久我冬士郎は跳び跳ねる
五月。至福の時であるゴールデンウィークも終わり、朝早くに起きて登校する準備を進めていた。休み明けの初日は実に憂鬱だ。
とはいえ、案外その憂鬱も二日か三日もすれば慣れてしまい、別になんとも思わなくなってしまう物だ。
ちなみにゴールデンウィークにしたことといえば、何日かばあちゃん家に行ったり、涼太と徹夜でゲームしたりした程度。だらだらしたなあ。
準備も終わって、大きなあくびをしながら家を出ると綾乃も同時に家を出てきた。
「おはよう、冬士郎」
「おう」
何気ない挨拶を済ませ、歩き出す。
俺達は別に一緒に登校するという約束は特にしていない。今日のように、偶然同時に家を出た成り行きで登校を共にする事はあるし、綾乃の代わりに涼太と登校する時もあるし、なんだったら、一人で登校する時もある。
俺より少し遅れて春花も出てくる。
「あ、綾乃姉ちゃんおはよう!」
「おはよう春ちゃん、おばあさんは元気にしてた?」
「うん、まだまだ元気そうだよ」
春花が綾乃に駆け寄って色々と話し始めた。何やら歌手の話とか、昨日見たテレビの話とかそんなことだ。
「ん、トシ兄おはよ」
手で適当に寝癖を治しながら、涼太も家から出てくる。こいつめ、ギリギリまで寝ていやがったな。
「お前、もう少し余裕もって起きた方がいいぞ。寝坊したらどうすんだ」
「俺はちゃんとどの時間まで寝てたら間に合うかしっかり計算して寝てんの」
「寝癖すら治さないで何言ってやがる」
「寝癖ならトシ兄も治してねえじゃん」
あ、ホントだ。うっかり忘れてた。年上としての威厳を保つため、それっぽいことを言ってみる。
「これは俺流のファッションなんだ。お前には理解出来ないかもしれないけどな」
「うんわかんね。さっすが金髪にピアスが格好いいと思ってた人は言うことちげえわ」
痛い所を突いてくるなこの野郎。
その他、下らないことを話して続けて数十分、学校が見えてきた。
……?
何だろう。誰かの気配を感じた気がして振り返ってみる。
「どうしたんだよトシ兄」
「いや、何でもない」
気のせいだろうか?
***
あー怖かった。
登校中、前の方で春花と話していた姉ちゃんが嫉妬の表情でちょいちょい俺を睨み付けていたのがすげえ怖かった。トシ兄と話したいなら混ざってくればいいのに。
下駄箱にて、上靴を履き替える。登校中にトシ兄も言ってたけど、休み明けはマジでたるい。今日の一限は睡眠時間になりそうだ。隣のまな板が邪魔してこなければだけど。
「ん? 何だこりゃ」
後ろにある二年の下駄箱から、トシ兄の間の抜けた声が聞こえてきた。見てみると、自分の下駄箱を見て頭をかしげている、
「どしたの、ネズミの死体でも入ってた?」
「すげえレベルの高い嫌がらせだなおい。ちげえよ、何か紙入ってた」
「紙?」
「しかも何か書かれてる。どれどれ……」
“久我冬士郎さん、今日の放課後に屋上で待っています”
手紙には、たったそれだけ書かれていた。
おいおいマジか、今時ベッタベタなラブレターだな。送り主の名前は書かれていない。字からして姉ちゃんじゃなさそうだ。そもそもラブレター書く度胸すらねえし。
「どうしたの冬士郎、何かあった?」
姉ちゃんが俺らに歩み寄ってきた。マズいぞ、このラブレターがこのアホに知られたらどうなるか容易に想像がつく。
良くてパニック、悪くて送り主の始末に走るだろう。
慌てて春花に姉ちゃんを早くここから遠ざけるようにアイコンタクトを図る。春花は瞬時にこちらの状況を理解したようで、姉ちゃんに声をかけた。
「綾姉ちゃん! 教室行く前に自販機寄ってかない? 喉乾いちゃって」
「ん? いいわよ春ちゃん、行きましょ行きましょ」
こういう時、これが出来る程の付き合いの長い奴がいて良かったと思う。テストの時にも役立つし。
よし、悲劇の元がどっかいった所でトシ兄に聞いてみる。
「どうすんのこれ? 行くの?」
「行かねえよ。どうせ何かの悪戯だろ? くっだらねえ」
そう行って、トシ兄はゴミ箱に手紙を握った腕を突っ込み、教室へと向かっていった。正直、もっとテンパるかと思っていたけど意外だな。
***
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! ラブレターもらっちまった! マジで!? 俺にもとうとう春が来た!! フッフー!!
涼太の奴に俺の心情を察しられないように、ゴミ箱に捨てるフリしてこっそり手に握り残していたラブレターを改めてじっくり見る。放課後の屋上……ヤバい。夢が広がるんだけど!
恋愛の神様、ありがとう! 普通の男子高校生として暮らしてきて本当によかった!
こんな物、誰かに見られて覗きに来られても面倒だ。隠し通そう。休み時間中、右京や葉山が話しかけてきたが、ラブレターの事で頭が一杯で何も頭に入らなかった。
そして、待ち望んだ放課後がやってきた!
すぐに教室を飛び出して、屋上への階段を駆け上がる。途中、転んで膝を強くぶつけるが、知ったことじゃない。
勢いよく屋上の扉を蹴り開ける。もう既に誰かいる!
ハゲだった。女の子なんかじゃない。
「お、来た来た! 久しぶりだな久我! 果たし状を読んで来てくれたのか!」
体格のいいハゲの男子生徒が仁王立ちで立っていた。こいつが手紙の送り主? 俺の顔を知っているようだが、見覚えがない。どっかで会ったっけ? とか、何で俺を呼び出した? とかそういう疑問は出てこなかった。
「ラブレター風に書けば騙されて来るかと思ったら本当に来やがった。作戦成功だぜ!」
その代わりに猛烈な殺意が沸き出る
「てめえ死ぬ覚悟は出来てんだろうなゴルァァ!」
ハゲに飛びかかり、顔面にアイアンクローを決め込み、後頭部を屋上の床に叩き付ける。
恋愛の神様、俺になんか恨みでもあんの? 何でハゲにあんなまぎわらしい手紙渡されなきゃなんねーの? フッフーとか言ったよ俺。
いるかどうかもわからない神に問いかけながら、ハゲの後頭部を休まずに床に叩き付ける。実に軽快な音がするな。
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