恐怖
リュウキと呼ばれた男が将軍に掴みかかって言葉を注ぐ。
『よくも怖がらせてくれたな!』
「貴様に用はない!」
跳ね除けるように将軍も闇を注ぎ返した。
「効くわけねえだろ!」
「なんだと」
鎧をガツンと殴って窓から投げ飛ばす。
パリンと割れたガラスと一緒に将軍が落ちていった。
たった数メートルの落下。
「行くぞ、スカー」
時間稼ぎにはなる。
「うん!」
差し出された手を握って先にタッタッと進む。
「りゅうき〜」
「ん?」
「なんで透けてるの?」
「なんでだろうな?」
リュウキが幽霊となって現れたとか?
「……死んじゃったの?」
スカーはそんな気がしてならなかった。
「気づいてしまったか」
「え」
濁った視界を人差し指を曲げて拭う。
「死んじゃえって言ったから……」
「死んでるわけねえだろ?」
「でも……」
「悪い冗談を言ってしまった」
左腕も機械じゃないのに、変だよ。
「真実じゃんか!」
「俺があげたプレゼントを忘れてるんじゃないか?」
「……え?」
「俺ばっかり見てたんだな」
二人の前に闇が現れる。
『同胞を解放しろ』
リュウキはスカーに近寄らせまいと手を横に伸ばしてスカーを下がらせる。
代わりに進んだリュウキが闇を受け止める。
バチバチと闇が虚しく燃えて消え。
「貴様、なぜ闇に近づける!」
「セレスの木片だからだ」
「セレスだと?」
「そうだ、お前みたいな邪魔者を追い払う役目がある!」
リュウキは近づいてきた相手を蹴り飛ばして振り返る。
「スカー、剣をくれるか?」
「分かった……」
氷の剣が床から姿を見せる。
「おいおい、本当に死んでないからな、多分な」
そう言って引き抜くと闇の存在を激しく斬りつける。
ギンギンと火花が散る斬撃。
「くっ……」
相手がよろける。
腰を据えて突っ込みながら剣を突き刺す。
剣が鎧を貫いたままドンッと壁にぶつかる。
「鋼鉄の鎧が」
壁に縫い付けられた相手を横目にスカーを引き寄せた。
「逃げるぞ」
そのまま一気に廊下を走り抜ける。
途中で追われていることに気づいたリュウキはスカーを片手で抱っこした。
「……つめたい」
「どうした?」
「リュウキ暖かくないよ」
やっぱり死んじゃってるんだ。
「おいおい、いつも冷え性な奴が言えたことか?」
追っ手を撒いたスカー達がなんとなく空いた教室を見た。
誰かが壁に座ってる。
よく見てみるとリュウキだった。
「あっ!」
「勝手に行くな!」
机を縫うように避けてリュウキに歩み寄る。
所々が血で汚れていて、戦った形跡が見られた。
「おきてー」
ユサユサ。
揺らしても反応がない。
「……やっぱり幽霊だったんだ」
スカーは声を堪えようと下唇を噛み締める。
幽霊にバレないように静かに肩を震わせる。
『いや、生きてるぞ』
半透明なリュウキは倒れた本物に手を当てて言った。
「嘘は、優しく、ないよ」
見上げたスカーの頬は涙でヒタヒタ濡れ。
「勝手に殺すな」
そう言ってリュウキを担ぐとスカーの涙を軽く拭う。
「ほら、前を向いていくぞ」
スカーは手を震わせて、透けた腕に縋った。
俺は階段を降りて片っ端からスカーを探した。
教室を見ながら廊下を疾走したし、窓から見たりもした。
途中で黒い鎧を着た奴から身を隠したりして。
見つかったらヤバいな。
『ここで、なにをしている?』
「あ……ち、ちーっす先輩! すげえ鎧を着てますね!」
見つかってしまった。
「これは鋼鉄の鎧と言ってな……さっさと出るがいい」
廊下の掃除用具入れから引きずり出されてしまう。
『貴様にも聞こうか』
「な、なんだ?」
「同胞を知らないか?」
「知るわけねえだろ!」
ジリジリ一歩下がる。
「ならば死んでもらう」
距離を詰めてきた男の魔法を寸前で避け、ただ走った。
魔力の糸から逃げて空き教室に入る。
やっぱり戦うしかないか。
背中の剣に手を伸ばす。
「貴様は苦を選び、私は快楽を選べと?」
「ああ、そうかもな」
「始めようではないか」
男の手にバチバチと黒剣が宿る。
俺は剣を前に向けて距離を詰めた。
ステップで横に逃げられた、問題ない。
その場で振り返りながら横に剣を振る。
キラリと剣同士がぶつかった。
「ふん」
弾き飛ばされ、暗黒のオーラが放たれる。
察した俺は左にステップを踏んで避けようと動いた。
寸前で右半身だけオーラに取り込まれ。
「なっ」
動けなくなった。
「ククク、闇には弱いか?」
剣を持った男が余裕そうな声で語りかける。
「効かない人間が居たと言われたが、お前ではないようだ」
男が剣を掲げてくる。
俺は魔道アームの感覚を必死に探していた。
動け! 動け! 動け!
