久我冬士郎は死にたい
よろしくお願いいたします。
人には誰だって忘れたい過去がある。時間が経ってから思い出して笑い話に出来るレベルの物から、思い出す度に枕に顔を埋めて悶絶したくなるレベルの物まで様々だ。
時々、急に嫌な過去が頭によぎり、死にたくなる時は誰でもあるだろう。その時には顔がひきつって我を失ってしまう。
実際、この俺“久我冬士郎”もその一人。
しかも、俺の思い出したくない過去はある日常的なきっかけで思い出されて中々忘れることが出来ない。
そんな過去を思い出してしまうきっかけとはとある同級生の顔を見ることだ。
そいつの名前は“柊綾乃”。小学生から、いや、生まれた時からの腐れ縁で、小学校、中学校、そして今現在通っている高校までもずっと同じだ。
中学の時までは普通に話していたものの、高校に入ってクラスが別になってからは喋る機会が極端に少なくなった。たまに会っても素っ気なく挨拶ぐらいしかしなくなった。
別に喧嘩をして避けられているとかそういう訳ではない。けど、その、色々とあったんだ。
「そんな幼馴染みが今年同じクラスになっちまったわけだ。何が不満なんだ?」
休み時間中、雑談をしていた前の席の友人にそんなことを聞かれた。
こいつの名前は“二宮右京”。高校一年の時からの付き合いだ。
「だから言っただろうが、あいつ……柊の顔を見ると」
「見ると?」
「思い出したくない黒歴史が蘇る」
「面白そうだし聞きてえな! 100円やるから」
「話したくねえから黒歴史なんだろうが。お前絶対弄り倒すだろ」
相変わらず無神経な奴だ。100円て舐めてんだろ。
「見たくねえって勿体ねえな。柊の奴、めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。あんな子を幼馴染に持ったお前は幸せ者だよ」
「幼馴染だからなんだってんだよ」
「そりゃ、あれだろ。いわゆる恋愛的な?」
「勘弁してくれ。身が持たない」
「おっ、噂をすれば柊だ」
教室の入り口を見る右京に釣られ、無意識にそっち側に視線を流しそうになったがなんとか堪える。
「おりゃ、見ろや冬士郎」
右京が俺の頭を力ずくで教室の入り口の方向に向けた。無理矢理曲げられたせいで首が痛い。こいつ後で殺したろか。
視線の先には、長い黒髪の清楚さ溢れる女生徒がいた。顔立ちは非常に整っており、美人と言っても差し支えない。スタイルもよく、出る所はしっかりと出ている。
こいつが俺の天敵、柊綾乃である。高校二年にてクラスが同じになってしまった。
ああ、駄目だ。あいつの顔を見てると……
急いで視線を元に戻して右京の頭を教科書の角で叩いた。
「いってえ! 何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ! さっきの話聞いてなかったのかこの野郎!」
「聞いてたからこそ本当にそうなのか確かめたくなるんだろうが! 大体、女子の顔を見れないって童貞もいいとこだろうが!」
「童貞とかそういうことじゃねんだよ要らねえこといちいちほざいてっとぶっ飛ばすぞゴラァ!」
「ちょっと冬士郎」
「ああ!?」
名前をを呼ばれて振り返る。振り返る前に声で誰に呼ばれたかを判断すべきだったと後悔する。柊だった。
「もう少し静かに。皆驚いてるわ」
「……分かったよ」
俺の返事を聞いた柊は自分の席へと帰っていき、近くの席の友達と話し始めた。
最近、あいつと話す時はいつもこうだ。迂闊に顔をしっかり見てしまうと思い出したくもない黒歴史を思い出してしまうから適当に対応してしまう。
「どうだ? 黒歴史思い出した?」
「ギリセーフだ。すんでのところで顔を逸らしたからな」
「そんな事で今年一年やっていけるのか?」
「無理かもしれない」
ああ、何で俺はあんなことをしてしまったんだ。中学とは違う平穏な学校生活を送るって決めたのに。
***
授業も終わり、下校する。二年に進級しても、クラスの面子が変わっただけで学校生活に大きな変化は起きないもんだな。俺は部活に入ってないし。
柊さえ視界に入れなかったら普通に学校生活は送れている。あいつの席は俺より後ろなのが不幸中の幸いだ。
そういえば今日は“あいつ”とオンラインでゲームする約束をしてたんだった。よし、コンビニによって適当なお菓子やジュースでも買っておこう。
ささっと支払いを済ませて帰ろうとする。
そしてコンビニに寄ったのは失敗だったと気付いた。
出たところで柊と鉢合わせてしまったから。こいつと俺の家は近いのだ。こんな可能性は十分にあったのを考えていなかった!
「あら冬士郎、奇遇ね」
「そ、そうだな」
すぐに目を逸らし、何かを別の事を考える事にした。最近読んでいる漫画のストーリー、印象に残ったセリフなどを頭に浮かべる。あのセリフよかったなあ、あの悪役可哀想な過去持ってたなあ、といった具合の事を頭に一杯にした。これで忌々しい過去は出てこない。よっしゃ……!
「そんなにすぐに何処か行くことないじゃない。顔もろくに合わせないで」
柊が俺の顔を覗き込んでくる。やめろ来るな。せっかく思い出さずに済んだかもしれないのに!
「お、俺は今忙しいんだよ!」
「お菓子やジュース買っといて何が忙しいの?」
「色々だ色々!」
結局、家の近くまで柊はついてきた。ついてくるも何も家の方向は一緒なんだから仕方がないことだけども。
柊は色々と話を振ってきたが、ロクに会話は成立させていない。別の事を考えて黒歴史復活を防ごうと必死だったからだ。
「……それじゃあね冬士郎。また学校で」
「あ、ああ」
短い別れの挨拶を終え、家に入る。
……………………。
「ああああああああああっっ!!!!」
学校にいた頃からずっと溜め込んでいた何かが家に着いた安心感で大爆発! すぐに自室のベッドにダイビング! 枕に顔を埋めて大絶叫!
俺は……俺は……! あの時、何故あいつにあんなことを……!
「お兄ちゃんうっさい!」
妹である春花が扉を強く開けて抗議してくるが、その一言で収まるほど問題は軽くない。
これから毎日これが続くのか……? 嫌だ。冗談じゃない。あいつの顔は危険だ! このままじゃ俺の精神が崩壊してしまう! あああいっ!
「お兄ちゃん、ベッドの上でブリッジしながら悶絶しないでキモい!」
ああ……あいつが同じクラスにいる限り、俺に平穏な生活は訪れない。どうすればいいってんだ!
とにかく、今はこのまま寝てしまおう。起きた時に忘れていることを祈りながら俺は眠りに付く。
「お兄ちゃん、痙攣しながら白目剥いて寝ないでキモい!」
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