無駄な喧嘩はもうしない
遠くからカラスの鳴く声が聞こえてくる。昔から何かの歌でこう言っていたな。カラスが鳴くから帰りましょ。
さて、ハゲも始末したしさっさと帰るか。
「さ、さすがだぜ久我……! 相変わらずの強さだ!」
何だこいつまだ生きていやがったのか。まあいい、聞きたいことは色々ある。
「で、お前誰?」
「おいおい、忘れたとは言わせねえぞ! 蛹山中の影山剛介だ!」
「覚えてねえよ」
「河川敷で決闘しようって取り決めしただろ! それをお前がすっぽかしたんだ!」
決闘をすっぽかした? 血気盛んな当時の俺が?
すっぽかした……そうだ、確か綾乃を押し倒した日は決闘する予定だったな。
あー何かいたような気がする。何回か顔合わせはしたし。
「結局、お前が来なかった事によって俺は不戦勝で蛹山の番長と呼ばれるようになった……しかし! 俺はこんな勝ち方は認めねえ! 俺はお前と正々堂々と戦って強さを証明したかったんだ!」
「はあ」
「俺はお前としっかりと戦いたかった。そのために、お前の受験するこの空崎高校を調べ上げ入学したんだ!」
「何お前、俺と一緒になりたくてここ来たの? ごめん、気持ち悪ぃんだけど」
「金髪じゃなくなったお前を探し出すのには時間かかったぜ……あの時からすっかり変わっちまってたからなぁ。だが、俺はお前に会うために必死に探したさ!」
「はあ」
「ようやく見つけたお前は当時の覇気の欠片もないモヤシ野郎になっていて失望したさ……それから俺は長い間、絶望的な日々を送っていた」
「へえ」
「だが、この気持ちに決着をつけるために今日、決闘をするために呼び出したんだが……お前は当時から腕を落としていなかったようだな……安心したぜ」
「ほお」
「だが、俺は諦めない! これから何度も挑戦していつかお前に勝ってやる! 首を洗って待っていろ!」
「やだよ」
ふざけた奴だ。勝手に一人で喋り出したと思ったら、これからも決闘を申し込み続けるだと? 冗談じゃない。
「何だと? お前、あれだけの腕を持ちながらケンカをしないってのか?」
「そうだ、俺は何年も前にケンカをやめたんだ。人に暴力を振るっても何も産み出さないって気付いたんだよ」
「嘘つけお前、さっき滅茶苦茶俺の頭床に叩き付けてたじゃねえか」
「うるせえ殺すぞ。とにかく、俺はもう喧嘩なんかしない。俺にも関わるな。じゃあな」
影山に背を向けて歩き出す。早く帰ろ。
「いって……!」
「どうしたんだ久我!」
膝に痛みが走って何事かと捲ってみる。血が出ていた。そういえばさっき、階段を駆け上がる時に転んだな。
思い返すと、俺は男の送った果たし状を読んで、一日中、心を踊らせて、階段を駆け上がった事になる。気持ち悪っ、さっさと帰ろ。
「大丈夫か久我! 待ってろ! 俺、絆創膏持ってるから!」
そう言いながら、影山はズボンのポケットから絆創膏を取り出した。何で常備してんだこいつ。
「その前に傷口を洗わないとな! 水道行くぞ水道!」
「いいって、こんなん放っとけば治るし」
「化膿したらどうすんだ馬鹿野郎が! 肩貸してやるから早く行くぞ!」
俺はそのまま、影山に運ばれながら、水道の蛇口まで運ばれる。何でこいつ、不良なんかやってんだろ。
***
「いいか! ちょっとでも違和感を感じたら病院行くんだぞ病院!」
「耳元でギャーギャー叫ぶなよ……」
「俺はお前の事を心配して言ってるんだ!」
結局、俺は影山に適切な治療をされて、家に帰される事になった。膝の痛みはまだ取れていないが、この程度なら数日経てば治るだろう。
「久我! 俺はお前の事、絶対に諦めないからな!」
近くにいた女生徒達が俺と影山を見ながら、ヒソヒソと話を始める。大声でそんな誤解を招くような事をほざかないで欲しい。
……?
