんな時間ですか……それじゃ先輩、俺もう帰りますね。ありがとうございます」


 なんだかんだ、部屋に入る前は少し緊張していたが、実際に入ってしまえば、何ら変わりようのなく、先輩とじっくり語り合えた。

 いくらなんでも、一年の付き合いの先輩だ。緊張する事なんて何もなかった。

 そう思って、帰ろうと準備をする俺に、


「待つんだ素人君、今日は泊まっていくんだ」


 と、先輩は言ってきた。


「な、な、何馬鹿な事言ってるんですか! 常識で物言ってください!」

「大丈夫だろ、明日は日曜日だし」

「そういう問題じゃないだろ! 同じ屋根の下で男女が二人きりなんて……俺、お嫁にいけなくなりますよ!」

「いや何言ってるんだ素人君」

「とにかく、帰らせて頂きます! 先輩のえっち! スケベ!」

「男がそれを言うのは控えめに言ってキモいよ素人君」

「とにかくさよなら!」


 そう言って逃げるように玄関の扉を開けた瞬間、物凄い勢いの雨風が俺を襲う。


「ぎゃああああ!! 何だ何だ!」

「危ないぞ素人君! 早く部屋に入るんだ!」


 そ、そうだった! 今日は夜から台風が来るということをしっかり忘れてた!

 こんな天気じゃとても外になんか出られない!


「だから言ったじゃないか。泊まっていけって……」

「そ、そうですね……これじゃ帰れないですね……」

「そういうことだ! 今晩はゲームをするぞゲーム!」


 仕方なく居間に戻ろうとして、足を止める。

 当然、今日は帰れないから知り合いの家に泊めてもらうという連絡を家に入れなければならない。

 両親だけなら、男友達の家に泊まると言って誤魔化す事は出来るだろうが、問題は春花だ。家を出る前に女性の知り合いと出掛けてくるという用事を伝えてしまっている。

 中学の時、綾乃を押し倒してしまった時から態度が冷たくなった春花だが、もし俺が女の子の部屋に泊まると知ったら……。


 こ、殺される! 


「ああああああ!! やっぱ俺、死にたくないんで帰るぅ!」

「どうした素人君! こんな状況で外に出たら死んでしまうぞ!」

「離してえ!」


 結局、パニックに陥る俺は無理矢理先輩に押さえつけられた。

 明日は帰りたくねえ……。




たくさんの感想ありがとうございます。

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