おしえてもらったまほう
闇の軍勢は確実に滅んでいった。
残りわずな領地に足を踏み入れたら、全てを解放できる。
「こうして、あーして、こーう!」
「すごいな!」
スカーによく似た女の子の遊びに付き合っていると。
不意に闇の雰囲気を感じて周囲を見る。
何かが近くに居る。
闇の軍勢と何度も戦った俺は特有の気配が分かるようになっていた。
「どーしたの?」
上を見上げると黒い存在が降下していることに気づく。
その存在は剣を振り下ろしている様だった。
「きゃっ」
女の子を抱き寄せ、魔道アームで剣を受け止める。
「お前、誰だ!」
風の魔法で風圧を起こし、斬撃の威力を半減させる。
「……」
黒い存在は飛び退いて鎧の中が禍々しく燃える。
赤いマントを泳がせる黒騎士が、文字を刻んだ剣を向けてきた。
『女子を襲うほど、闇は落ちぶれてなどいない』
「信じれるかよ」
「軍勢に抗うお前に会いに来た、最優先事項はお前の失脚、それのみ」
女の子を下ろして、とにかく離れるように伝える。
「分かった!」
トコトコ離れていくまで、黒騎士が何かしてこないか監視する。
『……では、破滅を決める戦いをしよう』
刻まれた文字が怪しげに光り、両手で持つと右肩に引き寄せた。
『我が名は大将軍ヨシカゲ、いざ尋常に』
黒騎士のオーラが散漫する。
「効くかよ!」
魔力の糸に逃げ、黒騎士の背後を取る。
刀を抜きながら前方を切り裂いた。
「ぐっ」
斬撃を受けてよろけた隙に連撃を叩き込む。
鎧が何度も変形して脆さを露わにする。
追撃の斬撃に穴が空くように朽ち、鮮血が散る。
「……ッ!」
振り返った黒騎士が俺の首元に手を伸ばす。
魔道アームでその手を抑え込み、グイグイ進む。
「なぜ、下がらない?」
「死んでもいいからだ!」
手を跳ね除け、相手の剣をじっと待つ。
振り下ろされる瞬間に糸で消え、再び姿を見せる。
剣の上に着地した俺はその場で跳ね、勢いに任せて振る。
上半身の鎧が斜めに損傷する。
トドメを刺そうと距離を詰めると相手が剣先を向けてきた。
魔道アームで掴み、剣先を斜め上に向ける。
「これで終わりだ!」
大きく一歩を踏んで接近すると、剣を握っていた魔道アームが擦れて火花が舞う。
鎧の隙間に刀を突き刺した。
「……!」
黒騎士が剣を手放して崩れ落ちる。
「これほど、だったか」
剣から文字の光が消える。
「闇は朝焼けの前に消えるべきだ」
剣を残して黒騎士は水のように蒸発していった。
それから女の子と遊んだ俺は、闇の領地を完全に解放した。
信じてくれないかなって思いながら、女の子に自慢する。
「すごーい! お兄ちゃんかっこいい!」
「だろ? 一緒にアルカデリアンを食べよう」
「わーい!」
この子がスカーに見えてしまって仕方ない。
違うっていうのは分かってるのに、仲良くしたくて仕方ない。
ずっと暮らそうかなって思った時だった。
『元気にしていたか』
いつも居てくれた男が現れたのは。
「もうスカーは居ないし、俺に用はないだろ」
「それがある、闇の軍勢を滅ぼしたと噂で聞いた」
「どうした? それが」
「ローザがこの事を受けて、勲章の授与がしたいらしい」
貰わないよりはマシかと。
要らなかったら女の子にあげよう。
そんな思いで俺は勲章を貰いに行った。
久々に男と馬車に乗って、様々な領地を渡り歩いた冒険を語る。
「やるな、英雄も近い」
「どうだろうな」
コキュートスに戻ってきた俺は、城の中を案内されて。
『よくぞ来た』
ローザの前に立たされた。
偉そうだな、闇の軍勢を薙ぎ払った転生者だぞ。
「敬意を払ってくれないか?」
「貴様! 何様のつもりだ!」
ガヤなんてどうでもいい。
「おいおい、俺は大将軍を倒したんだぜ」
「それがどうした?」
「この辺の人間を捻ることは簡単だぞ」
「ならば斬り伏せてみろ!」
貴族みたいな奴が剣を抜いて襲いかかってくる。
「遅い」
俺は容易くその首を跳ね飛ばしてやった。
「な……」
周囲がザワつく。
「やるな、褒美を言え」
「一生困らないほどの金をくれ」
「その価値がある人間なのは確かだ、認めよう」
その金で豪遊してみたし、カロンにゲーテのことで色々感謝もされた。
満たされない。
何本ものアルカデリアンと酒を飲んでもダメだ。
女の子がいる国を手元の金で豊かにしても足りない。
英雄になっても沈んだ気持ちはどうしたらいいんだ?
苦しくて、生きるのが辛い。
俺は昼間にローザの元に訪れた。
「何用か」
「俺と一騎打ちしないか」
『ローザ様がするわけない!』
ローザは自信があるのか了承した。
その場で剣と刀を抜き合い、切りつけあった。
英雄と呼ばれるローザはその名に相応しい強さで、サラの能力を使わなければ防戦一方だ。
「そろそろ、負けを認めなさい」
「ありえないな」
甘い斬撃を魔道アームで掴む。
引き寄せて体勢を崩したローザを刀で斬り抜いた。
「……ッ」
赤いカーペットにローザがぐったり倒れる。
「き、貴様! 英雄になんてことを!!」
一斉に見物人が剣を抜いてくる。
「魔力なしで相手にしてやるよ」
血と共に人を斬っていると悲痛な顔が見えてくる。
俺は微かに満たされていた。
俺より不幸な人間を見て、満たされた。
嘆いた血染めの川で仰向けになって天井に手を伸ばす。
スカーの魔力を全部使って、スカーから教えて貰った魔法を使う。
俺は一人で生きることはもうできない。
喜びが、他人の悲しみなんて。
死んだ方がマシだ。
『コキュートス』
パキパキ、ピキピキ。
周囲の血が氷、俺の体まで侵食していく。
この冷えた温度が酷く懐かしくて、スカーに抱きしめられているみたいだった。
もう凍ってしまうことは怖くない。
スカーに、会えるんだから。
「幸せだ、な……」
捧げた右手が凍っていくのを見て、俺は目を閉じた。