久我春花は羨ましい
「俺、今日はめんどくせえ……じゃねえや、体調悪いから後は頼むわ」
授業終わりの一年C組、放課後にある当番制の掃除がある日の事だった。
今日は涼太と私と他数名による掃除をする予定だったんだけど、涼太の馬鹿がろくでもない事をほざいて教室を出ようとしていた。
体調悪いなんてのは真っ赤な嘘だ。今、こいつが考えている事はこうだ。
『掃除してもどうせすぐに汚れるんだから、意味ねえだろ。さっさと帰った方が有意義だわアホらしい』
今日の男子バスケ部はオフの日だと聞く。どーせ、家に帰ったら速攻でゲームにかじりつくのは容易に想像がつく。
実際のところ、涼太が掃除をろくにせずにサボりを決め込むのは分かっていた。
昔からそういう奴だからだ。
なので、私は速攻で帰宅を決め込む涼太を阻止するためにあらかじめ教室の入り口に陣取っていた。
読み通り。私に道を遮られ、鬱陶しそうな顔をする
「バカ涼太、掃除」
「あー……わーったよ」
不満そうだったけど、渋々といった表情で掃除用具入れを開ける。
涼太の目が光った。気が緩んだ私の僅かな隙をついて教室を飛び出そうとスタートダッシュ。
「そんなことだと思った。バレバレ」
綾姉ちゃん直伝のローキックを足へと繰り出す。
お姉ちゃんは逃げようとする涼太をこれで止めているらしい。
「甘いぜ春花、姉ちゃん程の威力はねえな!」
しまった。蹴る力が弱かったか。手加減したつもりはなかったのに。さすが、普段から食らっているだけはある。
涼太はそのまま走って一階へと降りる階段まで向かっていく。
「私に任せて、あの馬鹿絶対に捕まえてくる!」
他の当番の子達にそう言い残して、涼太を追い掛ける。
昔からそうだ。あいつが何かよからぬ事をしでかそうとした時、私が真っ先に止めていった。奴の行動を読めるのは同年代では私くらいのもんだから。
下校しようとしている他の生徒達を掻き分けつつ、階段を降りる。
大分離されていた。逃げ足ばっか成長して……。
駄目だ。このままじゃ逃げられる……奴はもう、下駄箱だ。終わった……。
「あ、靴ねえ! 春花てめえ!」
なーんてね。朝来た時からあいつの外靴は隠してある。掃除をサボって外に逃げるのはさっきも言ったけど予想出来てたもん。
あれ? いじめかな?
さすがの涼太も上履きのまま帰るわけにもいかないだろう。
上履きのまま外に出る奴なんて後先考えないアホくらいだ。
「このまま捕まってたまるか! 靴が何だ靴が!」
アホだった。
涼太はそのまま上履きのまま外に飛び出していった。恥ずかしいからやめて欲しい。
ちなみに、あいつの靴は私の下駄箱の中に無理矢理ねじ込んである。冷静じゃないせいで気付かなかったみたいだけど。
涼太が想定以上のアホだった事を考慮しておくべきだった。今回は私の負けだ。今から靴を履き替えても間に合わない……!
「コラりょーた君! 下駄箱周辺をそんなに走っちゃダメでしょ!」
聞き覚えがない声が聞こえ、それと同時に涼太の動きがピタリと止まった。
下駄箱の死角から、知らない女生徒が現れる。
「は、葉山先輩!?」
「誰かにぶつかったらどーすんの! 靴もちゃんと履かなきゃダメでしょ!」
「す、すみません……」
あの涼太が動きを止めて謝っている!? そんな存在がこの世にいるなんて……!
驚いている場合じゃない! 捕まえなきゃ!
「捕まえた! 掃除サボらずにちゃんとやって帰ってよ!」
「えっ、ダメだよ! 大事な掃除をおサボりしちゃ! めっ!」
軽く抵抗した涼太は葉山先輩を見て、顔を青ざめさせた。
違う。葉山先輩の後ろにいた存在を見たせいだ。
そこには笑顔の綾姉ちゃんがいた。
『私の可愛い可愛い春ちゃんに何を迷惑かけているのかしら?』
みたいな事を考えているんだろう。そんな顔をしている。これは帰ったらローキックだろうな。
私と葉山先輩とやらに挟まれ、涼太はようやく観念したようだ。
そのまま、教室に連行していく。
***
そのまま教室に戻り、掃除を始める。何故か、葉山先輩とやらまでついてきて、涼太をしっかりと見張っていた。
掃除しながら葉山先輩と話して、涼太とどういう関わりなのかは大方把握出来た。
この人はお兄ちゃんや綾姉ちゃんと同じ学年で友達らしい。前に綾姉ちゃんと涼太の家で勉強会をした時に二人は知り合ったらしい。
それにしても、おっぱいが大きい。綾姉ちゃんも結構大きい方だけど、それを凌駕している。
涼太もさっきから鼻を伸ばしている訳だ。
別に羨ましくなんてないし。おっぱいなんて所詮、脂肪の塊だし。あっても邪魔で肩こるだけだし! 知らないけど!
***
「お疲れ様りょーた君! よく頑張ったねエライエライ!」
そう言われて頭を撫でられている。一見、嫌そうな顔をしているが、視線がおっぱいにいっている事は私には分かる。
場所はまたも下駄箱、今から帰るところである。
「じゃ、私は帰るね! お疲れー!」
「はい、サヨナラッス」
葉山先輩は大きな膨らみを揺らして走り去っていく。
見送った後、涼太は呟いた。
「あーでかかった……相変わらずすっげえ……」
「触らせてくださいって土下座しにいけば?」
「無理だろそんなの。俺、ただの変質者じゃん」
「実際そうじゃんおっぱい星人」
「あのな、巨乳好きが全員変質者だと思うなよ。男の性なんだよ」
「ハイハイ、そだねー」
帰り道が同じなので、自然と話は続く。
「やっぱ、あのロマンがたまらねえんだよな。眼福もいいとこだわホント」
何で私はこいつから巨乳について熱く語られなきゃいけないんだろう。
精々、大きいおっぱいに圧殺されて幸せな最期を辿ればいい。ロマンに潰されて死ぬんだったらこいつも本望だろう。
…………。
……………………。
あーもう腹立つ! 帰ったら牛乳飲も。