また、視線を感じた。いや、視線なら今、ハゲ山のせいで女生徒のを集めてはいるが、それとは違う気配の視線だ。
今朝に感じた怪しい気配と同じだ。一体何なんだ? ストーカーじゃないだろうな。
心配したって解決するわけでもないし、帰るか。
***
次の日、いつもの通りに授業を受けて、クラスメイトととりとめのない会話をしたり、数学の時間にラリホーをくらったりといつも通りの学校生活を過ごしていた。
綾乃を視界に入れても黒歴史を思い出さなくなったのは非常に大きい。以前よりも綾乃が嬉しそうな顔をして過ごしているような気がするし、順風満帆と言ってもいい。
強いて言うならば、五月の末には中間試験が存在するという事だ。数学以外は徹夜すればどうにかなるだろう。
数学マジでどうしようか? ノートを見返しても何書かれてるかわかんねえんだけど。綾乃にでも教えてもらうか? いや、いくら綾乃でも、テスト前に人に教えてる余裕はないか。
「やっほーとーしろー君、帰り?」
下校しようと下駄箱に靴を取りに来ると、そこには葉山がいた。相変わらず、悩みの無さそうな顔をしている。
「葉山、お前テスト対策とかしてる?」
「テスト? 中間いつだっけ? 七月くらいだっけ?」
「それは期末だ。今月末に中間があるんだよ」
「え、ホント!? どうしよう!」
テストの予定日を把握していないのは学生としてどうかと思う。中学の時から変わらないな。
「ま、テストまでまだ時間あるし、どうにかなるだろ。程々に頑張ろうぜ」
「そだねー」
葉山の気の抜けた返事を聞きながら、下駄箱を開ける。
さて、俺も帰るか。
「ん?」
「どうしたのとーしろー君?」
またも紙が入っていた。葉山と一緒に読んでみる。
『久我冬士郎さん、今日の放課後に屋上で待っています』
デジャヴ。送り主は分かってる。あのハゲだ。心なしか、昨日の手紙よりも女の子っぽくなっている。
「ラブレターだー! とーしろー君のモテモテー!」
「ちょっと屋上行ってくるわ」
「すごい、中学の時みたいに気合い入った顔してる! 頑張ってね、いってらっしやーい!」
何も事情を知らない葉山に見送られて、俺は屋上へと向かう。あれはラブレターなんかじゃない。影山の果たし状だ。
二日連続でまぎわらしい手紙を送り付けるとはいい度胸だ。いいだろう、そのケンカ買ってやる。五回ぐらい殺しておこう。
またも、屋上へと続く扉を蹴り開ける。影山の姿はなかったが、代わりに見知らぬ女生徒の背中が見えた。
スカートがやたら短く、制服も着崩している。そして、真っ先に目に入った金髪の髪のサイドテール、えらいチャラチャラした子だな。
その子はこちらに振り向く。すごく整った顔をしている。美少女といっても決して過大評価ではない。
それよりも、影山はまだいないのか。人を呼び出しといて遅れるとはいい度胸だ。十回殺そう。
「……久我冬士郎さんですよね」
金髪の女の子が俺に声をかけてきた。
「そうだけど……何?」
聞き返すと、彼女は恥ずかしそうに顔を俯けて答える。
「ま、待っていました! 私があの手紙の送り主です!」
***
掃除当番で帰るのが遅くなっちゃった。冬士郎はもう帰っちゃってるかな?
出来るだけ急いで下駄箱に向かうと、奏美の姿が目に入った。
奏美がこちらに気付くと、急いで私の元に駆け寄ってきた。
「綾乃ちゃーん! すごいの見ちゃった! すごいの見ちゃった!」
私の手を握ってピョンピョンと跳ねる。それにより、奏美の大きな胸がよく揺れている。
「落ち着いて奏美、何があったの?」
「あのねあのね、ホントビックリしたんだよ!」
奏美は冬士郎の下駄箱を指差した。
「とーしろー君がラブレターもらって嬉しそうに屋上に向かってった!」
面白いと思ったらブクマや感想お願いします。大きな励みになります。




