本当は泣く
湯で満たされるとスカーがチラリと見てきた。
『先に入って』
「良いのか?」
「おねがい」
全部してもらったのに、俺が先に入るってのは気が引ける。
「一緒に入ろうかなー」
スカーをお姫様抱っこしてみた。
「や……」
湯船の中に立ってゆっくり浸かっていく。
「おろしてっ」
「分かったから暴れるなって」
湯船の中でスカーを離した。
「この温度も悪くないな」
あぐらをかいて座る俺の上に、スカーが乗ってくる。
「熱いよ……」
「水は足してもいいぞ」
「そういう意味じゃないもん」
どういう意味だよ。
「分かったぞ?」
「えっ」
途端にスカーの目が泳ぐ。
「体温が低いから温度差で熱く感じるんだ」
「ばかばか!」
強烈なビンタを俺は食らってしまった。
「悪いことしてねえのに」
「もう出る!」
ザバァっと飛び出たスカー。
一度だけ振り返ると『死んじゃえ!』って。
逃げるように風呂場から出ていってしまった。
死んじゃえってひどいぞ!
数分経って脱衣所に行くと、スカーが居ないことを知った。
体が乾かせねえ。
濡れたままズボンを履き、制服をなんとか着る。
濡れシミがポツポツできてしまった。
二度寝をかまそうと寝室に戻ると、カロンとスカーが話をしていた。
「……ちゃんと言うんですよ」
入れ替わるように、そう言い残したカロンが寝室から出て行く。
なんの話だ?
スカーがトコトコ近づいてくる。
『ごめん、なさい……!』
頭を下げて謝ってくれた。
「許すぞー」
「死んだら、本当は泣くもん……」
スカーの頭を撫でて機嫌を取る。
顔を上げて笑ってくれた。
「このスカートで行くのか?」
「うんっ」
「反対だな」
「今のスカーは、かわいくないから」
顔を伏せられる前に弁解する。
「そういう意味じゃない」
「ほんと?」
「このスカートは短すぎるんだ、こんなの見てくださいって言ってるようなもんだろ」
屈んだ時点で見えてもおかしくない、ハレンチだ!
適当にチョイスしたんだろうな。
「もっと長いヤツを選んでくれ、見ていいのは俺だけだからな」
『リュウキも見ちゃダメだから!』
手でスカートを抑えると照れくさそうに背を向ける。
「じゃ、見ないから早くスカートを選んでくれ」
「それは見てもいいから」
「なんでだよ」
とりあえずスカーのお着替えを見た。
選ばれたスカートは膝まで伸びたやつ。
本当はズボンにして欲しいんだが。
『……ジロジロ見るな、変態っ!』
「それが言いたかっただけだろ」
「リュウキはえっちだから、ありえるもん!」
「ないわ」
「テント張ってる!」
俺は見せつけるようにズボンを引っ張った。
「残念、シワでした」
「そんなあ……」
「えっ?」
スカーの目に涙が溜まっていく。
手に持っていた衣類を雑に投げ捨てると。
「スカーはエロいもん……」
しくしく泣き始めてしまった。
「スカート履いてから泣け!」
「やだ!」
めんどうな奴だな。
「じゃあ知らん」
「むう……」
勝手に泣くのを辞めるとスカートを手に取って足を通し始めた。
「テント張ってよ」
「いやあ……」
「そっか、魅力的じゃないから、スカーは対象外?」
「それは違うぞ!」
俺はスカーの言葉を遮る。
「お肌は綺麗で、髪もツヤツヤ、胸も柔らかい! 顔立ちも良いし、仕草と面倒な所はかわいい!」
「興奮はしてくれないの?」
「エロいから股間を膨らませるなんて失礼じゃねえか!」
「……たしかに」
スカーは落ち着きを取り戻したのか、質問攻撃をやめてくれた。
「その時になったら、色々すればいいんだよ」
「リュウキは色々考えてくれてるのに、スカーは」
「何考えてたんだ?」
モジモジしながら呟いた。
『えっちな妄想ばっか……』
エロいのはどっちだろうな、追求はしないでおこう。
「そうか」
着替え終えたスカーを寝室から引っ張る。
「リュウキの雫が飲みたいなあ」
部屋に置いていたカップとストローをスカーが魔法で軽くすすぎ始めた
「変な言い方だな」
コップに人差し指を入れるように言われて、指を突っ込む。
血は飲まされたから出るはず……。
「そもそもどうやって出すんだ?」
「お水でろ〜って」
「へえ」
そう思ったら確かにお水が!
