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そして朝がやってくる。

私は窪田優里愛(くぼたゆりあ)

三日前に生まれた0歳女児。


私の人生は実に波乱万丈なものとなる、そう確信し、意識を深い知識と常識の底へ沈めていく。


ー産婦人科病室ー


(出産前日)

「お母様、だんな様とご一緒に2番の診察室へお入り頂けますか?」


昨日陣痛が本格化し、夜中の2時に産婦人科へ駆け込んだ。

もうそろそろ、ほんのあとすこしで、僕らの子供が生まれる。

それなのに、看護師さんの顔色はいまひとつだった。


「.....?」


「そんな心配そうな顔しないの。私達の子よ?きっとお産の時に気をつけることとかの説明をしてくれるのよ。」


「そっか...」


妻はそう言って笑うが、僕はどうも胸騒ぎがした、言い知れぬ不安感、何故だろう、何故かそんな気がしてならなかったのだ。

的中して欲しくない嫌な予想だ。


ー診察室ー


「あぁ、お母さん、お父さん、担当医の灰原です、どうぞよろしく。」


「「よろしくお願いします」」


「いやぁ、それで少しエコー画像から気になる点を見つけましてね。」


「.....それってつまり..」


「赤ちゃんに何かあったんでしょうか。」


医者は言葉を続けるが、僕は無意識のうちに耳を閉ざそうとする


きっと大丈夫、そう妻も言っていた。


何も問題なんてない、大丈夫だ。


そんな思いと裏腹に僕の予想は的中してしまっていた。


「お子さんは、心疾患を患っている可能性が高いです。はっきりとしたことは産後に見てみないことにはなんとも言えませんが......」


医者はさらに続ける。

先程まで笑顔を浮かべてこれからの出産に意気込んでいた妻も流石に不安を感じたようで、始終うつむいていた。


ぼくらには、すでに医者の言葉は届いていなかった。


ー病室ー


僕らには、笑顔がなかった。

僕らには、活気がなかった。

僕らは.....言葉がなかった。


時計の秒針、病室に響く小さな機械音。

そんな細やかな音の端まで聞こえるほどの静寂が僕らを包む。


しかし、そんな沈黙を切り裂いてくれるのはいつも妻だということを僕は知っている。


「あの....ね」


「....うん」


「私はね、覚悟してたの」


「え?....」


「妊娠したことがわかった時にね?...もし自分の子に、障害や病気、怪我があった時、一番近くで見守ろう。何があっても、どんなに辛くても、頑張って育てよう。そう決めてたの。」


「そっか...」


「だからね、大丈夫だよきっと。赤ちゃんもそれに応えてくれる、どんなに辛くても、必死で生きようとしてくれる、私達の元へ来てくれる。だから.......泣かないで?」


「っ....」


ふと我に返る、妻の覚悟を聞いて、最愛の人の想いを聞いて、

知らぬ間に涙が頬を伝うのが分かった。


結局その日、彼女の母としての意見に気圧された僕は、何も言えなかった。


ー翌日ー


「おはよう、陣痛どう?」


泣き腫らした瞼を擦り、僕は問いかける。


「だんだん間隔が狭くなってるみたい、お医者さんは今日中には産まれそうだって。」


「そっか」


「うん」


「僕も決めたよ。覚悟」


「うん」


「二人で頑張ろう。何があっても。」


「ありがとう。」


「.....」


お互いを見つめ合い、自身の気持ちを再確認する。

数秒の後、意識を病室へと戻した。


「...あっそうだ、どうする?名前。」


「まだちゃんと話し合ってなかったよね。」


「子供には自分の託したい思いとか、希望を込めた名前を付けてあげたいね。」


「そうねぇ」


「彼女にはどんな子に育ってほしい?」


「....とにかく元気で、どんなときでも優しい子、自分も、他人も、家族も愛せる子、そんなふうに育って欲しいな、どんな病気を抱えてても、人としての優しさを忘れないように。あなたは?」


「僕は君と子供を守る事だけを考えるよ、だから君が決めた名前に...君が伝えたい想いに一文字だけ僕の名前を入れたてくれたらそれでいい。」


「じゃあ...優しく、愛を忘れない子....陸人(りくと)......「ユリア」...とかどうかな?」


「いいね、可愛い名前だ。ユリア....優梨愛...優里愛...」


「もうすぐ産まれてくるんだよね。ちゃんとお母さん出来るかな。」


「できるさ、僕も精一杯協力する。」


「ありがと。」


ー午後3時ー


小さな保育器に、小さな命の、大きな叫びがこだまする。

修正大血管転位症(しゅうせいだいけっかんてんいしょう)」と診断された彼女は、今も母の手に触れることなく治療を受けている。

今後生後4ヶ月前後を目処に本格的な手術が始まると説明を受けた。

はっきりと診断を下された時に見せた、妻の母としての顔を、僕は今後忘れないだろう。



ースペックー


父:窪田陸人(くぼたりくと)(26)

自営業(電気工事)

痩せ型、髪をツーブロックにしており、眼鏡がないと何も見えないほどの乱視。

作業着が普段着。


母:窪田奈穂(くぼたなほ)(22)

旧姓:斉藤

元大手アパレルショップ店員

産休申請後、退職。現在専業主婦。

ぽっちゃり寄りの普通体型、ショートカットの黒髪が自慢、妊娠後、太り気味だった体型が悪化し、出産後はダイエットを決意、成功している。

アパレルショップ店員だっただけあり、ファッションはおしゃれ。


娘:窪田優里愛(くぼたゆりあ)

修正大血管転位を患う女児。

妊娠出産編を書いてみました。

女性読者の方や、現在ママさんの方は共感して頂けたり、逆に「現実味がない」

と感じられることもあるかもしれません。

でもそれでいいじゃないですか。命が宿ることこそ現実味がない、奇跡のようなことなのですから。


次回からは生後4ヶ月辺りから幼稚園入学くらいまでを目処に何話か書いてみたいと思っていますが、仕事のない日で、予定のない日限定で書いているので不定期になると思います。


それでもいいという方は、是非ブックマークして頂けると嬉しいです。

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