笠井真優は負けられない
久我先輩を見た瞬間、柊先輩の目の色が大きく変わった。何だろう、こう、輝きに満ちたような……。
「綾乃、お前、また笠井を困らせてんじゃねえだろうな」
「何もしてないわよ。夕飯の買い出しに来たら偶然出会ったの。それにしても、まさか冬士郎がここでバイトをしているだなんて夢にも思わなかったわ!」
恐らく嘘だと思う。さっき私に久我先輩の居場所を尋ねていたし、ここで先輩が働いているのを知った上で来ているんだろうな。
「あれ、そういえばバイトの事、お前に言ってなかったっけ? 涼太には言ったっけか」
「ソーナンダ、リョータニハイッタンダ。フーン、イマハジメテシッタ」
多分、これも嘘だと思う。
久我先輩は気がついていないみたいだけど、あからさまな棒読みになっている。涼太君から聞いたのかな?
「それはそうと、冬士郎は何時までここで働いてるの?」
「今日は九時までだな。それがどうした?」
「偶然ね。私もその時間まで買い物しようと思ってたの。折角だし一緒に帰らない?」
「今六時半だぞ。晩飯の買い出しに二時間半かける奴が何処にいるんだよ。早く帰ってやれよ」
「そ、それもそうね!」
久我先輩から正論を言われて慌てふためく柊先輩を見て思い出す。
以前に涼太君と話している時にこう言ってた。
『うちんとこのアレが優等生? 俺からすりゃ人一倍のアホなんだけど』
その時はお世辞で言っているのかと思ったけど、今、目の前の柊先輩を見ていると、涼太君の言っていた事が分かる気がする。
わ、私は先輩相手になんてことを! 自分なんかが柊先輩を評価するなんておこがましい!
「じゃあ笠井、その辺の陳列は任せた。俺は向こう側やってくるから」
「は、はい。任せてください」
「何か困ったら俺に聞けよ」
「はい!」
そのまま、荷物の乗った台車を運んで向こう側へと消えていった。
「はわわ……超かっこ可愛いかった。エプロンなんて反則よ。破壊力がヤバイわ。笠井さんもそう思わない?」
「そ、そうですね」
正直な話、格好良かった事については完全な同意だった。さすがに先輩相手に可愛いとまでは思えなかったけど。
やはり、柊先輩は久我先輩の事が好きなのかもしれない。本人は隠そうとしているけれど、私から見たらバレバレだったし。
確認のために意を決して聞いてみる。
「ひ、柊先輩はその……えーと、久我先輩の事があの、す、す、好きなんですか!?」
「うん、大好きー! 普段から格好いいオーラ出してるところとか、時々垣間見える可愛いところとか、歌がプロレベルなところとか……とにかく全部好きー!!」
周りのお客さんがギョッとしていたのが見えた。私も聞いていているだけで顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「……あ、違うの。今のは冗談よ。冬士郎とはただの幼馴染。恋愛対象としては見ていないわ」
「そ、そうですか……」
柊先輩、さすがにそれで誤魔化すのは無理があると思います……。
「それよりも、買い物済ませなくていいんですか? もう随分と経ちますけど……」
「あ、そうだった。忘れてた! じゃあね笠井さん。お仕事頑張ってね!」
「は、はい。頑張ります」
そのまま買い物かごを手に取り、角を曲がっていった。
が、すぐに帰ってきた。どうしたのかな?
「大変大変! 冬士郎が知らない女の人と親しげに話しているわ! 浮気よ浮気!」
この人、本当に私に隠すつもりあるのかな?
「一体、あのショートカットの女は誰なの!? 羨ましいったらありゃしないわ!」
「柊先輩の言ってる人は多分、紫藤先輩だと思います。空崎高の三年ですよ」
「その紫藤って人、冬士郎の肩に手を置きながら、笑って話してた! なんて過剰なスキンシップなの! 破廉恥にも程があるわ! 私だってしたいのに!」
それはよく見る光景だった。私もよく紫藤先輩に同じ事をされる。
私も同じ事を久我先輩にされたいな……じゃなくて、柊先輩を宥めないと。
「お、落ち着いてください! いつものことですから!」
「いつも……!? なんて職場! 自分の権力を盾にして後輩にセクハラするだなんて!」
「いや、あの、だから……」
「こうしてはいられないわ! 早く帰って準備を進めなくちゃ!」
そう言って、柊先輩はまたも何処かへと走り去っていった。
自分の仕事もあるので、それ以上追いかけるゆとりはなかった。
それはそうと、これで確信する。柊先輩も久我先輩の事が好きだったんだ。春花ちゃんや涼太君はこの事を知っているのかな?
どちらにしても、私はあの人に勝てるのかな? ダメ、自信を持たなきゃ。私は出来る私は出来る私は出来る!
「あのー、すいません」
「ひゃいっ! な、何でございますでしょうか!」
……まずは接客を出来るようになっておかないとダメだなぁ私。
***
あー腹減った。おっせえなあいつ、晩飯の買い出しにいつまでかかってんだ。
「ただいまー! 大変大変! 大変よ涼太!」
「何?」
「冬士郎が働いている職場、とても破廉恥なの!」
「破廉恥なのはてめえの頭だろ」
「公共の場で堂々と冬士郎の肩に手を乗っけてた! 浮気よ浮気!」
「別にトシ兄が誰と何しようが浮気でも何でもねえけどな」
「それでね、私決めたの!」
「何を」
「私もあそこでバイトする! そしてミドリヤの乱れた風紀を正すのよ!」
「うわぁ……」
尚更乱れそうだなとか、それてめえがトシ兄と一緒に働きてえだけだろ、とか思ったけど、いちいち止めようとはしなかった。
だってこいつ、昔から一度決めたら絶対止まらねえもん。そのまま、やりたいこと実現させてきたもん。
「それよりも姉ちゃん……晩飯の食材は?」
「あ、忘れてた! でもかっこいい冬士郎見れたしいっか! えへへ……」
「何も良くねえよ万年発情期。晩飯どうすんだよ」
「もっかい行ってくる!」
「あーいいよいいよ! 俺が行く! いつまで経っても飯にありつけねえよ」
ったくよ、何でこんな目に。バイトするっつってたけど、トシ兄の近くでロクに機能すんのかこいつ?
お願いだから、恥かくことだけはやめてくれよ。