ちょろちょろ出て、コップを半分ほど満たして止まる。
「……少ないな」
自分で言いたくないが、仲良く飲める量ではない。
「少なくても幸せだよ」
「そうか?」
「リュウキのお水だから……」
「じゃあ、全部飲んでいいぞ」
スカーの唇にコップを付ける。
「いいの?」
「自分の味なんて興味ないし、全部飲みたいだろ」
コップを傾けるとスカーの口が微かに開いた。
流れていった水をごくごく喉を鳴らして飲み込む。
魔力を間借りしただけなのに、スカーの体内に入っていく水が特別に見えてくる。
『……飲んだよ』
コップの中で言葉がこもる。
コップを置いて感想を聞いてみる。
「おいしかった」
「良かったな」
スカーは満足してくれたみたいで、俺も嬉しかった。
「けほっ」
「大丈夫か? やっぱり不味い?」
「それはないから!」
カロンがちょうど風呂から上がってきた。
「仲直りしましたか?」
「うん!」
スカーの腕が俺の首に巻きついてくる。
「それはそれは」
準備を済ませて仲良く部屋を出ると。
『惜しかったな』
例の男が待っていた。
「スカーの父さん怒ってるかな」
「いや、代表になった時点で喜ばれたらしい。そのせいで腰を痛めたと使者から聞いている」
「それは後で話してやろう」と男は話を切り。
「近頃、闇のオーラが周囲に残っている」
そう言った男は首を振って周りを見た。
「闇の軍勢、ですか?」
カロンが不安そうに聞く。
「そうだ。気をつけてくれ」
男はそう言って別の方向に歩き出した。
「リュウキ、守ってね」
「ちゃんと装備は付けてるぞ」
食堂で軽く食べてから教室に入る。
『えー、まあそういうことなんですがね』
普通に遅刻だった。
誰だよこんなゆっくりしたやつ!
思い返してみると、食堂に寄ろうと思った俺が原因だった!
ごめん、カロン。
スカーは別にいいか。
「あれ、スカーのことも……ねえねえ」
アステル先生にじーっと見られた。
「遅れてなかったことにするので大丈夫でーす」
先生の性格に助けられてしまった。
空いた椅子に座って話を聞く。
「まあこんな話はどうでもいいんですが、身体の不調には気をつけてください」
「アランデル症ですかー?」
「そうですよ、悪化すると魔力が不安定になって血を吐いちゃったりするやつですねー」
アステル先生がわざとらしく「こわーい」と言う。
「それとですが、クラス代表を選抜した時に闇へ覚醒してしまった人が居たのを覚えていると思いますが」
そうなのか!
「それ以来、闇の軍勢が潜伏していると聞いているので皆さんきをつけてください、これもめちゃくちゃコワいです」
男も言ってたから、本当に気をつけなくちゃな。
『そこで、対抗手段を身につけてもらいます。光属性の学習を――』
アステル先生が床に着地する。
バンッ!
その瞬間、爆発音が響き渡った。
つんざく音に耳を塞ぐ。
しばらくして騒がしくなった。
「なんでしょう?」
先生は、のほほんと呟く。
長い白髭を蓄えたおっさんが廊下を走ってきた。
『アステルさん!』
ゴリ先生だ! 久々に見たぞ!
「何がありました? 上位クラスの揉み合いでしょうか?」
「いえ……闇の軍勢が」
それを聞いたアステル先生の紋章が光を帯びる。
「アステルが本気を出すので、死なないように」
そう言って先生は風を纏って駆けるように教室を飛び出してしまった。