ただ前を睨んで、スローに感じる時間を逆撫でる。
体が、震えてる。
「いい目だ、死ぬがいい」
振られた剣が近づいてくる。
『動けぇえ!!』
左手に全てを託して感覚を手繰り寄せ。
ギンッ――
黒剣を掴んで抑えた魔道アーム。
青い光を放ちながらゴウゴウと音を立てる。
「演技だったというのか!」
黒剣を掴んだまま、動くようになった右半身で力強く前進する。
キリキリと赤い火花が擦れるアームから舞う。
右手の剣を相手の肩に突き刺した。
「……ッ!」
怯んだ隙に強く体当たりを食らわせて吹き飛ばした。
魔道アームが役目を終えたように光を収めていく。
「はあ、はあ……」
強く息を吐きながら、逃げようと振り返る。
『やるではないか』
そこには別の闇が。
「ッ!!」
首を掴まれ、簡単に浮かされる。
「だがここまでだ」
手が離れた瞬間に風の魔法で吹き飛ばされ、教室の壁に叩きつけられる。
「がっ……」
呻いた俺はただ力なく壁に寄りかかることしかできなかった。
視界がぼやける。
「どうする?」
「苦を与えようか」
立て直した男が肩に刺さった剣を抜き捨てて近づいてくる。
体が動かない。
全身が焼かれるように痛いのに、それ以上の苦痛を相手は求めている。
「まあ……やるか」
男が黒剣を収めた直後、虹色のオーラが周囲に舞う。
「なんだ?」
その中に現れたのはサラ。
一人の男を炎の煙で視界を焦がす。
「目が、焼け、そうだ……」
その隙に別の一体に光を浴びせる。
「くそっ、光か!」
「仕返しです」
「ぐあああ」
光は更に強さを増し、対象を灰に変える。
視界を取り戻した相手がサラに打撃を浴びせる。
避けれなかったサラは吹き飛びながら魔力を掴む。
バシュッと消え。また姿を表す。
背後から光を浴びせて同じように始末すると俺に歩み寄ってきた。
「だから無茶はしないでと」
そう言って何度か唇を重ねてくる間に。
背後から別の闇が現れる。
「さ、ら、」
後ろを見てくれ……!
サラが振り返った時点でもう遅かった。
「貴様は上位か」
光の魔法が放てないように手首を縛って持ち上げられる。
「離しなさい!」
「仲間にしてやろうか? いや、仲間を殺した敵には苦痛と絶望の咽びを」
「離して……!」
「フハハ、逃げれないさまは愉快だな?」
ドスリ。
黒剣がサラを貫いた。
「ッ……!」
赤い血が泥のように跳ねる。
「う、うああっ!」
「闇の剣は至高の苦痛をだな……」
「が、が」
「うるさいな」
『ああああ!!』
肉を擦る様な奇声を放ったサラが黒剣を引き抜く。
カタンと黒剣が床を叩いて霧のように消える。
「な、なに……?」
ベトリと黒ずんだ血が落ちる。
『グ、ギ、ギ』
聞いたことのある音がサラから聞こえる。
黒く染ったサラは動けない俺でさえ恐怖を感じた。
「倒せば変わらんか」
男が黒剣を作り直して振り抜く。
キィン――
さっきまで棒立ちだったサラは、瞬き一つの瞬間に。
決して使わなかった腰の剣を抜いて受けていた。
『は、速い……!』
俺はコイツがサラだと思えなかった。