それでも生きていく。
ー手術室前ー
冷たく無機質な金属の自動扉...赤いライトに書かれた「手術中」の文字のみが彼女を認識する唯一の手段だ。
生後4ヶ月、まだ小さなその体に今しがたメスが入った
これまでの日々、碌に触れることも出来ず、プラスチック越しに眺めることしか出来なかった愛娘。
既に心配からか、心臓が裂けるように唸っていた。
ー手術室ー
「よし、大動脈、肺動脈及び心血管を遮断した、これより人工心臓を繋ぎ、左心室、肺動脈間をバイパスを用いて心臓内の血液の流れが正常になるよう縫合する」
「「「はい!!」」」
実に難しい病気だ、通常の心臓の作りが左右反転したようになり、心臓の中心である心室中隔に穴が開く合併症を引き起こしている。
幸い、完全大血管転位症と異なり心臓から送り出される血液の流れは正常だが、心臓内部では通常と違う動きで血液を循環させているため、心不全や狭窄が起きやすくなる。
それをバイパスによって無理矢理通常どうりの血管に繋ぎ合わせ、通常の動きで通常の血液の流れを作ることが出来るよう、矯正する。
「よし、縫合終了、心臓を元の血管に繋ぎ直すぞ。急げ!」
「「「はい!」」」
ー7時間後ー
「やっと終わった....」
「やりましたね先生!」
「よかった...さすが先生!」
「ただでさえ小さい小児の心臓を...名医と呼ばれる理由がわかります...」
「ふぅ...よし、閉胸する...」
「....!?!?...先生!」
「嘘だろ...不整脈だ...」
「どうしますか?!」
「電気ショックでリズムコントロールする!」
「「「はい!!!」」」
「除細動器まだか!早くしろ!!」
「チャージ完了です!」
「よし行くぞ!離れろ!3..2..1..」
ー手術室前ー
あれからかれこれ10時間弱。
妻も僕も何も喉を通らず、不安と絶望が交互に押し寄せる。
「もし、あの子が死んでしまったら....私....どうすれば...」
「大丈夫だよ。先生達が治してくれる。」
「私のせいだ....私が....健康に産んであげられなかったから....うぅっ...」
嗚咽を上げ涙を流す妻を見て声をかけるべきか悩んでいた。
僕には、彼女の苦悩など数パーセントも理解出来ていないのではないか。
もし、本当に....
そう考えて「自分の嫌な予感が当たる」ことを思い出す。
悪く考えるのはやめよう、希望はあるはずだ。
思えば、妻は我が子に当たり前に母乳を与えることも出来ず、人口のミルクに頼らざるを得ない生活を送っていたのだ、母親として、相当に辛い思いをしたに違いない。
今は....背中をさすってやるくらいしか僕にできることはないのだろう。
ふと顔を上げ赤く光るライトを見ると、ちょうど光が消えた。
「...ちょっ」
短く声を上げる、
妻も気付いたようで、バッと立ち上がる。
数秒後、固く閉ざされていたパンドラの箱はやっと静かに開いた。
「先生!!!!!」
「先生っ...娘は...優里愛は....」
涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を向け、妻は先生に縋るように駆け寄る。
「手術は...成功です」
「「!!!!」」
僕らは顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。
しかしそれを遮ったのは、先生の次の言葉だった。
「ただし...」
「....」
「ただし...なんでしょう?」
先生は言葉を続ける。
「ただし、ペースメーカーという装置を何年も付けて生活しなければならなくなりました。」
「どういうことでしょう...手術は成功って...」
「ええ、しかし術中に不整脈という、心臓の鼓動のリズムが著しく乱れる症状が起きました、今回は電気ショックによってギリギリのところで踏みとどまりましたが、次そうなった時に早急な対応ができる保証はありません。」
「そんな...」
「なので心臓に電気ショックを与えるための装置を埋め込み、不整脈時に自動的にリズムを整えることで対応しなければならなくなります。」
「そうですか....それは一生外せないんでしょうか?....できれば普通の子と同じように過ごさせてやりたいんです!」
「もちろん、経過を観察し、数年間不整脈が起こらないようでしたら、取り外すことも視野に入れるでしょう。ですがお母さん、まずは命を優先すべきですよ?」
「そうですね...ありがとうございます..」
僕は結局聞いていることしか出来なかった。
こんな状況になっても、ただ黙って見ているだけの自分に無性に嫌気がさした。
ただ、これで当面娘の心配は要らないだろう。
最後にゆっくりと立ち去る先生の背中に精一杯の感謝を込めてお辞儀をした。
最初の手術編です
心臓病なんて詳しくないのに難病指定された病気から選んだものだから
症状、手術内容、それによってどうなるのか
なんてことを死ぬほど調べる羽目になりました。
同じ病気で苦しむ方がいらっしゃったならば、本当に失礼なことをしているなぁっとふと思いました。
間違った知識で書いている可能性大なので、絶対に間に受けないでください。
医者の先生の言葉をきちんと聞きましょう。
書いてて不安に思ったので注釈を入れようと思い立ち、あとがきを書きました。
是非感想お聞かせください。アドバイス等ありましたら、お気軽にどうぞ。