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金髪少女は恥ずかしい

「ま、待っていました! 私があの手紙の送り主です!」


 顔を俯かせながら彼女は言う。


「き、君が?」


 俺は心の底から驚いていた、この子が俺にあんな手紙を? てっきりの影山の奴がまた送ったと思っていた。


 こんな子が俺にあんな手紙を送るだなんて信じられない。

 そりゃそうだろ……。

 

 まさか女の子に果たし状を渡される日が来るなんて思いもよらなかった!


「す、すみません。迷惑でしたよね? 急に呼び出したりなんかして……」

「いや、大丈夫だ……と言いたいところだけど、女の子からあんな手紙もらうのは初めてだったから、正直言うと戸惑っている」

「そ、そうなんですか? 意外……」


 意外って言われても困る。俺から言わせてみれば、喧嘩する女の子という存在の方が意外だってのに。

 パッと見た感じ、金髪でチャラそうだが、華奢な体型でとても喧嘩をしそうな子には見えない。元々、十五回くらい影山を殺すつもりで屋上にきたから拍子抜けだ。


 いや、油断するな俺。見た目に騙されるな。もしかしたら、空手や柔道の有段者かもしれない。そんな本格的な武術経験者に俺の雑な戦い方が通用するか……


 って待て待て。何考えてんだ俺。もうとっくに喧嘩なんてやめたんだ。相手が影山じゃない以上、喧嘩をする理由なんてない。それもこんな女の子相手に手なんか上げられるか。


「いや、悪いんだけど俺、喧嘩やめたんだわ。だから君の申し出を受け入れることは出来ない」

「け、喧嘩……? どういうことですか?」

「違うのか? あの手紙って果たし状だろ?」

「ち、違います違います!」


 女の子は慌てて両手を振って否定の意思を示した。


「じゃあ俺に何の用だよ」

「そ、そ、それは……その……えっと……」


 彼女の視線は落ち着きなくあちこちを行ったり来たりした後、自分の左の手の平に“人”という文字を書いて飲み込んだ。

 そして、深呼吸をして、俺に告げる。


「く、久我先輩! 私を……私を久我先輩の……」


 先輩? ということは後輩……この子一年生か? 涼太や春花と同い年か。

 ……。

 待っても台詞の続きが出てこない。


「どうした? 俺の……何?」

「えっと……えっと……」

「お、落ち着け!」

「す、すみません。私、人と話すのあまり得意じゃなくて……」

「分かった。自分のペースでいいから」 


 彼女はまたも手の平に人いう字を書く。いや、今のは“入”になっていた気がするが伝えない。


「えっとえっと、そうだ! ず、ずっと憧れていました! わ、私を久我先輩の舎弟にしてください!」

「……は?」


 ようやく出てきた予想外の要望に呆気に取られる。射程? いや違う。舎弟だ。


「す、すみません! 喧嘩やめたのに無理ですよね!? 私何言ってるんだろ! すみません! 失礼します!」

「ま、待て。落ち着けって! とにかく、詳しい話を聞かせてくれ!」


***


 それから、取り乱す彼女をどうにかなだめる。少しずつだが、落ち着きを取り戻していったようだ。


「ご迷惑をおかけしてごめんなさい……」

「気にするな。あのまま放って置くわけにもいかないだろ」


 彼女はまたも人の字を書いて飲み込んでいる。彼女の胃袋にはどれだけの“人”や“入”が入っているのだろうか。


「自己紹介がまだでしたよね? 私、一年の“笠井真優かさいまゆ”と言います。名乗るのが遅れて申し訳ありません……」

「よろしくな笠井、俺は久我冬士郎……って知ってるか。呼び出しの手紙に書いてたしな」

「はい……また会えるとは思っていませんでした」

「また? 悪い、俺達って前に会ったことあったっけ?」

「ははは……やっぱり覚えていませんよね」


 少なくとも、金髪の知り合いには心当たりがない。アメリカじゃあるまいし、この日本で金髪の人間の知り合いなんて忘れられないだろう。


「私はその、三年前に久我先輩に助けてもらったんです」

「……俺がその、金髪だった頃?」


 笠井は黙って頷いた。中学の時の俺が人助けなんて善良な真似をしたって? 心当たりがない。

 覚えていないというより、グレている時の記憶を封印していると言った方が正しいんだろう。影山の奴を思い出すのに時間がかかったのもそのせいだろうか。


「私、3年前の12月に人通りの少ない路地裏に入っちゃって、その時に怖い人達に囲まれちゃったんです。私って昔から気が弱くて、その人達に囲まれた時、腰を抜かして動けなくなっちゃったんです。ダメですよねホント……ははは」


 実際、路地裏にたむろして、部外者が入ってきたら大した理由もないのに因縁つけて集団で囲んでくる不良なんていくらでもいた。

 

「ダメなんかじゃない。男に囲まれて怖いのなんて当たり前だ」

「そう言ってもらえると助かります……」

 

 彼女は笑ってそう言った。

 彼女と少し話してみて分かったことがある。第一印象は金髪のせいでチャラチャラしてそうで明るそうに見えたが、実際に話してみると、引っ込み思案の大人しい女の子だ。チョベリバみたいなギャルみたいな言葉を使ったりもしない。古いか。


「もうダメかと思ったその時、久我先輩が助けに来てくれたんです。一人で怖い人達を次々と倒していって……その、か、かっこよかったです」


 そのまま、顔を赤くする。正直、俺も今すぐに帰って枕に顔をうずめたかった。当時、暴れまわっていた記憶は出来るだけ思い出したくない。


「それから、私は久我先輩にずっとその、憧れていました。高校に入学する時に先輩の真似をして黒だった髪を金髪に染めてみたり、お洒落に気を使ってスカートの丈を短くしてみたり、とにかく少しでも先輩に近付きたかったんです。あ、ちなみに、これが中学の時の写真です」


 笠井はポケットからスマホを取り出し、写真を見せてきた。その写真には、眼鏡をかけた三つ編みの中学生が写っている。今とは髪色や雰囲気が全然違うが、辛うじて笠井だと分かった。

 

「立派な高校デビューだな。人って変わろうと思えばこんなに変われるんだな」

「は、はい! 頑張りました! それで、その、どうですか? 今の私」


 笠井は胸に手を当ててさらに顔を赤らめる。慣れていないんだろうし、あまり無理するなと言っておいた方がいいんだろうか?


「あーその、校則違反じゃなかったか」

「確かに注意はされました。ですが、何を言われてもこれは絶対に変えられません!」


 彼女の意志は固そうだった。それほどまでに当時の俺に対する憧れは強いようだ。


「まさか同じ高校にいらっしゃるとは思いませんでした。改めてお願いします。私をその、しゃ、舎弟にしてください!」

「いや、だから無理だって。俺、喧嘩やめたし」

「そ、そうですか……」


 笠井はとても悲しそうな顔をした。今にも泣き出しそうだ。


「ま、待て! あれだ! 舎弟は無理だけど友達としてなら全然いいぞ!」

「と、友達? そ、それは恐れ多いです! 私なんかが久我先輩の友達だなんて……」

「舎弟より百倍いいと思うけど……?」


 俺はもう不良じゃない。だから舎弟なんてとる気は全くないしこれでいいんだろう。


 笠井と話すその時の俺は、階段に続く扉の隙間からの視線に気付かなかった。






 

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