したいこと
「スカーは猫じゃないよー」
下顎から首にかけて撫でる。
なんとか元気になってくれたみたいだ。
「……ごろごろごろ」
「猫じゃないか」
スカーはノリがよかった。
「猫だからお腹触られたいなー」
「しょうがないな」
服の中に手を入れて触ってみる。
「冷たいな」
「リュウキの手がぬくーい」
本当に生きてるのか? 冷えすぎてる。
「寒いだろ」
「うん……」
「厚着した方が」
ジャケットを脱ごうとしたらスカーに止められた。
「着たくない!」
「なんでだよ」
「リュウキの肌が遠くなるから……」
スカーが納得する方法で温めてあげたいな。
「だからって薄着もな」
「嫌なのは嫌!」
仕方なくスカーを抱きしめる。
「義務的なギューはきらい」
「そんなわけないだろ」
冷たいスカーの温度が服を通して伝わる。
「ちょっと熱かったから、冷房になってもらおうかな」
「合理的なのもきらーい……」
「ちょうど冷たくなりたかったんだよねー」
「都合がいい女的な奴もいやだよ」
懇親のボケは全滅だ。
「じゃあ何がいいんだよ」
「愛して欲しいよ」
じゃあ抱きしめるのはやめようか。
「な、なんでやめるの」
「愛してないからだ」
「愛して、ない……」
スカーは俯くと何も言わずに指で遊び始めた。
落ち込むのは勝手だけど、露骨にしょんぼりされると俺も悲しくなる。
スカーを抱っこして外に向かう。
「捨てないで……!」
「何が?」
「スカーを外にポイして楽するつもり!」
「そんなわけないだろ」
何を言ってるんだこいつは!
「スカーのお世話は面倒だから……」
「それはある」
「愛してないから捨てられちゃう」
普通に愛してるんだけど。
「あれは抱きしめるより良い愛し方があるって事だぞ」
「じゃあどこに行くの」
「暖かいものを食べに行く、スカーは寒がりだしな」
「嘘はダメだから、ね」
疑われるのは辛いぞ。
「分かってる」
学園を出て前に来た屋台に座る。
おでん屋みたいな、和風の空間に腰を下ろす。
スカーも到着したことに気づいて隣りに座った。
『あら、いらっしゃい』
お姉さんがにこやかに微笑む。
「おすすめを二つ」
「あるよ」
丼に米を浅く盛って、透明な熱いスープを注いでいく。
俺の前に置くとスカーの分も作ってスプーンをそれぞれ差し込んでくれた。
「どうぞ」
俺は手を合わせて一口。
このダシは最高だな!
「……どうだ?」
スカーも口に含んでもぐもぐしてる。
飲み込むと小さく頷いた。
悪くないらしい。
食べ終えた俺は暖かい気持ちでいっぱいになった。
「四枚だっけ」
「そうだよ」
コインを置いてスカーが食べ終わるまで待つ。
「食べるの遅くて、ごめん……」
「個人差はあるだろ? それくらいで泣きそうにするな」
「ごめん」
謝られるのも嫌いだ。
「俺はスカーの食べる姿が見たいから早く食べたんだ」
唇にスプーンを当ててサラサラと口の中に送られる。
何回か噛んで飲み込むと分かりやすく喉が動く。
段々と熱に犯されて、額に汗が宿ってくる。
長い髪が頬とおでこにバラついて張り付く。
邪魔そうに髪を後ろに流すとスプーンを握り直した。
米を食べ切って丼に口を付ける。
持ち上げて傾けるとゴクゴク喉を鳴らして飲み干す。
良い食べっぷりだ!
「ごちそうさま」
「見てて気持ちが良かったな」
屋台を後にして、スカーが何をしたいのか聞く。
「えっと、図書館行きたい」
「何かあるのか」
「したいことが、あって」
スカーを優先して図書館に向かう。
前でスカーを下ろした。
静かな場所で抱っこというのはさすがに気が引ける。
スカーも分かってたみたいで、先に入って行った。
中に入って本のタイトルを読んでいると。
「ねえねえ、一緒に……」
スカーが胸に一冊の本を抱えて現れた。
王子と姫様の絵が見える。
「読むか」
「うん!」
スカーに誘われて端っこの席に座る。
俺は右手で、スカーは左手で本を支えて読み進める。
読むペースは完全に一緒だった。
内容は幽閉された姫様を王子様が助けに向かう王道ストーリー。
助けた後、身分を偽って娯楽に身を委ねるシーンがあった。
その中で図書館に入った二人は一冊の本に隠れて甘いキスを交わしていた。
「……」
スカーがモジモジしながら俺を見てる。
「ね、ねえ……」
分かりやすい。
「このシーンが」
「なんだー?」
「このシーンみたいにしたいな……」
「はっきり言ってくれないと」
とぼけてると静かな声で呟いた。
「ここでチューしたいよ……」
「いいよ」
この本を立てて、本の中で唇を近づける。
「……」
攻めてこないスカーの代わりに俺がスカーの唇を盗んだ。
「ん……」
静かに唸ると何もかも任せてくる。
カタ、カタ。
隣から歩く音が聞こえて顔を離す。
伸びた糸が机に垂れる。
「はあ……」
びっくりした、バレたんじゃないかって。
実際はバレずに済んだ。
「リュウキ、ありがと」
本を閉じたスカーが棚に戻して帰ってくる。
「満足したから戻りたい」
「良いぞ」
図書館を出るとスカーが手を伸ばしてくる。
「だっこ……」
「わかったわかった」