二人は訪れる
中間テストが着々と近付きつつある。勉強はあまり進んでいない。何度か机に座ってやろうとしたが、スマホやゲーム機に誘惑されてついつい誘いに乗ってしまう。
おのれスマホやゲーム機め、許せねえ……!
「はわわ、ヤバイよとーしろー君……全く勉強出来てないよ……」
集中出来ていないのは隣の席の葉山も同じらしい。
「俺も全然出来てない……ていうか、数学マジで拷問だろ。学生の精神を削るためだけに存在してるんじゃねえか?」
「わかる! 何で点Pって動くんだろうね!」
「こうなったら仕方ねえ……救世主に頼むしかねえな」
席を立ち、後ろの方の席に向かう。目的地は綾乃の席だ。
「綾乃、ちょっと頼みがある」
「と、冬士郎!? 何でも言って!」
「俺と葉山に数学を教えてほしい」
***
綾乃は間髪入れずに即答してくれた。その後、葉山を加えた話し合いの末、柊家で勉強会をすることになった。
実施日は日曜日の午前十時。日曜日の午前なんて基本的に寝ているが、今日はしっかりと目覚ましの音を聞いていたお陰で起きることが出来た。たまに、耳元に置いてたのにも関わらず起きれない時があるのは何でなんだろう。
春花は朝から部屋に籠って勉強している。中学の時は成績上位者である春花はきっと高校でもそれを貫くのだろう。
決して俺と顔すら合わせたくないとかそんなのではない筈である。うん、絶対そうだ。
朝飯を食ってから支度を整えて家を出る。門扉を通った所で自転車に乗った葉山の姿が見えた。
「やっほー、おっはよーとーしろー君! わー、本当に綾乃ちゃんのお向かいさんなんだー!」
葉山は自転車に乗りながら大きく手を振った。思えば、私服の葉山を見るのは初めてだ。制服とはまた違った印象を覚える。
そして一瞬、制服の時よりも大きく見える胸部に目がいったが、すぐに目を逸らす。男の本能にはどうも抗えない。
ん、そういえば……まあいいか。
「ていうか、綾乃の家に来るのは初めてなのか?」
「うんそうだよ! 綾乃ちゃんの家に来るなんて初めてだよー! 前からずっと楽しみだったんだよねー!」
「今日は勉強会だぞ。楽しむ余裕なんてないだろ」
「綾乃ちゃんやとーしろー君と一緒に過ごすだけでも楽しいじゃん!」
子供のような笑みを作って葉山は言う。心の底からの嘘偽りのない言葉なんだろうな。
「さて、そろそろ時間だし行こうぜ」
「うん!」
時刻は九時五十五分。柊家のインターホンのボタンを押し込む。押し込んで一秒経つか経たないかくらいで綾乃が出た。
「いらっしゃい、冬士郎に奏美! 鍵空いてるから入って入って!」
「わーい! お邪魔しまーす!」
葉山が先行して玄関の扉に駆け寄る。
思えば、この家に入るのは久しぶりかもしれない。俺が勝手に黒歴史で苦しんでいた時、綾乃と距離を置いていたせいだ。春花は何の気なしによく遊びに行っているが。
葉山が玄関扉を開けるのに続き、俺も柊家へと入っていく。
家に入ると中身は凄く眩しかった。
玄関から見える範囲の廊下だけでも光沢を帯び、キラキラと輝いて見えた。あれ? 昔からこんな感じだったっけ?
