柊涼太は呆れ果てる
朝九時、休みの日にぐうたら寝るのマジ楽。なんなら昼まで寝てたっていいしな。
俺の一個上の姉ちゃんは休日も関係なしにいつも決まった時間に起きて動いてっけど、もったいねえよな。休日くらいのんびり起きたらいいのに。
つっても、今日はその律儀な姉ちゃんはいない。昨日、トシ兄の家に泊まっていった。幼馴染とはいえ、異性と一つ屋根の下っていうのは心配だ、トシ兄が。
まあトシ兄が姉ちゃんに欲情してドスケベな事をするとは思えない。昔からそういうのに対してはせいぜいムッツリスケベ。姉ちゃんを押し倒した時のことや、春花に一年ガン無視されたことが原因で、すっかりクソザコメンタルだ。
さらに、元々の鈍感さにさらに磨きがかかった超鈍感のボケ念仁に成り果て、姉ちゃんの気持ちを察することはまあ無理。つーか、あの姉ちゃんも姉ちゃんだ。何年引っ張ってんだ。まったく情けねえ。
「たっだいまー!」
噂をすれば、アホがアホな声出して帰ってきた。やたら嬉しそうな声からして、何かあったんだろう。
「おはよう涼太! また九時くらいまで寝てたんでしょ! このお寝坊さん!」
「うるさ」
「色々あったのよ! 春ちゃんと体洗いっこしたり、冬士郎のベッドに寝転んで色仕掛けしたり、冬士郎の枕に顔うずめて一晩寝たりで最高だった!」
何こいつ、聞く限りじゃほぼ変態行為しかしてねえんだけど。縁切りたくなってきた。
「肝心のトシ兄の悩みについてはどうなったんだよ」
「もちろんしっかりと聞いてきた! 何とか解決したみたいで本当によかった! そして何より……」
そのままソファの上のクッションを抱き締める。
「私の事、また綾乃って呼んでくれるって! 大きな進歩だわ!」
「ガキの頃に戻っただけじゃねえか」
「いいの! これから少しずつ進んでいくの!」
それから、久我家にて何があったのかを聞かされる。悩殺のくだりの辺りで聞いていられなくなり、部屋に逃げようとしたけど、逃がさないと言わんばかりのローキックを食らって満足に立てない。何で姉っていう生物は弟に対して容赦ねえんだよ。
「もうさ、さっさと告れよ。今ならオッケーもらえて付き合えるんじゃねえの?」
「え、無理、ハードルが高過ぎる。どれくらい高いかっていうと、東京タワーくらいあるわ。越えられるわけ無いじゃない」
「東京タワーならポニータでも越えられんだよ。さっさと告れや」
「無理ったら無理!」
はっはー、ダルっ。
とはいえ、話を聞いた限りじゃ、トシ兄の黒歴史はどうにかなったみてえだ。俺の仕掛けた荒療治が効いたみたいだ。
***
そんなことを月曜日の空崎高校1年C組の教室で春花に話してみる。当然、トシ兄の妹であるこいつも俺の幼馴染である。高校やクラスまで一緒になった腐れ縁だ。
「やっぱり涼太の手引きだったんだ。あの奥手な綾乃姉ちゃんが急に泊まりにくるなんておかしいと思った」
「あれぐらいしねえとあの二人の距離は縮まんねえだろうが、見ててイラつくからちょっと後押ししてやっただけだ」
恐らく、春花も同じ考えはしてるんだろうな。
「ま、いいんじゃない? お兄ちゃんも綾乃姉ちゃんを見ても白目剥いたりしなくなったし。お兄ちゃんが気絶している横で布団を思う存分堪能したって聞いた時は普通に引いたけど」
「そりゃ引くわな」
「あと、お兄ちゃんの残り湯もじっくり堪能してた。幸せそうだったよ」
そんなことまでしてやがったのかあの変態。早急に縁を切るのはどうすればいいんだっけ? 市役所?
「あれで学校じゃ成績優秀な優等生で通ってんだぜ? 笑えねえよ」
「確かに、お互い面倒なお兄ちゃんとお姉ちゃんを持ったもんだよねー」
「全くだな」
「あ、それちょうだい」
春花は俺が飲んでいた炭酸ジュースの入ったペットボトルを奪い取り、飲み始めた。こいつ、まだ二、三口しか飲んでねえのに。
「返せよ、てめえで買いにいけよ」
「いいじゃん減るもんじゃないし、はい返す」
雑に投げ返されたペットボトルを受け取り、残量を確認。こいつ、一気に半分以上飲みやがった。何が減るもんじゃないし、だ。
中途半端に残されたジュースをさっさと飲み干し、ゴミ箱に向かって投げ捨てる。我ながらナイスコントロール。
「今度はオレンジジュースお願いね」
「誰がお前の言うことなんか聞くかよ」
「ケチ」
ジュースを補充しようと自販機に向かおうとしたが、ここでタイミング悪くチャイムが鳴り響いた。
春花を睨んでから席に座り、次の教科を確認する。やべ、歴史だ。寝よ寝よ。机に突っ伏して夢の世界に行こうとした俺の頭を右隣の席の春花がしばいてきた。面倒な奴とまた席が近くなったもんだ。貧乳の癖に。
うおっ、強烈な殺意の視線を感じる。こいつの前で余計なことは考えるもんじゃない。全部筒抜けなんだわ。
トシ兄と姉ちゃんの関係は今のところ大きくは変わらない。これからどうなっていくかなんて俺には予想できない。
告るとしたら、十中八九姉貴の方からだろう。ボケ念仁のトシ兄から恋をするとはとても思えない。
「じゃあこの辺、柊読んでみろ」
歴史教師が俺に当ててきやがった。やべ、どこ読めって?
「20ページ」
春花がそう囁いてくる。ナイスだ優等生。素晴らしい奴と席が近くなったもんだ。貧乳も一部には需要あるから落ち込むなよ。
「えーと、弥生時代は……」
「そこじゃない。私は30ページを読めと言ったんだ」
「はい、すんません」
隣の貧乳が必死で笑いをこらえているのが聞こえる。前言撤回、めんどくせーまな板と席が近くなったもんだ。
貧乳はステータスだ!
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