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笠井真優は戻りたくない

 不安になって、後を追い掛けて正解だった。笠井が不良に絡まれてしまっていたのだ。

 

「ああ? 何だてめえは」


 不良の男が俺を見るなり、メンチを切ってくるが、無視して笠井の腕を掴む。


「せ、先輩!?」

「いやーすんません。この子、俺の連れなんですよ」

「知るか、その子は俺にぶつかったんだよ。責任取ってもらわないとな」

「いや、本当に申し訳ないです。連れがご迷惑をお掛けしました」


 当たり障りの無いことを言って頭を下げる。無駄な喧嘩をせずに笠井を助け出すにはこれしかない。


「先輩……」


 笠井が申し訳なさそうな視線を向けてきたが、


「大丈夫だって。俺に任せろ」


 と返す。笠井は黙って頷いた。


「ちょっと頭下げたくらいで許すと思ってんのか? 大体、連れって言ってたけどお前はこの子の何なんだ?」

「何って言われると……バイト先や学校での後輩?」

「何だそりゃ、付き合ってる訳じゃねえのかよ」

「はい、付き合ってはないですね。ハハハ」


 作り笑いをしながら、さっさとこの場を離れようと適当に話を進めていこうとする。

 笠井がなにやら不満そうな顔をしてくるのは気になったが。

 不良は俺の答えを聞いて、突然笑い出した。


「ハハハ! まあ、そりゃそうか! お前見るからに弱そうだもんな!」

「ははは、そっスね」


 やっすい挑発だ。昔の俺ならともかく、今の俺はそんなのに乗る程子供ではない。


「お前みてえな見るからにモテそうにない童貞みてえな奴とこんな可愛い子が付き合ってる訳無いもんな!」

「んだとゴラァ!」


 前言撤回、人を見た目で童貞扱いする輩はぶっ殺した方が世のため人のためだ。俺が童貞なのは合ってるけど。

 ……って馬鹿か俺は。手は出すな手は。やばい、メンチ切っちまった。


「あ、いや、すいません。今のメンチ無しで」

「お、お前は……まさか……!」


 不良は俺のメンチ切った声を聞くと、急に怯えだした。


「川口中の……クーガー!? や、やめてくれ! 許してくれ! 俺が悪かった! 頼む!」

「あの……すいません? その……」

「もうこんなことしないから……! 頼むからアイアンクローだけはやめてくれー!」


 そのまま俺達に背を向けて何処に向けて走り出していった。あまりに突然の事で目をパチパチとさせる。

 これはあれだ。恐らく今の人は昔の俺と喧嘩したことのある相手だろう。あんなに怯えられるような事をしてしまい、申し訳なく思う。


「せ、先輩? すみません、また助けてもらっちゃって……」

「ん、ああ、気にすんな。お前が無事で良かった」

「は、はい……本当にすみません」

「……それはそれとしてだ。笠井、お前に言っておく事がある」

「は、はい? 何ですか?」

「お前、その金髪やめろ」

「え?」


 笠井は反射的に自分の髪を触った。


「ど、どうして……ですか?」

「俺に憧れて染めたって言ったっけ? 正直な話、憧れているって言われて全然悪い気はしないんだ。でもな、そんな髪してたら今のような奴に絡まれるだろ?」


 笠井のためを思っての忠告だった。俺がいたから良かったものの、あのままじゃ彼女の身が危なかった。


「そもそも、昔の俺なんかに憧れるのはやめた方がいい。その時の俺はとても人に敬われるような奴じゃない。今の奴だってそうだ。本当は俺が土下座をしてでも謝るべき相手なんだよ。だから、その金髪はやめとけ」


 笠井は全く悪くない。笠井を金髪にしてしまったのは俺の責任だ。この子が危険な目に合わないためにも俺が制止する必要があるのだ。

 しかし、笠井は首を横に振る。


「……それは出来ません」

「あのな笠井」

「確かに昔の先輩が人にいい目で見られる人じゃないのは間違いないです。けれど、昔の先輩も、もちろん今の先輩も私にとっては大事な憧れなんです。あなたのお陰で私も自分を変えようと決めることが出来た。この髪はそういった決意の証でもあるんです。その証を否定したくはありません!」

 

 笠井の目からは強い意志が感じ取れた。こいつの意志は本物だ。


「……分かった。降参だ笠井。俺も悪かった。そもそも、女の子のファッションに彼氏でも何でもない奴が口を挟む事じゃないしな」

「か、彼………!?」

「しかしだ、その髪のままじゃ危ないのは事実だな。行くぞ」

「……え? 何処に……ですか?」

「何処ってお前ん家まで送るんだよ。今日だけじゃない。これからバイトの終わりが一緒の日は送っていってやる」

「え!? そ、そんなの悪いです! 迷惑です!」

「俺に送られるのが嫌なら髪を戻せ」

「そ、そんな滅相もない!決して嫌な訳じゃ……」


 笠井はまたも顔を伏せる。そして、観念したのか小さい声で返事をした。


「じゃ、じゃあこれからよろしくお願いします……」



***


「ふー疲れた疲れた。ただいま」


 笠井を家まで送り届け、家の帰るなり、リビングを覗く。既に風呂に入り、パジャマ姿の春花がいた。またも牛乳を飲んでいた。恐らくまた何杯も飲んでいたのだろう。


「あーお帰りお兄ちゃん。今日はやたら遅かったじゃん。残業でもしてたの?」

「高校生のバイトが残業なんかするか。色々あったんだよ」

「色々? なんか怪しい。まさか、中学の時みたいに夜遅くまで喧嘩してたんじゃないよね?」

「そんな事しねえって。至って健全だ」

「ふーん、何処言ってたの?」

「笠井ん家」


 眠そうだった春花の視線が急に険しくなる。

 「てめえ本当に健全な理由で行ったんだろうな?」と言いたげだ。


「何でこんな遅い時間に真優ちゃん家に行ったの? 変なことしてないよね?」

「してないしてない! 偶然、同じバイトでさ! 夜危ないから送ってやったんだよ!」

「そのまま、恩着せがましく迫って……」

「だから何もしてないって! そんな目で俺を見るな!」


 結局、懐疑の目で見つめてくる春花の誤解を解くのに時間がかかり、翌日の朝は寝坊しかける事になってしまった。

 前科があるとはいえ、春花には俺が性欲旺盛な野獣にでも見えているのだろうか。

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