柊綾乃は自分が見えない
ある日の放課後、家に帰ると姉ちゃんがドラマの録画を見ていた。最近、ハマって見始めたとのことだ。
そのドラマの内容は高校生達による学校での恋愛物語だ。なかなかの視聴率を獲得しており、学校でもよく話題になっている。たしか春花もハマっていたな。
俺はというと、姉ちゃんがリビングのテレビを占領して見ているのを横目で見ている程度で、そこまで詳しいというわけではない。
断片的に言えば、主人公の女子高生が想い人であるイケメンの高校生とじれじれしたやり取りをするといった少女漫画にありがちな話だ。
俺が主人公の女子高生に対する感想としてはぶっちゃけた話、さっさと告れや意気地無しが、と思う。ただでさえ、現実でも身近なアホが何年も告らずに恋煩いしているのを見せられているってのに。
スマホをいじりながらも、断片的に耳でドラマの内容を聞き取り続け、今週分が終了する。
結局、この主人公は想い人とデートに行ったのにも関わらず、勇気を出せずに告白しなかった。こういうじれじれとした恋愛事情が世間では受けているんだろうな。
姉ちゃんが録画を見終わり、テレビの画面を消した。
「まったく、どれだけ長い間自分の気持ちを伝えられてないのよ。情けない主人公、早く告白したらいいのに」
アホがやいばのブーメラン投げ出した。そのまま受けとるの失敗して教会送りになればいいのに。
「涼太もそう思うでしょ? 今のドラマの主人公、恋してから何ヵ月も自分の気持ちを隠し続けているのよ? 馬鹿みたいだわ」
「全面的に同意だわ。これがもし、小学生の頃から隠し続けていたとかだったら、救いようがないくらい情けないよな」
「全くよ、それと、普段はしっかりしているのに、好きな人を目の前にすると冷静さを失ってしまうなんて……こんなんじゃ恋の成就なんて夢のまた夢ね」
「そうだよなー、俺の知り合いにもそんな奴いるけどホントどうしたらいいかわかんねえわー」
「そういう人は融通効かないから慎重に取り扱った方がいいわよ」
「全くもって姉ちゃんの仰る通りだよなー!」
自分の事を棚に上げて随分と偉そうなことをほざきやがる。こいつ自分の事見えてねえの? 人の振り見て我が振り直せや。
「さて、と。最新話も見終わった事だし、春ちゃんの所に行って語り合ってくる!」
「トシ兄なら今いねえよ」
「え!? 嘘!?」
やっぱこの女、トシ兄目当てだったか。
「何で? 何で冬士郎いないの!? 今頃帰ってきてる筈じゃ……」
「バイトだろバイト」
「バイト……?」
「知らねえの? トシ兄が一年の頃から近くのスーパーでバイトしてる事。まあ知らねえか、丸一年距離取られてたもんな、俺でも知ってる情報知らなくても無理ねえかー」
よっしゃ、煽るだけ煽ったし部屋に帰るか。
いって! ローキックかましてきやがった! こいつ……!
「愚かな弟、どうしてそんな重要な情報を私に話さなかったの?」
「いや、だって聞かれてねえし」
「あのスーパーがそんな優良店になってるなんて……良い事聞いちゃった!」
あ、こいついつか行く気だな。
「あらあら、困ったわ~。晩御飯のおかずが足りないわね~」
台所からのほほんとした母さんの声が聞こえてくる。
「お母さん! 私買ってくる!」
「あらあら、いいの綾乃? 悪いわね~」
「いいのいいの! むしろ行かせて!!」
そのまま自分の部屋に駆け上がっていった。お洒落していくんだろうな、あいつ。
余計なトラブル起こさなきゃいいけど。
***
とうとう来ちゃったスーパー“ミドリヤ”! 冬士郎がバイトをしていると言う超優良店! 来るのは子供の頃以来だけど、ほとんど変わらない。
さてと、冬士郎は何処かな? ついでにお母さんの欲しがっていた晩御飯の食材も買ってこなきゃいけないし。
よく目を凝らしながら冬士郎を探すけど、見つからない。少しでも視界に入ったらすぐに分かるのに……。
「あれ? あの子は……?」
見覚えのある店員がいた。あの金髪は……たしか、舎弟にしてもらいたくて、冬士郎を屋上に呼び出したあの子! 名前はたしか笠井さん!
この子には悪いことをしてしまった。私の勝手な思い違いで恋敵扱いして困らせてしまった。笠井さんにはそんな気持ちは全く無いっていうのに……。そんな笠井さんが冬士郎と同じ所でバイト……?
なんという偶然!
「こんにちわ、笠井さん」
「ふぁいっ!?」
声をかけてみると、裏返った声を返された。
「私の事、覚えてる? この間、屋上で会った……」
「ひ、柊綾乃先輩ですよね!? 同じクラスの春花ちゃんや涼太君から話はよく聞いています!」
あら、涼太と同じクラスだったの。あの愚弟が、自分のクラスの事全然話さないのはどうかと思うの。
「あ、そういえばちゃんと名乗れていませんでした……笠井真優です」
「ご丁寧にありがとう、この間は本当にごめんね、根も葉もない変な言いがかりをつけちゃって」
「い、いえいえ! こちらこそ、あんなまぎわらしい状況になってしまって申し訳ありません!」
顔を真っ赤に染めながら、深々と頭を下げられた。
ヤバい、超可愛い。春ちゃんといい、どうして年下の女の子ってこんなに可愛いく見えるの!? それでも、冬士郎のあの愛らしさには敵わないけどね!
「そうだ、それはそうと、冬士郎知らないかな?」
「く、久我先輩ですか? 今は裏の倉庫に行っている筈ですけど……何かご用でしょうか?」
「いや、その、なんとなく……」
「そ、そうですか……」
危ない危ない。この子に私の冬士郎に対する気持ちがバレるところだったわ。もしバレたら……超恥ずかしい!
「すいまっせーん、お客様~何のご用でございますか~?」
遠くから冬士郎の声がする! 冬士郎の姿をすぐさま捉える。台車にたくさんの段ボールを乗せて運んできていた。中にはこれから店に出す商品が入っているのだろう。
正直な感想を表に出してはダメよ綾乃! 平常心を心掛けるの!
「あ、冬士郎。偶然ね。まさかこんな所でバイトしているなんて!」




