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柊綾乃は愛が深い

「え? 何お前、黒歴史解決したの?」


 2年B組の教室で、右京は目を丸くしていた。

 綾乃が俺の家に泊まりに来たとか、俺の謝罪や感謝を優しく受け入れてくれたとか、そんな詳しい話はしていない。こいつはこう見えても口が固い方だが、万が一漏れてみろ。変な噂が出回り、綾乃に迷惑がかかってしまう。

 

「ああ、何というか、こう、無理矢理克服したんだ」

「本当かよ、実際見てみねえと信じられねえな……ちょっと試してみるか」


 右京がまたも、俺の顔を両手で鷲掴み、視線を無理矢理綾乃の席に向ける。痛えな、向いて欲しいなら向けと言えばいいのに。

 後ろの方で葉山と話している綾乃を見つめる。普段と何も変わらない綾乃だ。今はもう視界に入れても何も起こらない。


「うわーマジで克服したのかよ、まだまだ遊べると思ったんだけどなー」

「んだとてめえ、人をオモチャ扱いしやがって」

「ははは、まあ良かったんじゃねえか? これでお前の望む何事もない。学校生活が送れるじゃねえか」


 口の減らない奴だ。とはいえ右京の言う通りだ。綾乃を見ても恥ずかしい過去を思い出して暴れ回る事はもう無いだろう。

 クラスの中にはこれ以上、中学の頃の俺を知る奴はもういない。これからは平穏に、普通の高校生としての青春を送れるんだ!


「右京……俺、死なずに頑張って生き続けてよかったと思う」

「元々、本気で死ぬ気なんて一ミリも無かっただろうが」

「過去の事を完全に封印するわけにはいかない。たまからっていつまでも引きずって落ち込んでちゃいられないって気付けたんだよ」

「お、良いこと言ったな! 今日は帰りにカラオケでも行くか!」

「ああ、こんなに体が軽く感じるのは久しぶりだ。歌いまくってスッキリしたい気分だ」

「私達も行きたーい!」


 二人で盛り上がっている俺達に葉山が声をかけてくる。そばには綾乃も一緒だ。


「おう来いよ来いよ! 今日は四人で歌いまくろうぜ!」

「川口中出身の三人が勢揃いだ! 綾乃ちゃんも今日なんだか嬉しそうだし!」

「おいおい、なんだか俺だけ仲間外れみたいじゃねえか!」


 俺と綾乃は笑う。二人で同時に笑ったのも久しぶりな気がする。

 

 こうして、俺の下らない黒歴史による悩みは当事者の綾乃に許してもらえたおかげで、無事に幕を閉じた。

 このまま、俺の学校生活は普通に過ごし、見ている分にはつまらない物になるだろうが、それでいい。この普通の日常こそ素晴らしい。友人達の談笑を眺めながら、つくづくそう思う。


 そして、すぐに思い出すべきだった。俺、歌下手なんだった。

 俺の音痴な歌声は、バッチリと右京の馬鹿に録音されて、新たな黒歴史が出来上がるのは今日の放課後の話だ。


***


 私は2年B組の教室の外からこっそりと中の様子を窺っていた。僅かな手掛かりを頼りに探し人がいるかどうかを確認するため。


「……見つけた!」


 友達なんだろう男子一人と女子二人と楽しそうに会話している男子に目をつける。髪の色は金から黒に変わっているけど、間違いなくあの人だ。3年前の冬に助けてくれた私の恩人……。

 

 まさか同じ高校だったとは思わなかった。二度と会えないと思っていた人がこんな近くにいたなんて……これはきっと神様が与えてくれた奇跡! この機会を決して無駄にするわけにはいかない!


 けど本当にいるという事実に思わず気が動転してその場を離れちゃった。一年生の私が二年生の教室付近にいるというだけでも目立つっていうのに。


 一旦落ち着こう私。あの人教室は覚えたし、変に焦らなくても大丈夫な筈。


「待っててください、私の運命の人……!」


 呟いてから、逃げるようにして1年C組の教室へ帰っていく。


***


 また姉ちゃんがルンルン気分で帰ってきた。いらんこと聞かされる前にさっさとに部屋に逃げようとして、またもローキックがクリーンヒット。もうやだこの女。


「今日ね、冬士郎とカラオケ行ってきたの! すごく楽しかった!」

「トシ兄とカラオケ……?」


 昔、俺もトシ兄とカラオケに行ったことはある。未だにあのへったくそな歌声は忘れられない。

 あの歌を聞いて何故、ルンルン気分でいられんだよ。


「トシ兄すげえ歌下手じゃん。よく楽しめたな」

「下手? どこが?」

「え? ちょっと聞けば分かるだろ」

「今思い出しても惚れ惚れするイケボだった……また行きたいな……」

「姉ちゃん大丈夫? 耳機能してる?」

「あれは紅白に出ても全く引けを取らない美声だったわ……」

「速攻でガキ使に変えるレベルだろ」


 どうやらまともに機能してねえらしい。今度評判のいい耳鼻科を探しておこう。


 愛が深くてアホな感性になるのはどーでもいいけど、万が一、外でこんな本性さらけ出す事考えると本当に縁を切りたくなる。


 もし、心の拠り所のトシ兄がいなくなったら、どうなるんだろう。

 一つ、聞いてみるか。


「姉ちゃんさ、もしトシ兄に彼女が出来たらどうすんの?」

「その彼女はきっと私ね!」


 告る勇気もねえ癖に何寝言ほざいてんだこいつ。耳より頭の病院教えた方がいいかもしれない。


「姉ちゃん以外に」

「そんなの、決まってるじゃない」


 そのまま、笑顔のまま続けた。


「その子を始末する。例えどんな手を使っても冬士郎は誰にも渡さないわ!」


 身内にヤンデレがいた。トシ兄、早くこいつの気持ちに気付いてくれ!


 とはいえ、トシ兄に惚れるヤツなんて姉ちゃんぐらいの変人しかいないし、心配するだけ無駄か。



果たして、涼太の心配は杞憂に終わるのか。

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