「すっごく綺麗だねとーしろー君! イメージ通りだよー!」
「ああ、うちとは大違いだ」
「いらっしゃい二人とも!」
リビングから綾乃が姿を現した。水色のワンピースを着用しており、化粧も施している。
「かわいー! その服私も欲しい!」
「何お前、これから外にでも行くのか?」
「な、何言ってるのよ! 折角冬士郎……じゃなくて二人が来たのに置いて行くわけないでしょ!」
「それにしても家綺麗だね! まるで新築みたい!」
「これぐらい普通よ。やっぱり身の回りのことはちゃんとしなきゃね!」
「すごーい! いいお嫁さんになれるね!」
「お、お嫁さん!? ま、まだ気が早いわよ!」
話し始める二人の女子を尻目にリビングを覗き込む。台所で洗い物をしていた綾乃のお袋さんが俺を見て微笑んできた
「あらあら、おはよう冬士郎君。なんか久しぶりじゃない?」
「はよざいまーす。久しぶりです」
「あらあら、そんなにかしこまらなくてもいいのよ。自分のうちだと思ってゆっくりしていってね。綾乃ったらねー今日をずっと楽しみに」
「お母さん!」
綾乃の叫びに遮られてよく聞こえなかった。ソファの方に目をやると、涼太が寝転びながらスマホをいじっていた。
「おい涼太、お前もちゃんと勉強しろよ。中学の時みたいに赤点ばっかとるんじゃねえぞ」
「わーってるわーってるー」
こちらを見て返事したかと思うと、すぐにスマホの画面に視線を戻す。諦めてるな……、
やれやれ、学生の身でありながら学業に熱心にならないなんてとんだ不良だな。
「あー! この子が話に聞いてた弟くん!? おはよー!」
涼太の姿を見た葉山が涼太に駆け寄って笑顔で手を振った。涼太は目だけを葉山に向けて、
「……うす」
とだけ返事する。
前に涼太から聞いたことがある。綾乃の連れてくる女友達は百パー過剰に子供扱いするから鬱陶しい、と。
「私、葉山奏美! よろしくね! えーっと」
「涼太ッス」
「りょーた君! よろしくね!」
そのまま、葉山は涼太の頭を赤子のように撫でる。涼太が不機嫌そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
「奏美に冬士郎、愚弟……じゃなくて、弟なんて放っといて私の部屋に行きましょ」
「うん! じゃあねりょーた君!」
「ウーッス」
塩対応の涼太相手にも笑顔で手を振る葉山。俺達はそのまま、綾乃に連れられて部屋に連れていかれる。
綾乃の部屋は昔見た時とは随分と印象が変わっていた。俺の部屋とは違い、床に本をぶちまけたりなんてしていなく、机の上も綺麗に整っている。さすがは優等生と言ったところか。
「昔来た時とは大違いだな」
「私ももう女なのよ? 部屋の片付けなんていくらでも出来るわよ」
「すごいね綾乃ちゃん! 私の部屋も綺麗にしているつもりだけど、ここまで綺麗じゃないよ!」
「ありがと、本当はのんびり話したいところなんだけど勉強始めよっか。二人ともあまり余裕ないみたいだし」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
「あ! 私、筆記用具忘れてきた! 綾乃ちゃん貸ーして!」
「お前はここに何しに来たんだ」
部屋の中心に小さな机を置き、勉強を始める。俺は数学を重点的に、葉山はあらゆる教科を綾乃に教えてもらいながら勉強を進めていく。
中学の時に教えられた時と変わらず、綾乃は教えるのが上手い。何を聞いても素早く分かりやすく解説をしてくれる。
階段を上がる音が聞こえてきた。おそらく涼太だろう。そのまま、隣の部屋に入っていく音も聞こえた。
おそらく、勉強ではない。ゲームでもするんだろう。ギリギリまで引っ張って、前日にやり始め、一時間くらい勉強した後、選択問題が多いことを祈りながら、現実逃避を始めるのが涼太のやり方だ。俺も昔そうだった。
あいつも春花辺りに教えてもらった方がいいんじゃないかと思う。いつまでも高校で赤点を取りまくるのはまずい事を教えておいた方がいいかもしれない。
それはそうと、あいつ、葉山相手によく平静を装えたな。だって何を隠そう、涼太は巨乳好きなのだ。
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