笠井真優は憧れる
今回は笠井真優の視点です。
3年前、私それは地味な女子だった。人と喋るのが苦手で、自分に自信が持てない。友達は全くいないというわけでもないけど、どちらかというと少ない方だったと思う。
そんな私の人生に転機が訪れたのは中学一年の冬の頃、塾の帰り道を歩いている時だった。
自習のしすぎで、すっかり暗くなっていた。早く帰らないと両親が心配してしまう。そう思いながら、早歩きで帰っていた時だった。
「ニャー」
目の前を猫が通り過ぎる。首輪もついていないし野良猫だと思う。
「可愛い……」
早く帰らなきゃいけないにも関わらず、私は可愛らしい猫を追い掛けてしまう。
実を言うと、私は猫好き。お母さんが猫アレルギーだから家では飼えないけど、時々見かける猫をすかさず写真を撮って眺めるくらいには大好きだ。
「待って、待って! 写真を撮らせて!」
ただ写真を撮りたい思いで猫を追いかける。あまりにも夢中になりすぎて、普段は滅多に行かない人通りの少ない路地裏に迷い混んでしまった事に全く気が付かなかった。
「見失っちゃった……どこ行っちゃったんだろう?」
猫には完全に逃げられてしまったみたい。仕方なく帰ろうとしたけど、途中の道順を忘れてしまった。
「あれ、私どこから来たんだっけ?」
道が分からずに、不安になってしまう。無事に帰れるか心配のあまり、デタラメに路地裏を通っていく。
「おいおい、そこの君ー。女の子がこんな時間に何やっているのかなー?」
人を三人見つけた。年は三人とも中学生くらいだろうか。それにも関わらず、煙草を吸っていた。副流煙の臭いに咳き込みながらも尋ねる。
「こほっ……あの、その、ここは、その」
「ああ? 何言ってるかわかんねえよ」
考えがまとまらず、言葉が出てこなかった。元々、人と話すのが苦手なのと、その人達を見て怖いという感情を持ってしまったせいだ。確実に悪い人だ。
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっと俺らと遊ぼうぜ」
「わ、私、帰らなきゃ……」
「いいじゃねえかそんなの、ちょっとくらい遅くなってもグチグチ言われねえよ」
逃げようとしたけど、怖さで足が思い通りに動かない。怯えているうちに囲まれてしまった。
「大声出しても無駄だぜ、人なんか通らねえからな」
腕を掴まれる。抵抗したけど、私の弱い力じゃ男相手を振りほどくことは出来なかった。
猫を追いかけたばかりにこうなった事を激しく後悔する。まっすぐ家に帰っておけばこんな事には……
「おい、何してんだてめえら」
視界の外から三人とは違う声が聞こえてくる。
「あ? 何だてめえは? この子の知り合いか?」
派手な金髪の男の人が立っていた。耳にはピアスを付けていて、如何にもよくあるイメージ通りの不良っぽい見た目だった。
「いや、ちげえけど」
「だったらさっさとどっか行け。俺達はこの子と遊ぶ予定なんだ。邪魔すんな」
「遊ぶ予定だ?」
「ああそうだよ、これからイチャイチャするんだよ、水を差すな」
「イチャイチャでドスケベな事をするだと?」
「いいからどっか行けよ死ぬかお前」
三人のうちの一人が金髪の人に向かって蹴りかかる。が、軽くかわされたかと思うと逆に蹴り返されていた。
「て、てめえ……何しやがる!!」
「そっちからやってきたんだろうが!」
三人のうちの一人が金髪の人に拳を振るった。しかし、金髪の人はその拳を涼しい顔で受け止める。
「大体俺の視界内で女の子とイチャイチャしてんじゃねえぞゴラァ!!!」
そのまま反撃のパンチ、痛そうに腹を押さえてふらついている。
「何処かで見たと思ったら思い出した! こいつは……川口中のクーガーじゃねえか!」
「クーガーだかなんだか知らねえが舐めたことしやがって! ぶっ殺してやる!」
「つーかただの嫉妬じゃねえか! 余程モテねえんだろうな……」
余程モテないという言葉を聞いた金髪の人は更に怒りを増す。もう止まらない。
残りの二人が一斉に金髪の人に向けて襲いかかる。
「ああ来いよ! てめえらまとめてボコって俺の実力を知らしめてやる! そして、二度と女とイチャイチャドスケベ出来ねえ体にしてやるよ!」
楽しそうに笑っていた。喧嘩を心の底から楽しんでいるような笑顔だった。私はただ、その姿をずっと見ていた。
助けるつもりはなかったのかもしれない。しかし、この人が来てくれなかったら私はどうなっていたか分からない。
そのせいか、ただかっこいいと思ってしまった。楽しそうに喧嘩をする彼を見てそう思ってしまった。
やがて、私を囲っていた三人は動かなくなる。金髪の人は私の姿を見ると、
「女の子がこんなとこいるんじゃねえよ。早く帰れ」
そう言って、その先を進んでいった。帰れと言われても、道が分からない。色々あって、冷静じゃなかった私は彼の後をついていくことにした。
彼の背中を追っていると、やがて大通りに辿り着く。人の往来が盛んな場所がこんなに安心できるとは思わなかった。
お礼を言おうとしたが、少し目を離した隙に彼は消えていた。
その事を非常に残念に思いながらも私は無事に帰ることができた。
家に帰ってからもあの人の事が忘れられない。助けてくれた事もかっこよかったけど、何よりも自分の思いのままに戦う姿に惹かれていた。惹かれてしまっていた。
私はあの人に恋をしてしまっていた。
世間から見て、あの人があまり良く思われない存在なのは分かっている。しかし、この気持ちに嘘をつくことは出来なかった。
中学を卒業するまで、結局、名前も知らないその人の事ばかり考えてしまっていた。
ふと、高校への進学を機にか弱くて自信が持てない自分を変えたいと思った。あの人みたいに金髪にし、スカートの丈も短くしたり、眼鏡をやめてコンタクトレンズにしたりと努力を惜しまない。あの人みたいに自分に自信を持てると信じて。
空崎高校に入学してからしばらくして、とある情報を手に入れた。なんと、この高校に川口中のクーガーがいるというらしい。
それを聞いた時は信じられなかったけど、クラスメイトにその人の妹さんがいた。その人に何気なくお兄さんの事を聞いて、学年や名前を知ることに成功。
運命だと思った。金髪から黒髪に変わっても、あの人……久我先輩に対するこの気持ちは止まらない。
そして今日、屋上に呼び出した。自分の想いを伝えるために。
しかし、久我先輩を前にして思った通りの言葉が出なかった。変わったのは見た目だけで、中身はあの時から変わっていなかったから。テンパった末にようやく出てきた言葉が“舎弟にしてください”。私は本当にダメダメだ。勇気がない。
そんなダメダメでも久我先輩は友達ならいいと言ってくれた。今はこれに甘んじようかと思う。
「冬士郎!!」
突然、階段から続く扉が開けられる。息を切らした綺麗な女生徒が屋上へと入ってきた。
彼女の事は知っている。成績優秀な優等生である柊綾乃さんだ。私と同じクラスの柊涼太くんのお姉さんでもある。
息を切らした顔も綺麗で、私なんか足元にも及ばない。
「何だ何だ綾乃! 急に大声出して!」
柊先輩さんは私を見つつ久我先輩に尋ねた。
「その子が手紙の送り主?」
「え、何でお前がその事を……」
「奏美から聞いたの」
「そうか、俺に果たし状が届いたって聞いて心配してきてくれたのか」
「え、あ、うん」
柊先輩の視線を見て私は察する。
この人は恋敵だと!
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